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第70話 魔王、囲まれる

パチパチと焚き木が爆ぜる音が響く。

焚き火を囲むのはリリア、レイダー、プラムの3人。

暖かな炎を前に、渋面で顔を突き合わせていた。

薪が崩れ、小さく火の粉が舞った。


「なぁ……言いたいことあるんやけどええか?」


最初に口を開いたのはプラムだ。

ちらりと視線が向けられる。

薄汚れたポンチョを羽織った穴倉のアマンにだ。

アマンは大モグラの死骸の片付けを、1人で黙々とやっている。


大モグラの襲撃はあの後数度続き、その度にリリアたちは撃退した。

そしてアマンはやはり積極的に戦闘に参加しようとしない。

代わりに戦闘後に、必ず大モグラの死骸を穴へと放り込んでいる。


「ほんまにあいつ、魔族やねんな? さっきの襲撃、大モグラ相手に苦戦してたけど……」


プラムは頬杖をついて不満そうに文句を言った。

プラム自身も前線に立ってウォーピックを振るい、何匹も大モグラを仕留めている。

不満が溜まるのも仕方がない。


「角はあるし、邪悪な気配も感じる」


リリアは一瞬だけ言葉を途切れさせると、


「たぶん魔族じゃ」


自信なさげに付け加えた。

そしてさっきの戦いを思い出す。

大モグラにマウントポジションを取られ、危うく殴り殺されそうになっていたアマンの姿を。


「じゃから……本当に弱いんじゃろうとしか言えんのぅ……」


アマンに聞こえないよう小声で吐き出す。

もっとも、聞こえたところで気にするような男ではないが。


「しかし、変わった魔族もいたものだな。俺も魔族は全員剛の者というイメージがあった」


レイダーは乾燥薬草を取り出すと、先端に火を付けた。

白い煙が天井へと昇っていく。


「実力を隠しているという可能性もありえ――」


レイダーが急に話を止めた。

火を付けたばかりの乾燥薬草を、躊躇いなく焚火の中に捨てる。

空気が張り詰めたものとなった。

リリアの目がスゥーっと細くなる。


「レイダーよ、どうした?」


レイダーは答えず、代わりに口元に人差し指を立てた。

そして耳を澄ませる。

微かにだが聞こえる。

これは――地響き!

突如として、ひと際大きな地響きが起こったのだ。


「何事じゃ⁉」


土煙を上げて坑道の横の壁が崩壊する!

その向こうには広い空間。

そして大量の大モグラが敵意の眼差しを向けている。


いや、それだけではない!


大モグラたちの後ろに浮かぶのは巨大な黒い影。

身の丈3メートルはあろうかという巨大なモグラだ!

超大モグラである!


『GRRRRRRRRR!』


超大モグラの咆哮に、坑道全体がびりびりと震える。

その手には負けず劣らずの巨大なスコップが握られている。

アマンの度重なる冒涜的挑発に、とうとう大モグラのボスが怒り狂ったのだ!


「な⁉大きすぎじゃろ!」


さすがの魔王とて規格外の超大モグラを前に瞠目した。

ショコラがいれば察知で来ていただろうが、斥候不在ゆえどうしようもない。

慌てて立ち上がり、襲い掛かって来る大モグラたちを迎え撃つ。

大モグラたちが一斉に飛び掛かった。


「姫様は下がってください。まずは俺が足止めをする!」


レイダーは魔力のネットを放ち、大モグラの大部分を絡めとって行動不能にする。

さすがの業前だ!

だが、ネットから漏れた大モグラたちが肉薄する。

奴らは物量で押す作戦なのだ。

額に汗を滲ませプラムはウォーピックを構える。


「チッ、10や20で効かん数やで!」

「言われなくてもわかっている!」


レイダーも名も無き魔剣を抜いた。

リリアはレイダーに言われたように下がると、手のひらに重力球を生み出した。

突き出した手の先には、厚みを感じさせない薄い魔法陣が1枚。


「ええい! とりあえず吹っ飛ばす! レイダー、プラム、巻き込まれるでないぞ!」


リリアは大モグラの集団に向けて重力球を放った。

魔法陣を通過し、加速する重力球。

着弾し、大モグラたちの一団を吹き飛ばす。


「ぬぅ……この威力でもダメか!」


リリアは見た。

着弾した瞬間に坑道の壁や地面に大きな亀裂が走ったのを。

砕かれた土壁の向こうは大モグラたちが掘った穴だ。

人工のそれと異なり、重力球の破壊力に耐えられる造りをしていない。


「ファック!」


悪態をついたリリアは、小さな重力球を生み出すと超大モグラに向かって放つ。

しかし、超大モグラはスコップを斜に構えると重力球を弾いた!


「ぐぬぬ! モグラのくせに生意気な! 坑道内でなければミンチにしてやったものを!」


リリアは悔しそうに地団駄を踏む。

とはいえ、そんなことをしても状況は好転しない。


「アマン! おぬしも戦え!」


リリアが八つ当たり気味に叫ぶ。

しかし、アマンは耳に入ってこないのかして、棒立ちのまま超大モグラを見ている。

その口元が吊り上がる。笑ったのだ。


「でたな、ファッキンクソモグラめ……」


アマンはゆっくりとした足取りで歩き出す。

リリアが威力をセーブした重力球を大モグラの集団に向けて撃ちこむ。

吹き飛ばされる大モグラ。


「露払い助かるねェ」


そのままプラムやレイダーの隣を過ぎる。


「おい、危ないぞ! 下がれ!」


大モグラたちを糸で縛り上げるレイダーが、声を張る。

しかし、アマンは返事をする代わりにポンチョを脱いだ。

下はボロボロに擦り切れたズボン、上半身裸でとても筋肉質とは言えない貧相な身体だ。

そして、彼の胸には『丸い月』とタトゥーが入っている。


「いやァ、皆さんありがとう」


大モグラたちの死骸を踏み越えて、アマンは巨大モグラと対峙する。


「ここまで俺を連れて来てくれてありがとう。雑魚を吹き飛ばしてくれてありがとう」


アマンはすでにへらへらとした笑みを浮かべていなかった。

いや、それどころか見る見るうちにアマンの筋肉が膨れ上がっていくではないか!

いったいこれはどういうことか!


「なん……じゃ……」


リリアが、魔王が目前の光景に言葉を失った。


ガチャガチャと鉤爪が地面を掻いた。

顎が上下し、生えそろった獰猛な肉食獣の牙の隙間から、涎がしたたり落ちる。

焚き火で照らされる銀灰色の毛並みがブルルと震える。

見開かれた瞳は赤く、まるで血の色だ。

アマンの姿はなく、そこにいるのは人狼!


「AGRRRRRRRRRR!」


耳をつんざくような咆哮が轟いた。


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