第59話 土地神、問答をする
リリアとレイダーがペニエの村を旅立つ、少し前――
空は青く澄み渡り、大地には小さな緑が芽生えている。
陣地を超えた大規模破壊の傷痕は未だ残るが、それでもなお村人たちは復興に精を出す。
ここはペニエの村。
教会のポテト派から解放された、村とも呼べない規模の集落である。
「あ……わかる。つまり……」
祭殿とも呼べぬ粗末な祭壇に腰掛けるのはダウナーな雰囲気の女。
その姿は真の姿でもあり、幻影でもある。
「つまり……神だ。オーケー」
彼女はサージェント。
新しく土地神となった魔族であり、その実体は失われている。
そんなサージェントの頭を小突く者が1人。
「何を寝ぼけたことを言うておる。せっかく今からインストラクションを与えようというのに」
リリアはじろりとサージェントを睨んだ。
実体がないので小突いた拳はすり抜ける。
サージェントはびくりと肩を震わせた。
「インストラクションって……新人いびりですか?」
「なんじゃ? いびってほしいのかや?」
「まぁまぁリリア殿、そう突っかからなくても」
そうリリアを諫めるのは全身に包帯を巻いた男。
ボロボロの法衣を纏っている彼はブレッドマン神父である。
ポテト派の卑怯な策略により、吹き飛ばされ負傷したためだ。
なんと卑劣な。
「とゆーか、おぬしは教会の人間じゃろ? 土地神なんてのは異端ではないのかや? 火あぶりにせんでよいのかや?」
リリアは恐ろしいことを言う。
茶化すつもりではないのは、至極真面目な表情から明らかだ。
「そんな乱暴な。基本的には土着宗教とは仲良くしますよ。我々」
ブレッドマン神父はおどけたように言った。
無論、建前であるからリリアは取り合わない。
土着の宗教を制圧し、自分たちの教義に取り込むのが教会だ。
昨日まで神だったのに明日からは奇跡や天使。
あるいは極厚ステーキになっていることは、ざらにある。
「教会の欺瞞はさておき、サージェント。おぬしは土地神として学ばねばんらんことがある」
「ハイ」
「ワシは土地神歴200年の先輩じゃ」
「ハイ」
「わかるな?」
「ハイ」
サージェントはまるで借りてきた猫のよう。
全自動頷き機と化して頭を揺らしている。
「私からしたらリリア殿には教会騎士の心得も学んでほしいのですが……」
と、ブレッドマン神父。
「ワシは教会騎士なんぞになった記憶はないが」
「教会騎士はなるのではなく授かるものですよ」
ああ言えばこう言う。
リリアは肩をすくめた。
「これだから教会は傲慢にもほどがあるのじゃ」
褒め言葉として受け取ります、とブレッドマンは引き下がった。
この青空教室にはリリアとサージェントとブレッドマン神父の3人(2人+1柱)が、ひざを突き合わせている。
村人たちは時折こちらを見て、胡乱気な表情を浮かべ、すぐに自分たちの仕事に戻る。
住居に畑に、崩壊した村の復興だ。
そこには元村長の姿も伺える。
「さて、インストラクションじゃ」
「ハイ」
「先に言うておくが、土地神のインストラクションは数や時間ではない。質じゃ」
「ハイ」
「今から土地神的問答めいたインストラクションをする」
リリアは懐から革袋を取り出した。
そこには年経た女性の顔が描かれている。
クッキーの包みである。
「これを財布と仮定する」
「1人で食べたと?」
リリアは眉間にしわを刻んだ。
重力球を叩き込もうか悩んでいる顔だ。
「それは……今はどうでもよい」
不機嫌そうに言った。
サージェントはけらけらと笑うも、すぐに笑みを引っ込めた。
リリアが殺気を放ったからだ。
リリアはわざとらしく咳払いを1つして問う。
「この財布が落ちていたとする。おそらく村人のもの。土地神のおぬしはどうする?」
「それはもちろん」
サージェントはこめかみに指を当てる。
一拍止めてから言う。
「落とし主に届ける」
「残念じゃが、土地神としては不正解じゃ」
サージェントは不満顔。
「なぜ?」
「土地神は容易く氏子を助けはせん」
「なるほど」
「土地神はただ氏子を助けるだけの存在ではない。時に助け、時に試練を与え、時に教訓を授ける」
「なるほど」
「正解は中身をポケットに入れて、身分証はそのまま財布は目立つところに置く」
「ちょっと待ちませんか?」
サージェントの口元が引きつっている。
今の問答のどこがインストラクションというのか。
「なんじゃ?」
「めっちゃ邪悪じゃありません? 絶対、姫様の中の天使と悪魔が囁き合った結果でしょう?」
リリアはムスッとした様子で、
「ワシ、歴200年の先輩じゃぞ。先輩じゃぞ」
「スイマセン」
「中身の徴収は教訓、身分証は慈悲、財布は試練じゃ」
「ハイスイマセン」
「庇護と試練を兼ね備えた100点満点の回答じゃぞ」
「わースゴイ」
土地神なので死にはしないがそれでも殴られるのは嫌だ。
サージェントは素直に従う。
「おい、坊主よ」とリリアはブレッドマン神父に話を振る。
「坊主ではなく神父ですが」
「おぬしら教会はどのようにする? 土地神と教会の違いを教えてやれい」
インストラクションめいた内容に戻り、サージェントはほっと胸を撫で下ろす。
リリアの回答はさておき、教会と土地神という相容れぬ違いを学ぶにはちょうどいい。
ブレッドマン神父は居住まいを正すと、コホンと小さく咳払い。
「まずは財布の中を確認します」
「ハイ」
「落とし主へ届けます」
「ハイ」
「もし鷲の爪が入っていたら異教徒なので中身を徴収した後、村に火を放ちます」
「おい、この坊主の方が邪悪じゃぞ」
話を振った本人がこんなことを言う始末。
「坊主ではありません。神父です。異教徒即斬は当然では?」
平然と言ってのけるブレッドマン神父。
サージェントは深々とため息をついた。
「私、こんな神父と二人三脚で村を復興しないといけないんですか? 祭殿が次の日には教会に代わってそうなんですけど」
リリアはきょとんとした顔でサージェントを見返す。
まさかそんな顔で見られるとは思っておらず、サージェントは狼狽えた。
「それが、お主が欲した上に立つ者の義務じゃ。こういった輩を御することもな。もしや、わからずにワシの命を付け狙ったのかや?」
サージェントは何も言い返さない。
その態度が全てを物語っていた。
リリアは先のサージェントに負けず劣らずのため息をついた。
そして、これからのことを想像してであろうか、とても楽しそうに言う。
「土地神としての使命、立派に果たすが良い」




