表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/93

第61話 耳長、呑む

「浮かない顔してどうしたんだ?」


エレーヌは若干声が上ずっている。

相当勇気を振り絞ったようだ。

ショコラは、ぱぁぁぁ! と表情を輝かせた。

だが、どうやって説明しようか悩む。


「うーんとね。うんとね……うーん」


つまるところリリアが原因だ。

ショコラはパーティから離脱するときに「何とも思っていない」と言ったものの、一晩経ってみれば「あ、ヤバい人だ。チョーヤバい人だ」と思い焦り出したのである。


なんたって相手は魔王だ。

よくわからないと言ったが有名な歴史上のコワイ人なのだ。

尻尾が縮みあがった。

で、行きつけの屋台バーへやって来たという次第である。

かっこ悪くて言えやしない。

そして、まさか性悪耳長女もひいきにしていたとは驚きだ。


「お前、今失礼なこと考えただろ?」

「ぜんぜん」

「チッ。年上には敬意を払うもんだと教えてもらってねーのか?」


エルフが年上などと言ってはお終いだ。

彼らほど長寿な生き物はいないというのに。


「冒険者経験だってアタシのほうが長ぇーんだからな! 先輩だぞ。偉いんだぞ」


エレーヌはしたり顔で言う。

エルフが年功序列を語るとは何たるイカサマめいた事か。


「まぁとにかく」


エレーヌはミルク酒を一気に呷る。


「悩みなんてのは時間が解決する。あれだ……先輩のアタシが言うから本当だ」


ショコラの耳がピンと高く跳ね上がる。

どういう風の吹き回しだろうか。

性悪女がこんな言葉をかけるなんて。


「あー……らしくない。でも言わせてもらうぞ」


カウンターに空のグラスが置かれた。


「あのちびっ子はやべぇ。なんだかやべぇ匂いがする。わかる?」


果たしてエルフの直感か。

ショコラは何も答えずエルフを見た。

エレーヌは明後日の方向を見ながら話している。

チクワにフォークを刺そうとして、カチンと皿に当たった。

酔っ払いだ。


「酔ってるの?」

「よってねぇ!」


そうは言うが顔は誰もいない席を向いている。

ミルク酒はショコラが飲む麦酒『魔王の一撃』に及ばないほどの微アルコールだ。

このエルフ、相当弱いらしい。


「そんな小せぇことはいいんだ!酔ってる酔ってないなんて」

「うん」

「つまり……何の話だっけ?」

「リリアのこと」

「そう! ちびっ子だ。あいつの魔法はヤバい。そこらのやつらとはレベルが違う」


オヤジが水を出す。

エレーヌは一気に飲み干し、追加のミルク酒を要求。


「あとアタシにやばい薬を飲ませた。仕返ししなきゃならない」


ミルク酒のお代わりを受け取る。

ようやくフォークがチクワを捉えた。


「止めといたほうがいいよ……」


ショコラはしょぼしょぼする眼をこすりながら言う。


「魔法、ヤバいんでしょ」

「おう。だけど関係ねぇ」


チクワを一口で食べ、ミルク酒のコップを握り締め、


「いつの間に移動したんだ? まぁいい。ほらコップを出しな」


ショコラは言われるがままコップを取る。

コツンとコップ同士が当たった。


「乾杯」


エレーヌはぐいと呷った。

そんなに飲んで大丈夫なのだろうか?

一抹の不安と共にショコラも麦酒に口を付ける。


「もっとしっかり飲めよ!」


全部飲み干した。

獣人と言えどさすがにキツイ。視界がふわふわしてくる。


「何だっけ?」

「ちびっ子だよ」

「うん。わかる」

「キャッキャッ」


ショコラは牛すじを食べた。


「レイダーの知り合いだからヤバい人」

「じゃあお前もヤバい人じゃねーか」

「あたしは例外だもん」

「嘘つけ。1人Bランクはたいがいだぞ」

「先輩なんだからもっとすごいでしょ? んん?」


エレーヌは口を閉ざして視線を反らした。

ミルク酒に口を付ける徹底ぶりだ。

パーティでBランクとソロでBランクでは大いに差がある。

つまり冒険者としてはショコラの方が上なのだ。


「そういえばちびっ子は?」

「んー、ダンジョン帰りに神父さんの護衛」

「なんじゃそりゃ」

「ね。あたしも思う。ポテト派がうんたら言ってた」


エレーヌは肩をすくめた。

牛すじを口の中に放り込むと咀嚼。


「めんどうごとに突っ込むタイプか。けっ」

「ね」


ショコラは麦酒を注ぐとお湯も注ぐ。

芳醇な麦の香りが立ち上った。


「まぁ。いろいろある人なんだと思う。うん」


麦酒のお湯割りを呷った。

エレーヌはお代わりのはちみつ酒をオヤジから受け取る。


「いろいろねぇ。そうだな。アタシの知り合いに物知りなエルフがいるから、いっぺん聞いてみるか」

「何を?」

「あん? ちびっ子が使ってるヤベー魔法のこと」

「止めた方がいいよ」

「なんでだよ」

「ヤバいから」


エレーヌがはちみつ酒を呑む。

一口二口と飲んでふと気づく。


「おい、お前さっきからヤバいしか言ってねーぞ」

「もしそうだとしたらヤバい」


そして2人してけらけらと笑う。

話はまるで進展していない。

だが、酒を飲みながらのおでん屋台での会話なんてこんなものだ。

中身がある会話をしたいなら日があるうちにカフェですればいい。

だからなんら問題ないのだ。


オヤジがエレーヌとショコラの間に皿を置いた。

大根だ。

半分に分かれている。


「おいオヤジ。頼んでねーぞ!」


オヤジはおでんスープをかきまぜる手を止めた。


「サービスだ」


半分に分かれている。

つまり2人で食べろと。

何かを暗示させるような、意味深な大根だ。

だが酔った2人ではその真意にたどり着けない。

ショコラは大根を双方の皿にのせる。


「なんだよ」

「なんでもない」


エレーヌは不服そうに鼻を鳴らすと大根を一口で食べた。

良く煮えた柔らかい大根であった。

そして2人してコップを持つ。

コツンと屋台から景気の良い音が聞こえた。



双子月が微笑ましそうに見下ろしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ