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第48話 魔王、捕虜をとる

カヌレ大ダンジョンの周辺は賑やかだ。

『ヌードル』『大きな芋』『セーブ3割引き』などが書かれた幟を上げる出店がいくつも並ぶ。

これら冒険者をターゲットにした出店はそのほぼ全てが違法だが、経済活動という免罪符のもとに黙認されている。

賑やかしも兼ねたSCS(精霊通信器)の水晶からニュースが流れる。


そんな出店外から少し離れたところ。

奇妙奇天烈な集団がいた。

フードマントを羽織った少女。斥候冒険者らしき獣人。サバイバルカラーの旅人装束を着た怪しい男。そして、ロープで縛られたギャンベゾン姿の女。

リリア一行である。


「きりきり歩かぬか」


リリアはぐいとロープを引っ張る。


「ハイ、スミマセン」


羽虫の羽音ほどの小さな声で謝ったのは、背を丸めたダウナーな女だ。

背は高い。鎧兜を身に着けたならば男と変わらない。

頭の左右にお団子を作った髪型をしているが、これは頭に生えた魔族特有の角を隠すためである。


彼女の名前はサージェント(軍曹)

カヌレ大ダンジョンのフロアマスターを務めていた魔族であり、元魔王四天王。

そう! リリアの重力球の直撃を受け吹き飛んだにもかかわらず、生きていたのである!


これはいったいどういうことなのか?


リリアが放った重力球が、今まさにサージェントに着弾する瞬間。

その時、不思議なことが起こったのだ!

突如として重力球が90度折れ曲がり、真下に着弾したのである。

着弾の衝撃波で吹き飛ばされたサージェントの鎧兜は全壊。

全壊してもなお魔族特有の頑丈さにより、彼女は気絶で済んだのだ。

そしてサージェントの生存を確認したリリアは、彼女を縛り上げ、ダンジョンの外まで連行したのである。



リリアは嘆かわしげにため息をついた。

それはそれは深いため息であった。


「しかし、衝撃波で殺せなんだのは、腐っても魔族と言うべきか。それともワシが衰えたのか」

「え……あ……ハイ」


サージェントは目を伏せ、もごもごと何やら言っている。

1つおかしなことがあるとすれば、今の彼女とダンジョン最下層で戦った彼女とは、印象が大いに異なる。


「じゃが、殺す」

「エ?」

「その前に、衆目に晒して惨めさを味わわせてからじわじわと嬲り殺す」

「ひぃ!」


サージェントは顔面蒼白になり、目の端に涙を浮かばせた。

同時に後ろを行くショコラも、言葉の激しい暴力性に表情を引きつらせる。怖い。


「土地神の名残でワシの中に残った僅かな神性が邪魔して、妙なセーブがかかってしまう。一思いに殺せんことは許してくりゃれ」

「むしろそのまま見逃してほしいなァ……なんて」


ギロリと攻撃的な視線とキリング的プレッシャーを受けて、サージェントはがくがくと震える。


「ハイ。冗談です……」


裏切りを許すほどリリアはおおらかではないのだ。

それから、リリアは思い出したかのようにケリを一発入れると、携帯型PHS端末を取り出した。

PPPPPと番号をプッシュ。

誰かを呼び出す。

カヌレの街から少し離れているが、精霊とのサービス契約により声を届けてくれる。

だからこの辺りではSCS(精霊通信器)の映像も映るのだ。


「ワシじゃ聞こえておるかや?」


一拍の無言。


『聞こえてるけど……休憩時間をピンポイントに狙って来るって、私のこと見てるんですか?』


通話をかけた先はミレットである。

バックからは冒険者ギルドの喧騒が聞こえてくる。


「魔法使いは使い魔と視野を共有できるのじゃ」

『え、ちょっと待って。マジで見てるんですか?』

「もちろん人の使い魔程度じゃ無理じゃぞ。ハムスターとか猫とか」

『……リリアさんならできるんですか?』

「無論。じゃが、ワシは使い魔を持たない主義でな。あいつらは必要な時に役に立たん」


実に嫌そうな顔をする。

すると、リリアはふと考え込むように言葉を切った。


「いやちょっと待て。話が脱線しておるな」


カヌレの街に戻る前に、ミレットにはどうしてもやってもらわねばならないことがあるのだ。


「単刀直入に言うとじゃな。フロアマスターを生け捕りにした」

『ぶぼぉっ!』


携帯PHS端末越しに何やら液体状のものが吹き出す汚い音がした。

精霊がちょっとだけ嫌な顔をする。

何つー音を飛ばさせるのだと。


『どういうことですか⁉』


ミレットの声は裏返っている。


『マジでうわちょっと……ダンジョンコアを破壊したりとかしてないですよね⁉ カヌレの産業が崩壊しちゃう!』

「ダンジョンコアに興味はない。ちょっと地面を抉った以外、特に何もしとらん」

『おもいっきり物騒なワードが出たんだけど……』


相手が魔王ということをどうやら失念しているらしい。

いつものビビった感じがまるでない。


「とにかく、今からこやつを連れて行く」

『止めてくださいって! 暴れたりしたらどうするつもりですか!』


ミレットも必死である。

なぜなら相手はSランク冒険者パーティーを単騎で壊滅させたフロアマスターなのだ。

最悪の場合を想定するのは当然である。


「大丈夫じゃ。今のこやつは何もできん。とゆーわけで牢獄を1つ借りたいんじゃが」

『んなもんあるか!』

「しけてるのぅ」

『うちは冒険者ギルドなの!』

「では教会の一室を借りたい。できれば石造りのものを」


割って入ったのはレイダーだ。いつまでたっても話が終わらないと判断したようだ。

ミレットに現実的な案を申し出る。


『それなら……まぁ……できますけどぉ』


渋々といった様相が手に取るようにわかる。


「では手配をよろしく」


レイダーは半ば強引に畳みかけた。


「おい、ワシの頼みは拒否してレイダーの頼みを聞くとはどういうことじゃ?」


納得がいかぬとリリアは文句を言う。


『え? ごめんなさい、ちょっと声が遠いみたいで――』


ぷつりと途切れる通話。

精霊が無慈悲に通話終了を告げる。

リリアは無言でじっと携帯型PHS端末を見る。

そして、おもむろにサージェントに蹴りを入れた。


「痛い!」

「殺さぬだけましと思え」


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