第72話 魔王、ご対面する
「ファッキンクソモグラにさんざん掘り返されたが、安心してくれよ」
相変わらず薄汚れたポンチョを羽織ったアマンが、へらへらと笑いながら言った。
レイダーが怪しい男と表すならば、この男はとても胡散臭い男である。
「お姫様の収納スペースにはちゃんと連れてくからサ」
「どれほど持ち出せたかは知らぬが、さぞ広い収納スペースなんじゃろうな」
リリアはアマンを一瞥すると、うんざりしたように言う。
ちゃぽん……ちゃぽん……。
水滴がしたたり落ちる音。
坑道内に反響し、まるで闇の向こうから呼んでいるかのよう。
「らしいねェ。ま、俺は中に入ったことないんだけどサ」
ここは旧ブラウニ大坑道である。
リリアの趣味の産物である大量のゴーレムを確認するため、再び舞い戻ったのである。
ただ、異臭漂う坑道を進むのはアマンとリリアの2人だけである。
珍しくレイダーは付いてこなかったのだ。意外。
「んあ。中身を知らずに、よく守っていたなどと言えるの」
呆れ返った様子でリリアは言う。
「ニシシ……俺が守ってたのは中身じゃなくて鍵だからねェ」
「まったく。こんな男を抜擢したのはいったい誰じゃ?」
「200年前だから俺も忘れたサ」
ぶつくさと文句を言いながらリリアたちは坑道の奥深くへと潜る。
先日の大モグラの一件があったためか、坑道内は驚くほど静かだ。
無人をいいことに、住み着いた他のモンスターたちの鳴き声すらしない。
「元より俺が坑道の頂点生物だからねェ。モグラは駆除するには数が多すぎた」
アマンは魔族であり、希少な妖怪変化能力を持っている。
代わりに魔法や戦闘技能はからっきしという極めて魔族らしかぬ魔族であった。
しかし、一度妖怪変化すれば獰猛な人狼となり、敵を殺戮し尽くす。
なんと恐ろしいことか。
「仕方がないのぅ。下々の不手際は、上に立つ者が拭わねばならんからな」
「有難き幸せ。とまぁそれはさておき」
アマンは前方を指差した。魔法の明かりが届いておらず、闇の向こうだ。
「あそこが件の部屋でございます。お姫様」
リリアは魔法の明かりを飛ばし、視界を確保する。
おお、見よ! 鉄製と思しき大きな扉が坑道を塞いでいるではないか!
なんという圧迫感か。
錆びついた扉と坑道の土壁との間には隙間すらない。
周囲には大モグラたちが出入りしていたのか、いくつも穴が開いている。
「なんじゃ……こうも場違い感があると不自然極まるのぅ」
扉を上から下まで見てからリリアは感想を零した。
アマンはさっさと扉に近寄るとポンチョの下から鍵を取り出した。
扉の表面に付いた土を払うと、鍵穴にそれを差す。
ガチャリ……と重厚な音がした。
「物理錠だけなのかや? 施錠の魔法くらいせんと、冒険者どもに開けられてしまうではないか」
杜撰な施錠ゆえにリリアは憤慨する。
冒険者として活動してきた中で、盗賊や斥候たちの鍵開けスキルを十分見てきた。
こんな鍵ならば5分とかからず開けてしまう。
「で、俺がいるってわけ」
アマンがニヤリと笑った。
ポンチョを脱ぎ捨てると、その貧相な体で扉を押し始める。
突如として彼の筋肉がパンプアップ!
恐ろしい唸り声が轟く。
リリアが瞬きする間に、そこにいるのは巨大な人狼であった。
「GRRRR……」
つまり鍵開けをしようとする不届き者は、彼の爪の餌食になるということだ。
暴力で解決するという発想は実に魔族らしい。
扉がゆっくりと押し開かれる。
その隙間から、目も眩むほどの光が一条伸びる。
「あちゃー……やられたねェ」
言葉とは裏腹に人狼はどこか楽しそうだ。
――とんでもない!
リリアは怒りのボルテージが急上昇するのを押さえられなかった。
「おい」
リリアの声音は低く鋭い。
人狼は両手を上げてホールドアップ。
「無茶言わないでほしいね。俺の仕事は鍵を守ること」
人狼はアマンの姿に戻ると、困惑したように肩をすくめた。
「まさかブラウニ山を崩して保管庫を暴く輩がいるなんて、想像できないって……」
扉の向こう、そこには見渡す限りの青空と輝かしい太陽が出迎えた。
ゴーレムは1体もいない。
もし上空からみたならば、ブラウニ山の一部が大きく削り取られ、深い谷のようになっている情景が見えただろう。
言葉を失い、リリアは保管庫に足を踏み入れた。
元は周囲を魔力的な結界で覆っていたらしい。
かなり強力な、魔王軍幹部クラスの魔族が施術したと思しき残滓が感じ取れる。
だが、それすらを破る何かによって、山ごと破壊されてしまったのだ。
レイダーがこの場にいたならば、すぐさま嗜められていただろう。
リリアは大きく深呼吸をした。
瞬間沸騰した感情が徐々に落ち着き、思考がクリアになる。
「暴かれたのは……仕方があるまい」
声には若干の震えがあった。
リリアはその場にしゃがみ込むと、地面についた大量の足跡を撫でた。
まるで何かとても重いものが歩いたような――例えば石や土でできた人形とか。
「重要なのはそこではない。いったい誰がどのような目的で、このようなことをしたのかじゃ……そして、どうやってこの場所を知ったのか……」
アマンは眩しそうに手で傘を作りながら考える。
「通りがかりの謎のゴーレム収集家とか?」
もちろん冗談である。
魔王の怒りを買う前に、アマンは別の考えを述べる。
「じゃないとすると……手っ取り早く戦力か、兵隊が欲しかったんじゃないかねェ」
足跡は保管庫の外まで続き、木々をなぎ倒しながら遠方まで続いている。
兵隊かや……とリリアはオウム返しにつぶやく。
魔王が作ったゴーレムを大量に操るなど人間業ではない。
人間でない者ですら難しかろう。
たとえば魔族でも。
かなりのチカラを持った個人、あるいは魔法使い的集団組織か。
どちらにせよ――
「アマンよ。探るのじゃ。いったいどこの誰が、このような邪なことを企んだのか」
「仰せの通りに。イイネ、魔王軍らしくて」
その言葉を残して、瞬きする間にアマンの姿は消えていた。
立ち上がり、目を細めて遠くを見るリリア。
西日で赤く染められた彼女の横顔は険しい。




