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第53話 魔王、強襲をかける

日は落ち、辺りは暗闇に包まれた。

天高く昇った双子月が柔らかな光のカーテンを作る。

見送りは一番後に。

出迎えは一番先に。

旅立つ者、無事にたどり着いた者を包み込む。

しかし、それは昔のこと。


「同志神官戦士殿、今そこで何かが動きませんでしたか?」


簒奪者(さんだつしゃ)たちの声がした。

暗闇の中にいくつもの炎が浮かび上がる。

赤々と揺らめくそれらはペニエの村を照らす篝火(かがりび)

そして、見張り台、(やぐら)、乱杭が設置された壁などの威圧的な防備の数々が、闇夜に輪郭を浮かべた。


ここは暗黒馬鈴薯製造基地ペニエ。

昼夜問わず神の子たる馬鈴薯を生産する神聖な施設である。

もっとも、それが欺瞞(ぎまん)なのは周知の事実だが。


「野犬ではありませんか? 櫓に吊るされているアレを狙って」


櫓には松明を持った神官戦士や従者が、脱走者がいないか目を光らせている。


「なるほど。その可能性がありましたか」

「だが確認は必要でしょう。例の神父が潜り込んでいるかもしれません」


ギャンベゾンを着ただけの従者が松明片手に身を乗り出す。

神官戦士が言う通り何もいない。


――気のせいだったか?


ただ、松明の明かりが作り出す影に、異様なものが映った。

まるでミノムシのよう。

見せしめのため、櫓に吊るされているペニエの村の村長である。

満足に水も食事もとっていないため、(うめ)くことすらできず、ただぶら下がっている。


「あの村長もさっさと認めれば良いのに」


従者は鼻で笑うと乗り出した身体を引っ込めた。

特に異常はなし。次の巡回に向かうとしよう。

そう結論づけたその時だった。

地響きがした。

従者が尻餅をつく。


「ど、同志神官戦士殿、これは⁉」


どんどん音と振動が大きくなっている。

異常事態だ!


「待て、大きくなってるんじゃない。これは――近づいている⁉」


百戦錬磨の神官戦士は戸惑い、驚き、そして――見た。

櫓の手すりの向こう、こちらに向かって黒い山が突進してくるのを。

血のように真っ赤な両目が己を捉えたことを。


『MOOOOOOOOOO!!!』


空気がびりびりと震え、篝火が次々に消えていく。


「あ、あれはなんだッ⁉」


神官戦士の叫び声には明確な恐怖があった。

地面を抉り、土煙を上げて、櫓に突っ込んでくるのは巨大な黒毛の牛!

そしてその背には、仁王立ちで腕を組む金髪の少女!


「ぐわっはっはっはっはっ! いかに防御を固めたとて、大質量の前では無力じゃッ!」


そう、彼女はリリアである!

黒毛の牛はリリアを乗せたまま、勢いそのままに村の櫓に突っ込んだ。


櫓は爆発四散!

さらには門扉も一緒に爆発四散した!

神官戦士や従者が夜の空高く吹き飛ばされる。

門扉や櫓と連結して建てられていた壁は、連鎖的に倒れ、崩壊していく。


炎と煙と悲鳴が闇夜を切り裂いた。

何事かと飛び出してきた神官戦士や村人たちは――悪夢のような光景を目にした。

彼らは言葉も無くただ茫然と土煙を眺めるしかなかった。


ズン……ズン……と地響きが鳴る。

土煙越しに巨大な影が映った。

一陣の風が吹き、舞い上がる。


「出迎えご苦労。黒王号も良くやってくれた」


黒王号と名付けられた巨大な黒毛の牛と、その前を悠然と歩くリリア。

浮かべる笑みは凄みがあり、足元から吹き出る滅紫色の魔力のオーラと相まって、従者たちが次々と泡を吹いて倒れていく。

村の中心まで進んだ後、


「何者だ⁉」


神官戦士が剣の切っ先を向けて問う。その手は僅かに震えていた。

リリアが答えるよりも早く、隣にいた村人が言う。


「お社様だ……お社様がお帰りなされた……」

「お社様が我らを助けに……」


リリアはひどく偉そうに頷いた。

彼女の仕草の1つ1つが尊大である。全ては彼女のものだと誇示するかのように。


「ここを教会勢力の拠点と知ったうえでの狼藉か⁉」


神官戦士はなおも気丈に振舞う。

リリアは笑い飛ばした。


「教会? 何を言う。おぬしらは芋の絵を崇め奉る盗賊ではないか。盗賊が気安く話しかけるでない。ワシは、ワシのしたいことをしに来たのじゃ」


リリアの両手には漆黒の重力球が生み出されていた。

一際強い輝きを放っている。

リリアが一歩踏み出すと、神官戦士は二歩下がった。

年端もいかぬ少女に圧倒されている。

リリアはぎろりと哀れな村人たちを睨みつける。


「ワシは帰還したぞ。この村に引導を渡すために帰って来たぞ。この裏切者どもめが!」


リリアの両手から重力球が消えた。

彼女の重力制御魔法は、何も重力球を砲弾のように撃ちだすだけではない。

もっと恐ろしいことが可能なのだ。

異音が空から響いた。


「さて、皆よ。ワシを舐めていたことを後悔してもらおうかのう」


神官戦士は見上げ、たまらず胸の前で十字を切った。


「神よ……」


視界を埋めたのは赤熱した岩。

天より巨大な岩が、雨あられとペニエの村に降り注ぐ!

リリアは空に浮かぶ星を、引力により引き寄せたのである。


「星を降らせてやったんじゃ。しかと目に焼き付けるがよい」


200年前の大戦で乱用しまくった血も涙もない大規模破壊魔法『隕石落とし(メテオ・ストライク)』である。


爆音、悲鳴、衝撃波。


建築されたばかりの教会も、黒鉄の城と見紛うことなき村長宅も、すべて。

すべて、文字通り、ペニエの村が消し飛んだ。


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