第67話 魔王、魔族と会う
「どうせ幽霊の正体見たり枯れ尾花……と思っておったが、まさか本当に魔族とはな」
リリアは男の角を凝視しながら独り言ちる。
魔族としての格が違うのか、彼女のそれと比べるとなんと貧弱な角か。
しかし、それでも魔族というだけでAランク冒険者を凌駕する戦闘能力なのだ。
「うわ! マジで魔族やん! リリア、頼んだで!」
プラムは松明の先を魔族に向けながら、慌てて後ろに下がる。
勝てない勝負はしないのだ。
代わりに彼女を庇うようにレイダーが一歩踏み出た。
彼の首に巻かれたボロ布が超自然的な光を発する。
「おいおい……いきなり戦闘態勢かよ。こっちは食事中なんでね。ニシシ……もう少し待ってくれねえか?」
へらへらと笑いながら、魔族は焼けた肉を齧ると咀嚼する。
なんとマイペースな事か。
魔族は薄汚れたポンチョのようなものを羽織っている。
手足の露出具合から、もしやそれしか着ていないのではと疑念が浮かぶ。
「おぬし……名はなんという? なぜこのようなところにおるのじゃ?」
リリアが問うた。
あからさまに警戒している。
別に変質者めいた恰好だからというわけではない。魔族の雰囲気だ。
「ニシシ……そう、そうだよ。まずは自己紹介だよな、うん」
魔族は好き放題に伸びた灰色の髪をかき上げると、やはりへらへらとした笑みを浮かべたまま言う。
「たくさん質問されても困るからな、まずは名前だな。俺はアマン。穴倉のアマン。どうだい? 肉でも食うか?」
穴倉のアマンと名乗った魔族は、鉄鍋の中の肉を指差す。
リリアは悩むことすらなく首を横に振る。
「あいにく、ワシは鼠の肉なんぞは好まぬ」
「あーあ、残念」
美味いのになぁとつぶやくアマンの口からは、鼠の尻尾が覗いている。
残念がるというよりは、食い扶持が減らずに済んでよかったと思っていそうな表情だ。
――敵意はなさそうじゃな。
早々かもしれないが、リリアは一連の流れでそう結論付けた。
レイダーも同じ考えのようだ。
マフラーめいて巻かれたボロ布から、光が消え去っている。
だが、油断はできない。
「で、なんだっけ?」とアマン。
「穴倉のアマンとやら、なぜおぬしはこんなところにいる?」
「ニシシ……いるからいるんだよ。俺がいるべきだからいる。それ以上の理由はないね」
「……質問の答えになってないんじゃが」
「答えかどうかは回答者である俺次第さ」
アマンの答えにリリアは眉根を寄せた。
高いところから落としたチリ紙を、手で掴もうとしているかのような感覚を覚える。
つかみどころがない。
「リリア! やっちまえ! よくわからん怪しいやつなんかやっちまえ!」
ウォーピックを振り回しながら、プラムが過激な言葉を投げる。
しかし、リリアは無視をする。
プラムは魔族の撃退を所望するのかもしれないが、自分たちは違う。
自分たちはあくまで魔族の勧誘に来たのだから。
「ワシらはこの坑道に魔族がおると聞いてやって来た。本当にいたならば、力づくで追い出さねばならん。口の利き方に気を付けるんじゃぞ」
ドスの利いた声だ
一般市民なら失禁ものだ。
アマンは自分で自分の肩を抱くと、震えてみせた。
「おお怖い怖い。自分の家を追い出されるのは御免だね」
「家? 家じゃと?」
およそ信じられない発言だ。
こんな蟲と鼠が這いずる坑道がだと?
「こんな穴倉がかや?」
リリアも思わず言ってしまう。
「ニシシ……だから穴倉のアマンっていうんだよ。あー……あんた、なんていうんだ?」
「リリアじゃ」
「リリアか、なんか腹の底が冷え冷えとしてくる名前だな」
アマンの薄笑いに一瞬だけだが陰りが見えた。
もしかしたらそれが功を奏したのかもしれない。
「いいぜ。出て行っても」
アマンは軽い調子で言った。
ゆえに疑惑の目をリリアは向ける。
あからさまに怪しい。怪しいのだが……。
「ホントなん⁉」
プラムが目を輝かせてレイダーの背中から顔を出した。
アマンは頷いて返す。
「ああ、俺はこう見えて善良な魔族でね。ニシシ……あんたらと住処をかけての殺し合いをするくらいなら、さっさと出て行くさ」
予想外の返答である。
リリアとレイダーは互いに顔を見やった。
「だが、1つ条件がある」
そう話は上手いこと行かない。
リリアは身構えた。
魔族が出す条件など碌なものではない。
なぜなら、大概のことなら混沌の神々の祝福により得た、超人的力で解決可能だからだ。
取引なんてものをまずやる必要がない。
「よほどのことでない限り聞いてやろう。しかし、それがよほどのことだった場合……わかっておるな?」
リリアの足元に僅かにだが滅紫色の魔力が渦巻いた。
アマンはペッと鼠の小骨を吐き出した。
そしてリリアのことをじっと見る。次いでレイダーも見る。
まるで何かを推し量るような――
「あぁ……ようやく気付いたね。あんたら同類か」
どこか楽しんでいるような感情が推し量れる。
「ニシシ……安心しな。単純な話さ。あんたら冒険者はこういうのが好きなんだろ」
アマンは立ち上がった。
ポンチョにボロボロのブーツといういで立ちで、暗がりの方へと歩いていく。
10秒と経たずに戻って来た。
彼は巨大なピッケルを抱えていた。
「大坑道に住み着いた大モグラの討伐。手を貸してくれないか? な。頼むよ」
胡散臭い? へらへらとした?
いや、彼の浮かべる表情こそ、実に魔族らしいものなのだ。




