第5話 魔王、盗賊団と戦う
街道から少し離れた道の脇。
夜はまだ長い――にもかかわらず、パチパチと爆ぜる焚火は今にも消えそうだ。
火にくべられるはずの薪が散らばっている。
オオーンと遠くで野犬が鳴いた。
不穏な空気が漂う。
「やめてください!」
焚火を背にして立つのは女旅人だ。
灰色のフードマントを身にまとう地味な装いである。装いに反して旅人装束の上からでもわかるほど、豊かな胸だ。
そして、盗賊が獲物として狙いを定めるには、十分すぎる美しさを持っていた。
女旅人を囲むのは盗賊の斥候部隊。
彼らは街道周辺を縄張りとする、その名もヘルタイガー盗賊団。
この界隈で彼らのことを知らぬ者はいない。
夜な夜な街道を行く商隊を襲い、そして殺す悪逆非道な盗賊団だ。
「服が邪魔で良く聞こえないな? エェ?」
「へっへっへ。それに頼み方ってもんがあるんだ」
このまま不運な女旅人は、血も涙もない斥候盗賊たちの餌食となってしまうのか⁉
――その時であった。
足音が、斥候盗賊たちの下卑た笑いに割って入るように響いた。
真っすぐこちらへと向かってくる。
斥候盗賊たちは足音がする方を見た。
「おぬしら、そこで何をしておる? ナンパかや?」
リリアだ。
そのすぐ後ろにはレイダーが控えている。まるで忠実な従者のよう。
違和感しかない彼女らの組み合わせを目にし、場が一瞬静かになる。
斥候盗賊は互いに顔を見合わせると、再び下卑た笑い声を夜空に響かせる。
「もちろんファック&スレイ!」
「嬢ちゃん、死にたくなかったら見て見ぬふりをしな!」
「正しい街道の歩き方」
正義感に駆られた阿呆とでも思ったのか、各々馬鹿にしたように言う。
しかし、リリアは澄ました顔で聞き流す。
「助けて!」
女旅人は必死の形相で助けを求める。
リリアは、むぅとワザとらしく唸ると、
「レイダーよ。ワシの聞き間違えかや? あの者たちは今、ワシに狼藉を見過ごせと言うたのかや?」
正直に言うと、レイダーは内心汗をかいた。
リリアの纏う空気が先ほどまでとは異なる。
庇護を求める少女のそれから、決断的な強者のそれとなっていた。魔王の為せる業か。
レイダーは頷き、答える。
「いえ。たしかにその三下どもは見過ごせと言いました」
「そうかそうか」
リリアは腕を組み、直立不動のポーズ。冷徹な視線を送る。
「ふむ。ありえんな」
3人もの盗賊を前にしながら、突き放すように言い放ったのだ!
斥候盗賊の笑い声が、すぅーっと消えていく。まるで波が引いていくかのよう。
「俺たちは冗談が嫌いなんだ。わかるな?」
「俺たちは皆、コモンだが《疾風》のスキル持ちだ。ヘルタイガー盗賊団をそこらの盗賊団と一緒にすると、痛い目に合うぞ」
「格が違う、な」
斥候盗賊は女旅人の包囲を解くと、リリアたちの前に並び立つ。
なんたる威圧的な光景か。相手が商隊ならそれだけで無条件降伏だ。
女旅人は一瞬でも敵意から放たれたせいか、その場にへたり込んでしまった。
剣呑とした雰囲気が両者の間に満ちる。
血で血を拭う凄惨な戦いまでのカウントダウンが始まった!
高まる緊張のなか、リリアがレイダーのことを上目遣いで見た。
「疾風?」と一言。
教えろということらしい。
レイダーは気が抜けそうになるのを間一髪で堪えた。
姫様の教育係を拝命した記憶はないのだが、と前置きしたのち、
「そういうスキルだ。瞬間的にだが、身体を常人よりも速く動かすことができる」
ピンと来ていない様子だ。
なるほど。と逆にレイダーは合点がいった。スキルというのは、リリアがブイブイ言わせていた200年前にはなかった概念だからだ。
「特殊能力、特殊体質、ギフト、超能力。好きな呼び方を思い浮かべるがいい。それらをひっくるめて今の時代ではスキルと呼ぶ」
「スキルのう……」
どうやらスキルと言う呼び方に少し抵抗があるようだ。
「細分化せず、大枠で総称した方が何かと都合がいい。今の時代、人族なら大方与えられている超自然的なチカラだからな」
「むぅ、時代の流れについていけん」
「ただ――」
レイダーはあからさまに蔑むように笑った。
「自分のスキルを戦い前に喋るなど愚の骨頂。自分を強く見せようと示威する、所詮三下というわけだ」
自らの手の内を晒す三下ムーブ。レイダーにとって、自分は取るに足らない相手だとアピールしているも同然だ。
「話にならんな」
レイダーはばっさりと切り捨てる。
そこまで言われて黙っている者がいるのだろうか?
いるとしたらよほど心の深いものに違いない。間違っても斥候盗賊ではないことは確かだ。
斥候盗賊たちがあからさまに苛立ちを見せた。
リリアたちを威嚇するように威圧的に斧を構えた。乾いた血の跡が斧刃に伺える。
「俺たちに歯向かうって……こと?」
「斧の破壊力と《疾風》の速さ。1つ1つはコモンだが、2つ合わさればアンコモンだ!」
「うおおおお!」
斥候盗賊は盗賊独特のスラングを吐きながら威嚇する。
一触即発の気配。
その時だ!
「オオッー!」
嬌声とともに暗がりから飛び出てきたのは、隠れ潜んでいた斥候盗賊だ。
その手には大振りのナイフ。
斥候盗賊は三人組ではない。四人組だったのである!
狙いはリリアの急所。なんたる卑劣なだまし討ちか。
ナイフの刃が闇夜に閃いた。