第6話 魔王、受付嬢を助ける
斥候盗賊がリリアの背中目掛けて、ナイフの切っ先を向けた。
速い!
スキル《疾風》を用いた、文字通り風よりも速い一撃だ!
ヘルタイガー盗賊団にとって最もベーシックな暗殺技である。
リリアはこのまま卑劣な凶刃に倒れてしまうのか⁉
否!
リリアは振り返りざまに右手を伸ばした。
そして、なんと2本の指でナイフを容易く挟んで止めたのだ!
「バカなッ⁉」
「甘い。ワシに不意打ちが効くと思うたか?」
まるで喚く子供へ言い聞かせるようにリリアは言う。
斥候盗賊は二撃目を加えようと、ナイフを引――けない⁉
「バカなッ⁉」
どれだけ腕に力を込めても、ナイフが1ミリも動かない。
不動。まるで選ばれし者にしか抜けない聖剣のように不動なのだ。
その時であった!
突如としてリリアの左手が力場めいて揺らめいた。
斥候盗賊は驚きに目を剥く。
「なんだそれは⁉」
声が震えるのは未知に対する恐怖がゆえか。
リリアの手中に生まれたのは超自然の黒く小さな球体。
それは球状に形成した超重力の塊である。
あまりにも強い重力が光すら飲み込む!
「この世の因果すら捻じ曲げる重力制御魔法――200年ぶりが故、加減はできんぞ」
重力制御に失敗すれば、重力球は暴走して自分も死ぬ。
デッドオアアライブ。危険と隣り合わせの、恐るべき超高等魔法である。
使い手も魔王しかおらず、重力制御魔法が使えるからこそ魔王であると言っても過言ではない。
そして、この魔法の源がブラックホールであることは、術者であるリリアも知らない。
リリアは重力球を握りつぶすと、斥候盗賊にスッとパンチを当てた。
ただそれだけで斥候盗賊は錐揉み回転し、吹き飛んだ。
木々に激突して身体をへし折り、死亡する。
「な、なんで⁉ ファック! 魔法⁉」
理解が及ばず、狼狽える斥候盗賊。
しかし、容赦はしない。
振り返るリリアの左手に、腕輪のように魔法陣がいくつも生まれた。
厚みのない、幾何学模様の魔法陣が。
「ふふふふ。そう物欲しそうな目でワシをみるでない!」
リリアは硬貨ほどの大きさの重力球を生成し、放つ。
「ま、待て! 今日はまだファックも殺人も何もしていなぐわーッ!」
重力球は3つ。
どれも狙い違わず斥候盗賊たちの額に直撃する。
首が絶対に曲がってはいけない角度を向いた。
斥候盗賊たちは首をへし折られ、死亡する。
街道は、あっという間に死体が四つも転がる、凄惨な殺戮現場と化したのだった。
◆◆◆
双子月の柔らかな光が降り注ぐ。
一方で光が届かない闇、そこには惨たらしい死体が四つ。
酸鼻な殺戮の跡が残るばかりだ。
「すごい……ヘルタイガー盗賊団を倒すなんて……」
女旅人は唖然とする。
当初は怯えていたものの、女旅人は正気を取り戻していた。
立ち直りの早さから、一般的な村人などよりはよっぽど荒くれ事に慣れているようだ。
しかし、助けてくれた少女と怪しい男が、なぜ一触即発の気配なのかはわからない。
1つ言えるのは、心の底に生まれた恐怖は盗賊襲撃時のそれを超えるということだ。
女旅人は息を潜めた。
リリアの手に超自然的な重力球はすでにない。
それからレイダーに向き直ると、言う。
「おぬし、ワシを試したな?」
鋭く薄い刃のような印象を与えた。
「試す? 何を言うかと思えば」
レイダーは笑みを浮かべてみせた。
「俺はただ、迷い子に方角を示しただけだ。この先進まざるを得ない方角をな」
――もっとも、魔王が操るユニーク魔法とやらを拝もうとしたのは間違いではないがな。
腹の中でほくそ笑んだ。
「ふんっ。もう一度言うが、王にはならんぞ」
レイダーは殺意すら抱きかねない冷徹な視線をその身に受けても、動じる様子は一切ない。
「さて、それはそうと」
リリアは蚊帳の外だった女旅人に向き直った。
女旅人は肩をびくりと震わせる。
「怪我はないかや?」
「ありません。えーっと……大丈夫です」
そこでようやく女旅人は自分がずっとへたり込んでいたことに気が付いた。慌てて立ち上がり、土を払い落とす。
ロングヘアの金髪に付いた土を落とし忘れていることから、少々そそっかしい性格なのをリリアは察した。
「危ない所をありがとうございます。まさかこんなところで盗賊に襲われるなんて思ってなくて……」
お辞儀をした瞬間、何がとは言わないが揺れた。
リリアは視線を落とし、鼻の頭にしわを寄せた。
リリアの名誉のために述べるが、別に女旅人の豊満なそれがどうこうではない。
土地神の加護の一つに、邪悪的存在を近寄らせないというものがある。
もしや土地神を辞めた後遺症が盗賊を引き寄せたのではと、リリアは思ったからだ。
「気にするでない。悪人を殺して善人を助ける。これは実際良いことじゃ。ワシの名前はリリアという」
「レイダーだ」
魔王が持つ空気を読むチカラで、自己紹介の流れを感じ取ったリリアは、手短に名を述べた。レイダーもそれに続く。
ミレットはまるで主従であるかのような2人を前に、困惑したかのような表情を浮かべる。
実際おかしな組み合わせなのだろう。
「私、ミレット・フラペチノと言います。この先にあるカヌレの街で冒険者ギルドの受付嬢をしています」
レイダーは顔をしかめた。
なぜなら、冒険者と聞くなり、リリアが好奇心に目を輝かせたからだ。