第61話 耳長、呑む
「浮かない顔してどうしたんだ?」
エレーヌは若干声が上ずっている。
相当勇気を振り絞ったようだ。
ショコラは、ぱぁぁぁ! と表情を輝かせた。
だが、どうやって説明しようか悩む。
「うーんとね。うんとね……うーん」
つまるところリリアが原因だ。
ショコラはパーティから離脱するときに「何とも思っていない」と言ったものの、一晩経ってみれば「あ、ヤバい人だ。チョーヤバい人だ」と思い焦り出したのである。
なんたって相手は魔王だ。
よくわからないと言ったが有名な歴史上のコワイ人なのだ。
尻尾が縮みあがった。
で、行きつけの屋台バーへやって来たという次第である。
かっこ悪くて言えやしない。
そして、まさか性悪耳長女もひいきにしていたとは驚きだ。
「お前、今失礼なこと考えただろ?」
「ぜんぜん」
「チッ。年上には敬意を払うもんだと教えてもらってねーのか?」
エルフが年上などと言ってはお終いだ。
彼らほど長寿な生き物はいないというのに。
「冒険者経験だってアタシのほうが長ぇーんだからな! 先輩だぞ。偉いんだぞ」
エレーヌはしたり顔で言う。
エルフが年功序列を語るとは何たるイカサマめいた事か。
「まぁとにかく」
エレーヌはミルク酒を一気に呷る。
「悩みなんてのは時間が解決する。あれだ……先輩のアタシが言うから本当だ」
ショコラの耳がピンと高く跳ね上がる。
どういう風の吹き回しだろうか。
性悪女がこんな言葉をかけるなんて。
「あー……らしくない。でも言わせてもらうぞ」
カウンターに空のグラスが置かれた。
「あのちびっ子はやべぇ。なんだかやべぇ匂いがする。わかる?」
果たしてエルフの直感か。
ショコラは何も答えずエルフを見た。
エレーヌは明後日の方向を見ながら話している。
チクワにフォークを刺そうとして、カチンと皿に当たった。
酔っ払いだ。
「酔ってるの?」
「よってねぇ!」
そうは言うが顔は誰もいない席を向いている。
ミルク酒はショコラが飲む麦酒『魔王の一撃』に及ばないほどの微アルコールだ。
このエルフ、相当弱いらしい。
「そんな小せぇことはいいんだ!酔ってる酔ってないなんて」
「うん」
「つまり……何の話だっけ?」
「リリアのこと」
「そう! ちびっ子だ。あいつの魔法はヤバい。そこらのやつらとはレベルが違う」
オヤジが水を出す。
エレーヌは一気に飲み干し、追加のミルク酒を要求。
「あとアタシにやばい薬を飲ませた。仕返ししなきゃならない」
ミルク酒のお代わりを受け取る。
ようやくフォークがチクワを捉えた。
「止めといたほうがいいよ……」
ショコラはしょぼしょぼする眼をこすりながら言う。
「魔法、ヤバいんでしょ」
「おう。だけど関係ねぇ」
チクワを一口で食べ、ミルク酒のコップを握り締め、
「いつの間に移動したんだ? まぁいい。ほらコップを出しな」
ショコラは言われるがままコップを取る。
コツンとコップ同士が当たった。
「乾杯」
エレーヌはぐいと呷った。
そんなに飲んで大丈夫なのだろうか?
一抹の不安と共にショコラも麦酒に口を付ける。
「もっとしっかり飲めよ!」
全部飲み干した。
獣人と言えどさすがにキツイ。視界がふわふわしてくる。
「何だっけ?」
「ちびっ子だよ」
「うん。わかる」
「キャッキャッ」
ショコラは牛すじを食べた。
「レイダーの知り合いだからヤバい人」
「じゃあお前もヤバい人じゃねーか」
「あたしは例外だもん」
「嘘つけ。1人Bランクはたいがいだぞ」
「先輩なんだからもっとすごいでしょ? んん?」
エレーヌは口を閉ざして視線を反らした。
ミルク酒に口を付ける徹底ぶりだ。
パーティでBランクとソロでBランクでは大いに差がある。
つまり冒険者としてはショコラの方が上なのだ。
「そういえばちびっ子は?」
「んー、ダンジョン帰りに神父さんの護衛」
「なんじゃそりゃ」
「ね。あたしも思う。ポテト派がうんたら言ってた」
エレーヌは肩をすくめた。
牛すじを口の中に放り込むと咀嚼。
「めんどうごとに突っ込むタイプか。けっ」
「ね」
ショコラは麦酒を注ぐとお湯も注ぐ。
芳醇な麦の香りが立ち上った。
「まぁ。いろいろある人なんだと思う。うん」
麦酒のお湯割りを呷った。
エレーヌはお代わりのはちみつ酒をオヤジから受け取る。
「いろいろねぇ。そうだな。アタシの知り合いに物知りなエルフがいるから、いっぺん聞いてみるか」
「何を?」
「あん? ちびっ子が使ってるヤベー魔法のこと」
「止めた方がいいよ」
「なんでだよ」
「ヤバいから」
エレーヌがはちみつ酒を呑む。
一口二口と飲んでふと気づく。
「おい、お前さっきからヤバいしか言ってねーぞ」
「もしそうだとしたらヤバい」
そして2人してけらけらと笑う。
話はまるで進展していない。
だが、酒を飲みながらのおでん屋台での会話なんてこんなものだ。
中身がある会話をしたいなら日があるうちにカフェですればいい。
だからなんら問題ないのだ。
オヤジがエレーヌとショコラの間に皿を置いた。
大根だ。
半分に分かれている。
「おいオヤジ。頼んでねーぞ!」
オヤジはおでんスープをかきまぜる手を止めた。
「サービスだ」
半分に分かれている。
つまり2人で食べろと。
何かを暗示させるような、意味深な大根だ。
だが酔った2人ではその真意にたどり着けない。
ショコラは大根を双方の皿にのせる。
「なんだよ」
「なんでもない」
エレーヌは不服そうに鼻を鳴らすと大根を一口で食べた。
良く煮えた柔らかい大根であった。
そして2人してコップを持つ。
コツンと屋台から景気の良い音が聞こえた。
双子月が微笑ましそうに見下ろしていた。




