第63話 魔王、再戦する(後)
リリアの目つきは鋭く、しかしどこか呆れた雰囲気が漂う。
「あの手の輩は燃やすに限る」
至極真っ当な結論だ。
しかし、ポテト派が黙ってはいない。
「同志モンド! 同志ブルボン! 魔法使いに魔法を唱えさせる隙を与えるな!」
傍らに佇んでいた神官戦士2人が駆けた。
得物はメイスとフレイル。
肉を潰す極悪武器だ。
彼らはまっすぐリリアに向かって――
「まぁ、そう慌てるな。芋のバーベキューでも楽しもうじゃないか」
レイダーが対角線上に割って入った。
首に巻いたボロ布の先端が超自然的な光を発する。
魔力の糸が神官戦士2人へと伸びる!
「ぐおっ!」
メイスを持った神官戦士モンドが糸に絡めとられる。
二重三重に身体に巻き付き、身動きの一切を封じられた。
しかし、フレイルを持った神官戦士ブルボンは横に跳んで紙一重で避けた。
「我がスキル《透視》により見えないモノなどない! その面妖な糸とてな!」
「やるな! そして羨ましいスキルだな」
レイダーは嗤う。
が、狙いすましたかのように左手からネットを放つ。
魔力の糸で編んだ必殺のネットだ。
たとえ見えていようが着地の瞬間は無防備!
神官戦士ブルボンはあえなくネットに絡めとられる。
「しまった!」
その無様極まる光景を見て、ビスケ神父は悪態をつく。
「くっ……肝心な時に役に立たぬ奴らめ! 行け、73号! 質量で押し切るのだッ!」
『GRRRRR!』
馬鈴薯73号は蔓を伸ばした。
速い!
人が走るのと何ら変わらない速度だ。
小柄な金髪美少女に向かって、幾本もの蔓がうねりながら伸びる。
もちろん、まったく健全な光景だ。
「ワシは何も重力制御魔法しか使えぬというわけではない」
リリアの手中に青い炎が生まれた。
なんと重力制御魔法ではない。
エレーヌが扱う精霊魔法とは別の、超自然的な炎を操る魔法だ。
リリアは両手を突き出し、馬鈴薯73号へと狙いを定める。
「蒼炎射撃!」
青い炎は一条の矢となり、バリスタめいた速度で放たれた。
鈍重な馬鈴薯にそれを避ける手立てはない。
蔓を盾のように前方に束ねるも、青い炎の矢はそれを貫通!
そのまま馬鈴薯を貫いた!
『AGRRRRR!』
馬鈴薯の巨体が青い炎に包まれる。
蔓の先の小さな葉までにも燃え広がっていく。
しかし、奇妙なことに周囲の草木に引火はしない。
精霊魔法ではなく魔法であるが故だ。
「地獄の炎は冷たかろう……ま、芋に感覚があるとは思えぬがな」
周囲に芋が焼ける香ばしい匂いが漂う。
「73号!」
ビスケ神父は悲痛な叫びを上げるも、馬鈴薯の身体は炎によりどんどん崩れていく。
馬鈴薯の悲鳴はいつの間にか消えていた。
風が吹いた。
黒く燃え尽きた馬鈴薯は灰となって風に乗り、空高く舞い上がる。
馬鈴薯がいたという痕跡すら残さない。
「くそっ……かくなる上は」
ビスケ神父は懐からナイフを抜いた。
装飾が施された実用性の欠片もないナイフである。
リリアの姿が一瞬ブレる。
次の瞬間にはビスケ神父の目前に立っていた。
「オモチャめ!」
腕の一振りでナイフを叩き落とされるビスケ神父。
さらにリリアの拳がビスケ神父の顎を小突いた。
脳が揺れた。
ビスケ神父はがくんと崩れ落ちる。
「これに懲りたら真面目に神父の仕事をするが良い」
うつ伏せに倒れながらも、ビスケ神父はなんとか顔だけを上げる。
途中退場する悪役めいた笑みを口元に浮かべている。
「これで勝ったと思うなよ……たとえ教会騎士と言えど、ポテト派はお前のことを……」
「タロイモのビスケとやら……」
リリアが妙に神妙な様相で口を開いた。
「なんだ……?」
リリアはビスケ神父の顔を覗き込むように見ると、
「馬鈴薯はナス目ナス科で、タロイモはサトイモ目サトイモ科じゃ。ぜんぜん違うものじゃぞ」
「……ぐっ!」
くるしげな声を出して、ビスケ神父は今度こそこそ突っ伏した。
OVERKILL!!!
リリアはめんどくさそうにため息をつくと踵を返す。
すでに神官戦士2人はレイダーの手により縄で縛られ、転がされていた。
「これで完全に教会を敵にしたな」
汚れた手を払いながらレイダーは言う。
しかし、リリアは鼻で笑った。
「たわけ。こやつらは教会の中央ではなく、異端宗派みたいなものじゃろ? 全面戦争にはならぬわ」
「なら良かったですね」
レイダーは新たな縄を取り出し、ビスケ神父の元へと近寄る。
「おぬし……全面戦争したそうな顔をしておるぞ」
すれ違いざま、リリアは言った。
振り返るなどと言う愚は犯さない。
レイダーは肩を揺らした。
「姫様、まさかそんな物騒なこと、あるわけない」
「どうだか」
それ以上、彼は答えない。
無言のままビスケ神父を縛り上げる。
縛り終えてからようやく、
「ま、一つ言えることは――当分、芋の類は遠慮したいな」
然り。
「うむ。それには同感じゃ」
いつしか街道には人が戻り始めていた。
皆、縛られて転がされている神父と神官戦士を見て何事かと不審がる。
そして、その装束に描かれる妙に写実的な馬鈴薯を見るや、目を背けて足早に去っていく。
自然な動きでリリアとレイダーは人の流れに紛れた。
そして、カヌレの街に向かって再び歩き始めた。
馬鈴薯襲撃事件が子供だましに思える出来事が起こることも知らずに――




