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第50話 魔王、教会騎士となる

風に乗った血の匂いが鼻を突く。

リリアは周囲の惨状を見回しながらため息をつく。


「白昼堂々強盗行為とは、なんとも恐れ知らずな野盗どもじゃ」


神父を介抱していたレイダーは首を横に振る。


「姫様、よく見ろ。こいつらは野盗じゃない」

「なんじゃと?」


リリアは首なし死体を見た。

たしかに野盗にしては装備が充実している。

サーコートの下には金属鎧、手足にもメイル製の防具が巻かれている。

それに剣もしっかり手入れされており、刃こぼれ1つない。


「なんじゃこの紋章は?」


リリアは眉根を寄せた。

彼らのサーコートには見慣れぬ紋章らしき絵が描かれていた。

なんとそれは妙に写実的な馬鈴薯ではないか!


「彼らはポテト派の神官戦士なのです……」


俯いていた神父が顔を上げた。

彼はジンジャー・ブレッドマン。

カヌレより東へ歩いて3日ほど離れた村の教会で、神父を務めているとのこと。

彼の顔色は悪く、まだ体の震えが収まっていないようだ。


「危ない所を助けていただき、ありがとうございます。ああ、恐ろしい……まさか彼らがこのような暴力的行為に出るとは……」


リリアはブレッドマン神父の話を手で制した。


「待て。ワシらは教会の神官戦士を倒してしまったと?」


正面からブレッドマン神父を見据えて訊く。

神官戦士とは聖職者にして戦士。

教会勢力の人や建物の警護や警備などを担当する、暴力的装置である。


「そして、おぬしは同じ教会勢力の神官戦士に襲われておったと?」


腕を組み黙考し、出した結論は、


「ふむ。まるで意味が分からんぞ」


なぜ同じ組織の者同士が争うのか?

リリアはちらりとサージェントを盗み見る。裏切り――か?

ブレッドマン神父は死体の紋章を指差した。


「冒険者ならば教会の宗派に疎いというのも頷けますね……彼らは少々異端に属する宗派なのでございます」


ブレッドマン神父は世間知らずの聖職者というわけではなさそうだ。

誰と会話すべきなのかをこの短時間で見抜いている。

助けてくれたレイダーではなく、リリアに向けて話し始めた。


「教会のポテト派は知っておりますでしょうか?」

「道端で芋がどーたら演説しておる連中かや?」

「はい。その通りでございます。彼らは馬鈴薯を信奉するあまり、時として肥沃な村を言葉巧みに、あるいは武力に任せて接収することがあります」


どこぞの盗賊とやり口が一緒ではないか。

リリアは人の愚かさに呆れてしまう。


「ある日、近郊の村より若者が命からがら教会に逃げ込んできました。そして、村を救ってほしいと助けを乞いました」


ブレッドマン神父は身を震わせた。


「恐ろしいことに、その村はポテト派に制圧され、村人は奴隷同然に働かされていたのです!」

「ほーん。それはそれは大変じゃのう」

「私どもはポテト派の横暴から、無垢な神子らを救うために向かっていたところなのです。しかし……私の護衛は卑劣な輩の手にかかり、神の御元へ旅立ってしまいました。勇気ある傭兵たちでした」

「なるほどな。護衛は残念じゃったのう。とんだとばっちりじゃ」

「貴女方は救いの天使。こんなお願いをするのは大変心苦しいのですが……この神の僕に慈悲の手を伸ばして頂けないでしょうか?」


魔王が天使で救いの手と来たか。

リリアは皮肉めいた言葉の並びに内心笑ってしまった。

話の雲行きが怪しくなってきたのはレイダーも、ショコラも気づいたようだ。

背中に視線を感じる。

ブレッドマン神父は不安を押し殺すかのように、力強く言った。


「これも何かの縁、私を村まで連れて行ってほしいのです」


予想はしていた。


そして、リリアは断る気でいた。

そんなこと自分に関係ないからだ。


教会は200年前からいけ好かない輩たちである。

そもそも教会のせいで村から追放されたというのに、なぜ助けねばならないのか。

内内でいがみ合い、殺し合えばいい。


しかし、これもリリアが土地神であったせいであろうか。

断りの言葉を口に出すよりも先に、別の言葉が口から転がりでた。


「ちなみに行き先は何処かや?」


瞬間、リリアは自分でも驚いてしまった。

こんなこと、聞く気などなかったのに。

ブレッドマン神父の表情に、微かな希望の色が浮かぶのがはっきりと見えた。


「はい、ペニエの村です」


途端、リリアは大笑いした。

笑い声は豪快で美しく、天まで昇っていくかのよう。


「阿呆どもが。ほれみろ、言うた通りのことになったではないか」


ブレッドマン神父はリリアの突然の変わりように、訳が分からずといった様子だ。

唯一、リリアが魔王に復帰する経緯を知っている――いや、全てをお膳立てしたレイダーのみが理解していた。

もっとも、おくびにも出さないが。


「愉快なり。実に愉快なり。わしを軽んじるとどうなるか、奴らは身をもって知ったというわけじゃな」


リリアは壮絶な笑みを向けた。


「ざまあみろ」


晴れ晴れとしていた空に薄灰色の雲が立ち込めてきた。

リリアはブレッドマン神父に向き直った。


「神父よ。助けを求める相手を間違えたな。ワシはそのペニエの村より理不尽極まる理由で追放された身じゃ。そのなんとやらという宗派から助ける義理はない」


無慈悲な宣告であった。


僅かばかりの沈黙。

ブレッドマン神父は項垂れ、肩を落とすと懐から包みを取り出した。

包みには年経た女性の顔。


「これは我が村で売り出し中のクッキーでして……」

「しかし、神父よ。助けを求めるタイミングは正しかったな。ペニエの村までワシが連れて行ってやろう」


この場にいた誰もが聞き間違いかと耳を疑った。

ブレッドマン神父は、神に祈るお決まりの仕草をした。


「ありがとうございます……嗚呼! 貴女には教会騎士の称号を授けます」

「そんなものいらぬわ」


それを良く思わない者が1人。


「――姫様」


レイダーがその判断を咎める。

万が一「土地神に戻る」など言われては企みのすべてが瓦解する。

そしてペニエの村は、必ずリリアに土地神に戻ってほしいと頼むだろう。

そのとき、彼女は果たして拒否できるのだろうか?

心の中に神性が残り、魔王になり切れていない彼女に。


「あなたの使命をお忘れか?」


レイダーの語気は強い。殺気まで込められている。

だが、リリアは首を横に振った。


「依然変わらずじゃ。レイダーよ、ワシに従え。ワシはこの神父をペニエの村まで届ける。そして――」


リリアが浮かべた笑みを、レイダーは当分忘れることはないだろう。


「芋に代わってワシが村を滅ぼすのじゃ」


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