表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/93

第56話 魔王、全てをひっくり返す

レイダーは短くなった乾燥薬草を地面に落とすと、靴底で踏みつけた。

どうやら2本目を吸う時間はなさそうだ。

双子の月明りが白く伸び、まるでスポットライトであるかのように2人の神父を照らしている。

ブレッドマン神父が駒を掴み――手が止まる。


「どうした? 打たないのかね? 諦めて共にふかし芋を食べようではないか」


ブレッドマン神父は答えない。彼の手が僅かに震える。

中盤までは一進一退の攻防。

しかし、残り数手となった時、ビスケ神父が差した一手。

まごうこと無き決め手であった。


「勝負あったな……」


神殿騎士ロイズは静かにつぶやいた。

盤面を冷静に読むに、返すことは不可能。

ビスケ神父は勝利を確信し、余裕の笑み。

戦意喪失したのかブレッドマン神父は俯いたまま動かない。

だが……。


「この違和感はなんだ?」


神殿騎士ロイズは眉根を寄せた。


「まるで全てが仕組まれていたかのような――まさかっ⁉」


神殿騎士ロイズは瞠目した。

ブレッドマン神父、彼の戦意はまだ消えていない!

瞳に揺らめくは炎。

勝負を諦めない不屈の炎が浮かんでいるのだ。


「私はこの時を待っていたんです。ビスケ神父、貴方が勝利を確信し、私の撒いた罠にかかるこの時を!」

「なにッ⁉」


ブレッドマン神父は白き駒を頭上高く掲げる。

月光を浴び、彼はまるで白き炎に包まれているかのよう。

ブレッドマン神父は駒を、全ての盤面を返す究極の一手を――



その時だった!



突如として超自然的な漆黒の重力球が碁盤に着弾!

碁盤は地面ごと爆発四散!

衝撃でブレッドマン神父とビスケ神父が吹き飛ばされる!

無慈悲。


舞い上がる白と黒の駒、爆心地に巨大な影が降り立つ。

小山ほどある黒く巨大な牛、流れるような金色の髪を靡かせた美しき少女。


「なんじゃ。ワシが汗水流して働いておるのに、おぬしらは何を遊んでおる?」


黒王号に仁王立ちし、呆れた表情を浮かべたリリアである。

周囲を見渡し、彼女の従順な部下を見つけると、


「おい、レイダー。状況を説明してくりゃれ」


ため息1つ。

レイダーは包みから乾燥薬草を再び取り出すと、


「文字通り盤面をひっくり返したな」

「ん?」

「姫様、後始末は任せましたので」


リリアは小首をかしげて振り返る。

そこには抜身の刃を向ける神官戦士たち。

ただ、様子が少々おかしい。

全員が全員とも教義や信仰をかなぐり捨て、激しい怒りを浮かべている。


「よくもビスケ神父を!」

「男同士の勝負を愚弄したな!」

「馬鈴薯に栄光あれー!」


熱い闘志と共に、口々に喚きながら斬りかかる。

リリアは困ったように頬を掻くと、


「よくわからんが……おぬしらがその気なら、よかろう。相手してやるぞ」



◆◆◆



ヒロイックサーガめいてリリアに挑み、黒王号(黒い巨大な牛)に片っ端から吹き飛ばれていく神官戦士たち。

それを見ながらレイダーは乾燥薬草をふかしていた。

焦げ臭い夜風に下草が揺れる。

双子月に薄く雲がかかった。


「一服中なんだ、後にしてくれないか?」


素っ気ない言い方だ。


「そういうわけにもいかない」


レイダーは視線を横に移す。

意匠を凝らしたグレートヘルム、馬鈴薯のシンボルが描かれたサーコート、チェインメイル。

神殿騎士ロイズが立っていた。


「うちの姫様が暴れた時点で勝負はついた。もうこの村に戦略的意味はないぞ」


レイダーが言う通り、ペニエの村は全てを失っていた。

青々とした葉が茂っていた馬鈴薯畑は地面ごと抉り返され、教会は燃え尽き、建物は瓦礫となっていた。

ビスケ神父とブレッドマン神父の信仰を掛けた勝負も無くなった。

中央には、ほどなくポテト派の蛮行として情報が伝わるだろう。

神官戦士たちがリリアたちと戦う意味も、もう理由もない。


「なのになぜ挑む?」


レイダーは乾燥薬草を、未だ火が燻る瓦礫の中へ投げ入れた。


「聞いたことがある。フリーの冒険家と称した凄腕の戦士の話を」


レイダーは笑う。


「ほぉ。俺のそっくりさんかな」

「笑止」


鋭い剣の切っ先がレイダーに向けられる。

青白い輝きを放つ魔剣だ。


「お前が言う通り、この村も、馬鈴薯生産基地計画ももうお終いだ」


間合いを計りながらじりじりと近寄る。


「そして私は責任を取らされるだろう」

「あの神父の方が偉そうだったのにか?」

「自由人には分るまい。政治とはそういうものなのだよ」


肺の中の空気を全て絞り出したかのような、辛く苦しげな言い方であった。


「だが――私も武人の端くれ。くだらん場でくだらん催しの駒としてくだらん最期を遂げるなら、私は神殿騎士として強者に挑む」


神殿騎士ロイズは剣を構えた。

彼の一挙手一投足は全て相当に訓練された者の動き。

並大抵の実力ではないことが、剣を交えていないにもかかわらず伝わって来る。


「不可視の糸使いよ。いざ勝負」


一陣の風が吹いた。


「ふむ。いいだろう」


首に巻かれたマフラーめいたボロ布が靡く。

その先端は超自然的な光を放ち、虚空に残像を残していた。


「相手をしてやる。あんたの期待に応えられるか――自信はないがな」


グレートヘルムで表情は窺えないが、たしかに笑みを浮かべたような、そんな気がした。


「恩に着る」


神殿騎士ロイズが裂帛の気合の声を上げて斬りかかる。

速い。

並みの冒険者では反応ができないほど、速い踏み込み。

重装備の者の動きではない。おそらくなんらかのスキルだ。

だが、目で追えない速さでもない。


レイダーはカウンターでネットを射出。

彼の剣を絡み取ると、一気に腕を振り抜いた。

糸を操る精密さと強引に剣を奪い取る力強さ。その2つが混ざり合う。

ネットに絡み取られた神殿騎士ロイズの剣が、彼の手を抜けて明後日の方向へ飛んでいく。


「さすが糸使い!」


神殿騎士ロイズは感嘆の声を上げる。


「だが、所詮はこの程度。噂ほどでもない!」


落とした魔剣のことなど歯牙にもかけず、一気にレイダーの懐へと潜り込んだ。

赤い光の軌跡が生まれた。

神殿騎士ロイズが、腰のベルトからダガーを2本引き抜いたのだ。

両方とも魔力で強化された魔剣である!


「貰ったッ!」


光が駆け抜けた。


月の光を反射し、飛び散るメイルがキラキラと眩しく輝く。

そして、赤い血飛沫が上がった。

神殿騎士ロイズは一歩、二歩と進み、倒れた。

レイダーの手には名も無き魔剣。

細身の剣身が怪しく光る。


「俺は別に糸使いというわけではない」


レイダーは魔剣を振り抜き、刃に付いた血を飛ばした。


「一番勝率がいいから糸を使うだけだ。だが――」


静かに剣を鞘に収める。


「礼を言う。久しぶりに本気を出せた」


物言わぬ神殿騎士を見下ろし、レイダーは十字を切った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ