第55話 神父、信仰力対決をする
いつの間にか隕石落としの着弾音はおさまっていた。
しかし、阿鼻叫喚の地獄絵図には変わらない。
一方で新たな戦いが始まろうとしていた。
サバイバルカラーの旅人装束に身を包んだ男と神父。
対するは神殿騎士が率いる僅かな神官戦士。
彼が被る兜の額には、馬鈴薯の形をしたプレートが付いてあった。
「同志ロイズ殿! あれはブレッドマン神父では!」
若い神官戦士の1人が指を差す。
「言われんでもわかっておる。うろたえるな」
今にも突貫しようとする若い神官戦士を、神殿騎士のロイズは制した。
レイダーとブレッドマン神父を交互に見る。
ブレッドマン神父と違い、素性のしれぬレイダーに向けられた視線は鋭い。
そこに油断や慢心はない。
レイダーの背に隠れていたブレッドマン神父が前に出る。
神の信徒らしく、堂々と胸を張って。
「貴行らポテト派の蛮行、この私がしかと見た。村1つを壊滅させるとは度し難い行いだ」
「いや待て。村が爆心地みたいになってるのはお前らの仕業では?」
「しかるべき場所へ報告させてもらう」
ブレッドマン神父は決断的に無視をした!
神殿騎士ロイズは歯嚙みした。
村が吹き飛んでいるのは別として、報告されるのは実際マズい。
総主教会に報告されては立場が悪くなる。
「報告か……つまり報告さえされなければ、誰も何も見ていないのと一緒だな」
そして、自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。
「なっ……⁉」
ブレッドマン神父がたじろいだ。
口を封じると、面と向かって言われたのと同義であるからだ。
だが、それに待ったをかける者がいた!
「待たれよ――」
余裕感を含み、ねっとりと絡みつくような声がした。
メイルがこすれ合う音が響く。
「宗派は違えど、同じ神を信ずる者が剣を交えるなど。全くもってリソースの無駄。背徳に等しい所業だと思いませんか? ねぇ、ブレッドマン神父」
赤い夜空の下、現れたのは暗黒派遣神父こと、ビスケ神父である。
柔和な笑みを浮かべ、でっぷりとした身体を金襴緞子な法衣の中に押し込んでいる。
清貧感を漂わせるブレッドマン神父とは正反対の雰囲気だ。
「ほぅ」とレイダーは小さく息をついた。
まさかペニエに駐屯するポテト派の中で、最も上位の人間が自ら出てくるとは。
ブレッドマン神父は驚きに目を見開いた。
「あ、貴方は……カヌレ方面暗黒行事『芋煮会』総長、タロイモのビスケ!」
じゃり、と踏んだ土を引きずる音がした。
まだブレッドマン神父は、自分が無意識のうちに後退ったことに気付いていない。
「貴方がペニエをこのような地獄に変えたのか……」
「いや、変えたのはそちらの魔法使いなんだが……」
ブレッドマン神父は決断的に無視をする。
ビスケ神父は咳払いをすると、ブレッドマン神父に提案する。
「話に戻りますが、殺し合いなど全くの無駄。教会に属する者なら、教会ならではの勝負をするのがスマートでは?」
すかさずレイダーはブレッドマン神父に耳打ちをする。
「話に乗るな。あれくらい俺1人で退けるのは容易い」
レイダーが言う通り、ここは彼に任せて力でごり押しするほうが正解だ。
しかし――
しかし、だ。
男には、引き下がることができない戦いもあるのだ!
己のプライドを賭けた勝負で引き下がることはできないのだ!
「わかっております。しかし、私はあの誘いに乗らないといけないのです。これは宗派を背負った戦い、逃げるという選択肢は自分の宗派に泥を塗る行為なのです」
ブレッドマン神父は擦り切れた法衣を翻した。
ビスケ神父の目前に立つと、法衣の下から何かを取り出した。
なんとそれは碁盤!
正方形の碁盤なのである!
それを2人の間の地面にそっと置いた。
「相手にとって不足無し! 勝負は一局! 20手まで!」
さらにブレッドマン神父は白の駒を取り出した。
対するビスケ神父は黒の駒だ。
「ほっほっほ。私のターン!」
碁盤を挟んで2人は正座した
そしてパチン、パチンと駒を指す音が響く。
若い神官戦士は神殿騎士ロイズに尋ねる。
「同志ロイズ殿! あれはいったい⁉」
「あれはアブストラクトゲームだ……教会内での揉め事を解決するため、中央で行われる聖なる決闘だ……」
神殿騎士ロイズの声は僅かに震えていた。
ゲームと侮ることなかれ。
駒を信者に見立て、より多くの駒を得られるかを着競うゲームである!
それも20手という少ない差し数でだ。
「信仰力が高い者ほどおのずと駒を得ることができ、すなわちそれは神の意志」
「なんと……! つまり、より信仰力が高い者が勝利するということですか?」
「そういうことだ」
神殿騎士ロイズは一旦言葉を切ると対局を注視する。
「ビスケ神父はポテト派四天王の1人にして、芋煮会最強の指し手。ただの神父が敵う相手ではない。信仰力が違い過ぎる……が」
神殿騎士ロイズが見た所、一進一退の攻防。
白が猛攻をかけるが、黒が辛うじて攻撃を躱す。
そして、返す一手は確実に白のウィークポイントを抉り取る。
ブレッドマン神父の頬を汗が伝い、流れ落ちた。
「バカらしい」
レイダーは懐から乾燥薬草を取り出すと火を付けた。
「つき合ってられん」
乾燥薬草の白い煙が空へと昇っていく。
双子月が慈愛に満ちた様相で、見下ろしていた。




