第66話 魔王、坑道に突入す
充満する土とカビの臭い。
延々と続く暗い悪路。
今が昼か夜なのか、穴倉の中ではそれも判別できない。
ぽつりぽつりと雫が垂れ落ちる音が反響する。
それはまるでバケモノの唸り声のようにも聞こえ、常人ならば僅かな間で恐怖に飲まれるだろう。
魔力の青白い明かりが周囲を照らす。
『キィ……キィ……!』
鼠や蟲どもは光に怯え姿を消した。
旧ブラウニ大坑道。
ブラウニ山にあり、数十年前に2度目の閉山をした巨大な坑道である。
人が寄り付かないということもあり、いつの間にかモンスターや危険な動物が住み着いた。
そして、ある種のダンジョンを形成していた。物々しい。
足音が響く。
プラムとリリア、そしてレイダーの3人が坑道の奥へと向かって進んでいた。
だが、その雰囲気はどこか剣呑としたものだ。
「おい、何か言うことはあるじゃろ?」
フードマントを羽織るリリアは、不機嫌そうにプラムを促す。
足が止まる。
振り返る。
そして訊く。
「……なんで依頼主のあたしが先頭なん?」
「おぬしがショコラをビビらしたからじゃろがいッ!」
そう、今の魔王パーティにはショコラがいないのである。
彼女はというとプラムの冗談が効きすぎたせいか、大坑道行きを断固拒否。
おかげで斥候無しの冒険者パーティーという、ひどく危険な編成となっていた。
非情にマズい。
「しゃーないで! あんなビビりや思うわけないやん! 事故や! 事故!」
「そうじゃな! おぬしが全速力でぶつかってきた、過失100パーセントの事故じゃな!」
「いや、9対1くらいの割合や!」
「大して変わらぬわッ!」
声を荒げるリリアは、不毛さを察してさっさと話を切り上げる。
――まったくどうしてこうなったのやら。
盛大にため息をつきたい気分だが、そうもいかない。
廃坑道で魔族探しという眉唾なミッションを終えない限り、ため息はつかないと決めたのだ。
……もう破りたい気分ではあるが。
視界の悪い坑道で、道はプラムがわかるから大丈夫とはいえ、奇襲や待ち伏せなど察知できないのは痛手だ。
「依頼主といえども有事の際は戦ってもらう。あと道案内もじゃ。問題ないな?」
プラムはチェインメイルを着こみ、左手で松明、右手でウォーピックを持っている。
鎧と鎖でつながれた兜は、今はまだ背中に落としている。
燃えるような赤毛が良く目立つ。
それなりの装備であることから、多少の責任感は感じているらしい。
「あたしだって冒険者だし、ええねんけど……魔族と出くわした時はよろしくね」
「むぅ……その点は任せておけ」
リリアの返事はどこかぎこちない。
大坑道は広い。
ダンジョンと大差ないほど坑道が山の中に広がっている。
しかし、整備など長年されていないためあちらこちらにガタが来ている。
一目見ただけでも危険だとわかる。
こんなところでは重力制御魔法の大半が使えない。
下手すれば坑道ごとすべてを破壊してお陀仏だ。
つまりは無言でリリアの傍らに立つレイダーの糸が要となるのだ。
それ以上魔王は答えず、代わりに周囲を見渡した。
「さて、かなり奥まで来たが……おぬしがその影と出会ったのはどこじゃ?」
「この先、もう少し行ったとこやで。ほら」
プラムが指さしたのは削れた壁面。
「あたしが掘ってたとこ。外れっぽいからもう少し奥に移動したんや」
真っすぐ進んだ先の道は大きくカーブを描いていた。
視界が悪い。
「できれば平和的解決を希望するんじゃが……はてさて」
魔法の明かりが先行する。
プラムはカーブの先を恐る恐る覗いた。
それから振り返ると顔を横に振る。
「おらん」
「じゃろうな。そう同じとこにいるとは思え……ん?」
急にリリアは怪訝な表情を浮かべた。
そしてレイダーの方を見る。
レイダーもまたリリアと全く同じ表情をしていた。
「ん? どしたんや?」
プラムは気が付いていないようだ。
「いや……なに……そうじゃな。ここからはワシが先行しよう」
「待ちーや。あのな、あんた道わからんやろ?」
「そうでもないぞ」
リリアはプラムを追い抜き、歩き始めた。
その歩みは不自然なほどに決断的だ。
まるで行くべき先をわかっているかのよう。
「こっちじゃな」
カーブの先、二股に分かれた坑道。
リリアは迷うことなく左を選んで進む。
◆◆◆
元は採掘したものを一時保管でもする場所だったのだろう。
坑道ではなく、暗い広間の中心にはオレンジの光が広がっていた。
揺らめく焚火の火は見る者を落ち着かせる。
パチパチと焚き木が爆ぜる音、そして焼けた肉の油が跳ねる音。
「こんなところに客とは珍しいな……」
不健康そうな顔をした男がいた。
男は鉄鍋を火にかけ、肉を焼いている。
香ばしい匂いが充満する。
リリアたちはあてずっぽうで道を選んだのではない!
僅かな空気の流れに乗って漂ってきた、この肉が焼ける臭いを辿ったのだ!
「そうじゃ。おぬしに用があって来た」
リリアは鋭い視線を投げる。警戒心は解かない。
男の額、そこには小さな角が生えていた。
それは混沌の神々から祝福を受けたことの証。
男は紛れもなく魔族であった。
「まぁ、座ってけよ。鼠の肉、食うか? ニシシ……」




