第54話 村長、解放する
煙が立ち上り、炎が燃え盛り、土砂が絶え間なく降り注ぐ。
櫓は爆発四散し、村と下界とを隔てる壁はなぎ倒されている。
家も畑も忌々しい教会も、全て黒煙に飲み込まれていた。
男はおぼつかない足取りで進み、愕然とする。
「こ、これはいったいどうなってるんだ……?」
瘦せこけ、憔悴しきったその男はペニエの村のラング村長である!
櫓の爆発四散に巻き込まれたというのに生きていたのだ!
いったい、いかようにしてか⁉
黒王号が櫓に突進をかけた際、神官戦士たちと同様に村長も吹き飛んだのだ。
縄で吊るされていた分、振り子の応用で村長は空高く吹き飛ばされる。
それは高さにして地上10メートル以上!
待っているのは落下による粉砕激突死だ。
しかし、その時奇跡が起こった。
空高く吹き飛ばされた村長。
彼の下に、たまたま同高度まで飛ばされた櫓の残骸が重なったのだ。
村長は脅威的なバランス感覚を発揮!
まるでサーフィンめいて村長は残骸の上に着地する。
さらにリリアの隕石落としで発生した上昇気流に乗ることで、地上へと無事に帰還したのである。
おそるべき豪運だ。
「村が……ポテト派の要塞が消し飛んでいる」
村長の周辺には倒れてピクリとも動かない神官戦士たち。
死んでいるのか生きているのか、見ただけでは判断できない。
しかし、村長は彼らのことを「ざまあみろ」とも思う余裕もない。
それほどまでに村を襲った大破壊に衝撃を受けていたのだ。
「うぅ……そこの村人……助けて」
だから呻き声も耳には入ってこない。
「助けて……」
幾度とない助けを求める声。
ようやく気が付いた。
瓦礫の下に、縄で縛られた女が転がっていたのだ。
――ナンデ?
村長は腰を抜かしかけた。
神官戦士ではない。
掟を破って櫓に吊るされた村人だろうか。
「た、助ける!今助ける!」
村長は自分とてほとんど体力がないにもかかわらず、女を引きずり出す。
しかし、見ない顔だ。
お団子を頭に2つ作った髪型をした、ダウナーな感じの女である。
「あ、ありがとうございます……」
視線を合わせようともしない。
村長は櫓の残骸を利用して女の縄を切る。
「あと、この腕輪も……」
村長は一瞬不審に思うも、言われるがまま腕輪を切った。
魔力封じの腕輪を!
「あんた、見ない顔だが……ペニエの者か?」
女は答えない。
長身で、やや猫背の女だ。
村長を無視して、女は手首をさすりながら周囲を見渡した。
煤で黒くなったグレートヘルムが転がっている。
「なぁ、あんたもポテト派に捕まっていたのか?」
女はグレートヘルムを拾い上げると、被った。
「あのクソ魔王めがああああああ! よくも縛られた俺を牛に繋いだまま突撃させたな! いったい何回、地面をバウンドしたことかッ!」
途端に背筋が伸び、言葉遣いが乱暴になる。
ダウナーからヤカラへと豹変したのだ!
「ひぃ!」
怯える村長。
しかし、女は彼のことなど眼中にもない!
「ぶっ殺す! 今度こそ俺の手でぶっ殺してやる! 俺の本気を見せてやる!」
女が地面を蹴った。
瞬間移動、と村長は思った。
たったひと蹴りで、あっという間に女は村――いや、爆心地の中へ飛び込み、姿が見えなくなった。
「いったい今のは……怖い」
村長は唖然とする。しかし、いつまでもそうしてはいられない。
彼はペニエの村の村長なのだ。
村長も女の後を追うように、村の中を目指して歩き出した。
◆◆◆
村はまさに地獄めいた凄惨かつ、残虐な破壊ショーの大開演状態であった。
悲鳴と呻き声のアンサンブル。
神に許しを請う神官戦士たち。
そしてそれらを蹂躙し、破壊の限りを尽くすリリア。
恐ろしい。
そんな村に侵入することなど、赤子の手を捻って泣かすよりも容易い。
レイダーとブレッドマン神父は一切の障害なく、村の中央――クレーターとなった村長宅の残骸付近までたどり着いた。
焼けた馬鈴薯の香ばしい匂いが漂う。
「ここまでは手はず通りだな」
物陰から顔を覗かせたレイダーは周囲を見渡す。
混乱の極みだ。
元よりリリアと黒王号(黒毛の牛)が陽動をかけて、レイダーたちがポテト派の頭を押さえるという算段であった。
打ち合わせの際、多少派手にいくとは言っていたが――
レイダーは口元を緩ませる。
「ただ、姫様の暴れ具合は俺の想像を少し超えているな」
「いや、村が全壊してるのを少しというのは如何なものかと……」
ドン引きするブレッドマン神父。
先ほどから顔色が優れない。
「神父様は言葉遊びが好きなようだな。これくらいよくある話だ」
「あー……もういいです……すみません……」
教会騎士の称号を授けるといった相手が、破壊と乱暴の限りを尽くしているのだ。
頼まなければよかったと心の片隅に浮かんだのやもしれない。
レイダーはブレッドマン神父の肩を叩いた。
そんな事を気にしている時間はない。
「俺たちは俺たちの役目をこなすぞ。気は進まんが」
レイダーは物陰から立ち上がる。
灰と赤熱した塵が舞う中、堂々と歩み出る。
首に巻いたボロ布が風に靡き、その先端が超自然的な光を発する。
隕石落としは未だ止まない。
散発的な地響きが聞こえる。
ほどなくして、レイダーの行く手を遮るかのように数人の神官戦士が現れた。
そして彼らの中心には、意匠を凝らした兜を被った神殿騎士がいた。
「異端者どもめ……よくも我が神を愚弄してくれたな」
彼の声には静かな、しかし明確な怒りが込められていた。




