第62話 魔王、再戦する(前)
一条の冷気にも似た感覚が走った。
殺気だ。
リリアとレイダーはそれを感じ取るなり、跳躍する。
魔族ゆえの人間離れした身体能力を発揮。
つい先ほどまで居た場所、その地面に何かが着弾した。
爆音!
飛び散る破片、抉れる地面。
「な、なんじゃいきなり⁉」
さすがのリリアでも驚いたらしく、飛び退いた先で爆発四散痕を凝視している。
フードが捲れ、麗しい金髪が露になった。
「ファック!」
「姫様、汚い言葉は慎んでください」
レイダーがすぐさまたしなめる。
ここはカヌレの街へと続く街道のど真ん中。
悲鳴を上げて旅人や行商人が散らばるように逃げていく。
「襲撃だな。さて相手はどこの誰か……」
サバイバルカラーの旅人装束を纏ったレイダーは、周囲に視線を走らせる。
土色の道、その向こうには丈の短い草が風に揺れる。
さらに向こうには人が余裕で身を隠せるほどの林がある。
「あからさまにあそこじゃな」
リリアは林を見て、舌なめずりをする。
「ワシに喧嘩を売るとは大した奴じゃ」
魔王とはそもそも好戦的な性格なのである。
「姿を見せんか!」
良く響く大きな声であった。
リリアが命じるやいなや、林の中から男たちが出てきた。
数は3人。
はたして盗賊か?
違う。
元は金襴緞子な法衣だったのだろう。灰と土に汚れ、あちこち破れた法衣を着た神父。
でっぷりとした体形はひどく醜い。
そして、その脇に立つのは2人の神官戦士だ。
「おぬしは……」
リリアの目が鋭くなる。
「誰じゃ?」
「あなたたちが好き放題暴れたペニエで、いきなりぶっ飛ばしてくれた神父だよ! タロイモのビスケだ!」
額に青筋なんか浮かべつつ、ビスケ神父は眉を吊り上げた。
常に浮かべていた柔和な笑みはどこかに失せていた。
「レイダー、知っておるか?」
「姫様がブレッドマン神父を吹き飛ばした時に対局していた神父です」
リリアは胸の前でもろ手を打つと、
「なるほど! わからん!」
「でしょうね」
わかり切った答えにレイダーは肩をすくめるほかなかった。
ビスケ神父はいかり肩で、どすどすと荒々しく近づいて来る。
「あなた達のせいで我ら芋煮会の前線拠点は壊滅! 手勢も多く失ったんです! どうしてくれる⁉」
ペニエで行った自分たちの所業を棚に上げた、紛れもない責任転嫁である!
「どうしてくれると言われてものぅ……」
リリアは困ったように頬を掻く。
当たり前の反応である。
「神父らしく教会で祈っておけばよいのでは?」
「だが、我らの計画までは頓挫していない!」
「おい、ワシの話はスルーかや?」
決断的にスルーしたのである!
急にビスケ神父は懐から笛を取り出した。
「前線基地など建前よ。本当の計画は我らが神の使徒を作ること!」
笛に口を当てると――笛らしかぬ掠れた音色が流れた。
「下手くそじゃのぅ」
リリアが顔をしかめるやいなや、ビスケ神父が潜伏していた林が震えた。
バサバサと我先に飛んでいく鳥たち。
なんと林が動いたのである!
――いや、違う!
それは林などではない。
蔓だ!
茶色の蔓が木肌であるかのように偽装していたのである!
「見よ、これが我らのもとに降臨せし、使徒!」
蔓が解れ、その中から現れたのは巨大な馬鈴薯!
芋の中部がぱくりと分かれ、それはまるで口のよう。
『GRRRRR!』
咆哮が轟いた。
「これぞ最強にして最も神聖な馬鈴薯73号!」
「いや待たぬかッ!」
さすがのリリアもたまらず声を上げる。
「あれのどこが馬鈴薯なんじゃ⁉ どっからどう見てもバケモノではないか!」
「バケモノとは失敬な。馬鈴薯が品種改良の末にたどり着いた1つの結果だ。まぁちょっと見た目のインパクト的に私も引いてはいるけれど」
「そんな品種改良があってたまるか!」
リリアはビスケ神父から視線を外すと、改めて馬鈴薯と称するバケモノを見た。
3メートルはあろうかという扁球形、黄白色の塊茎。
見た目と早生種であることから、おそらくアイリッシュ・コブラー。
なんとおぞましい外見か。
「これは私の怒りの具現化だ! 神罰をくらうが良い! 行け! 馬鈴薯73号!」
ビスケ神父に呼応するがごとく、馬鈴薯73号は蔓を振るった。
何かが高速で飛来する!
リリアはひらりと身を翻して躱す。
そして着弾したそれを見て、驚いた。
魔王が驚いたのだ。
なんとそれは子芋!
冒頭の攻撃は、この馬鈴薯73号が子芋を飛ばして攻撃してきたのだ。
「んな、たわけた話があってたまるか!」
リリアはたまらず叫ぶ。
しかし、叫んだところで現実は不変だ。
馬鈴薯73号は子芋による攻撃を自身で判断し、止めた。
蠢く蔓を上手く利用し、まるで多足の蟲のように這って進む。
「ええい! なぜ、ワシがこんなバカげたことにつき合わないといかんのじゃ⁉」
リリアは嘆かわし気にため息をついた。
彼女の手に滅紫色の魔力が集まる。
「あの手の輩は――燃やすに限る」
彼女の手中で蒼い何かが揺らめいた。




