第65話 魔王、ドワーフに依頼される
ドワーフとは4大人族の1人であり、酒と貴金属に目がない者たちである。
背丈は低いが体力や頑強さは人族の中で最も優れている。
その反面、魔力は欠片もない。
故に、ほとんどが勇猛果敢な戦士、あるいは頑固な職人だ。
プラム・シトラスと名乗った女ドワーフもまた戦士であり、職人であった。
「まぁ職人つっても、ちょっと特殊なんやけどね」
コップに口を付けると、喉を鳴らして飲みだす。
ドワーフ訛りが少しキツい。
リリアは眉間にしわを寄せると、
「まったく、これだからドワーフは。昼間から葡萄酒を呑みおって」
「あ、これ葡萄酒ちゃうよ。ぶどうジュース。あたし、度数きついお酒飲めんのよ」
「……おぬし、ほんとにドワーフかや?」
プラムはコップ片手に胸を張る。
「もちろん」
リリアは胡乱げにプラムのことを見た。
三白眼で少し目つきが悪い印象を受ける。
背丈はたぶん自分より頭1つ小さいくらい。
(リリアはここで勝ったな、とほくそ笑んだ)
仕事着らしき厚手の服を着ているせいで、体格はあまりわからない。
ただ、服の上からもわかるほど押し込められたと思しき胸元を見て、リリアの表情に影が過った。
「で、ミレット。ワシに話とはどういうことじゃ?」
所は冒険者ギルド内の一室。
机を挟んでプラムとミレットが座り、対面にはリリアとショコラが座っている。
レイダーは少し離れた壁にもたれ掛かり、机の上にはずた袋が置かれている。
「えっと、プラムは私の友達でね。冒険者でもあり、カヌレで職人もしているの」
「それはさっき聞いたのぅ」
「あとドワーフ」
「見ればわかる」
「うーん」
「なんじゃ、話しにくい内容なのかや?」
早くお宝を分けたいのじゃが、とリリアは言う。
今月の家賃を待つ大家が脳裏をちらつくのだ。恐ろしい。
「あたしと一緒に旧ブラウニ大坑道に潜ってもらいたいねん」
何時まで経っても本題に入らぬミレットの代わりにプラムが言った。
途端にリリアが嫌そうな顔をした。
旧ブラウニ大坑道と聞くなりだ。
「まだあるのかや? たしか200年前に閉じたはずじゃが」
――正確には閉ざしたはずじゃが。
200年前の大戦の折、旧ブラウニ大坑道は魔王軍の重要施設であった。
血みどろの大激戦の結果、魔王軍が勝利するも鉱山としての機能は消失。
リリアは泣く泣く坑道を閉ざしたのだ。
「いつの情報なんそれ。つい数十年前までは動いてたで。カヌレ建てる時も、たくさん鉱夫が出稼ぎに来てたらしいし」
「チッ、人の坑道を勝手に使いおって……で、大坑道がどうしたんじゃ?」
「あたし、仕事柄ブラウニ坑道にはよく行っててね。ほら、ドワーフやし」
ドワーフ感があるのはその耳と背丈だけである。
「余りものを採掘しに行ってたんやけど、その日は収穫が少なかったから結構奥深くまで潜ってん」
プラムはコップを置くと俯き気味になる。
「違和感はあってん。なんか肌寒いし、空気も重いし。いつもと違う。おかしーな、おかしーな……そう思いながらピッケル振るってたんよ。そしたらな――出たんや」
「何が⁉」
ショコラが悲鳴めいた声を上げてリリアにしがみついた。
「お化けや」
「ひっ!」
「嘘やで」
ミレットがすかさずプラムの頭を叩いた。
「遊んでないで本題に入って。ほら、ショコラちゃん泡吹いて倒れてるじゃない」
哀れ、怖いもの耐性がないショコラはダウン。
さすがのプラムも即座に謝る。
「やりすぎた。ごめん」
「それはショコラが起きてからもう一度言うが良い。で。今の話、どこまでが本当なのじゃ? ワシもくだらん与太話につき合うほど暇ではないぞ」
返答次第ではすぐさま出て行く。
リリアの目はあからさまにそう告げていた。
「出たんはお化けじゃない。あれはたぶん魔族や」
「ほぅ」
途端にリリアの目がすぅーっと細くなる。
興味を持ったようだ。
「なぜそう思った?」
ようやくレイダーが口を開いた。
短い言葉ながら真剣みがあった。
結果としてダンジョンでの魔族探しが不発に終わったことを、気にしているのかもしれない。
「影や」
「影?」
「そう。角が生えた人影が、ランタンの明かり越しに見えたんや」
「それ以外は?」
プラムは首を横に振った。
「あたしはすぐに逃げたからね。ほら、Bランク冒険者が魔族に勝てるわけないやん」
なるほどな、とつぶやきレイダーは沈黙した。
リリアもまた顎に手をあて、何かしら考え込んでいる。
「影と角か……」
「で、そのことをミレットに相談したら、あんたらを紹介してくれたってわけ。理由は知らんけど魔族探しをしてるんやろ?なら、あたしと一緒に大坑道の魔族を追い払ってくれん?」
商売あがったりやねんとプラムは泣き言を言う。
リリアは考え込むのを止めると、顔を上げた。
「その話、乗った」
「さすが! 教会騎士さんは話が分かる人やで!」
「ちょっと待たぬか? なぜワシが教会騎士じゃと……」
魔王たるもの敵である教会の騎士など恥以外の何物でもない。
「広間の教会の掲示板に載ってたで。ジンジャー・ブレッドマン神父を救った冒険者、教会騎士の称号を得るって」
羞恥プレイも甚だしい!
リリアは下唇を噛んでぷるぷると震えている。
その頬は赤く、瞳は潤んでいる。
よほど魔王としてダメージが大きいらしい。
プラムはそんなリリアの様子など視界に入らないようだ。
「じゃあ、明日ギルドで集合ということで!」
「う、うむ。わかった……」
「では教会騎士さん」
「うぐっ!」
「よろしく頼むで!」
「うぐっ!」




