第47話 魔王、戯れる
「これが特訓?」
クルトンは訝しんだ。
無理もない。
重りを巻いたり、高重力下で鍛錬だったり、魔力を練ったりなどしない。
空き地の真ん中で、頭の上に本を乗せて座禅を組む。
何も説明なく、いきなりリリアにそう命じられたのだ。
「まさかこのワシを疑うのかや?」
「そ、そんなことないけど……」
けど、という言葉に全てが詰まっていた。
リリアはため息をついた。
呆れ返ったようなため息だ。無論、クルトンに向けてではない。
「魔法教室とやらはどんな教え方をしているかは知らぬが、ワシに言わせれば基礎の基礎もなっとらん」
人は杖や指輪といった発動体が無ければ魔法を扱えない。
発動体がなくとも魔法を使える魔族とは、魔法の考え方や捉え方が根本から違う。
魔法は呪文や魔力で発動するのものではない。
リリアは今からそれを教えようというのだ。
「まずは目を閉じ、心を無にしてみよ」
クルトンの視界が闇に覆われた。
だが、不思議と暗いとは思わない。
「何があっても目を開けるでないぞ」
クルトンは頷いた。
「何が聞こえる?」
リリアは静かに尋ねた。薄氷のように透き通った声だ。
「風の音」
「他には?」
「鳥の声」
「他には?」
「見つけたぞ! このアマッ!」
「ガラの悪い男の人の声」
リリアは眉根を寄せて顔を上げた。
空き地の入口に見覚えのある男たちがいた。
なんとうことか。彼らの髪型は全員モヒカンではないか!
そう――彼らはBランク冒険者パーティー『デッドモスキートクラン』のモヒカンたちなのだ!
「あの時は良くもやってくれたな!」
「俺のPHS端末を返せーッ!」
七色モヒカン、逆モヒカン、ダブルモヒカンたちは血走った目をして拳を振り上げる。
その拳には凶悪暗器メリケンサック!
「ウオーッ!」
「3つの心が1つになれば100万パワーだ!」
声高らかに叫びながらリリア目掛けて一直線に突貫してくる。
もちろん官憲がこの場を見たなら一発で逮捕である。
しかし、魔王に挑むには――勇者ではない彼らでは話にもならない。
「うるさい! あれはワシの戦利品じゃ!」
リリアは跳躍からの先制ジャンピングハイキック!
「ぐわっ!」
顎を蹴り飛ばされ、逆モヒカンが一撃で昏倒した。
瞠目する七色モヒカン。
リリアの姿がブレ、次の瞬間には目の前にいるではないか。
陽炎のように揺らめくリリアの拳!
「うわッ! ちょっと待て、このメスガキやっぱ強すぎぐわーッ!」
打撃音と悲鳴がいくつも空き地に響く。
クルトンは物騒な音に身体を震わせた。
そして、しばらく後に、空き地は静かになった。
「まさか目を開けてはおらんの?」
笑いを含んだ恐ろしい声がした。
むしろ、開けろと言われても開けられるわけがない。
固く目を瞑ったまま、クルトンは頷いた。
◆◆◆
1時間が過ぎた。
その間、リリアは決してクルトンに杖を持たせはしなかった。
魔力を練ることすらしていない。
ひたすら瞑想と絶えずなされるリリアからの問答であった。
「うむ。よくやった」
クルトンの目を開かせると、リリアは満足気味に頷いた。
次の瞬間だった!
「さて、明かりをつけてみせいッ!」
リリアはいきなりクルトン目掛けて杖を投げてよこすと、鋭い声音で命じた。
「え、え、え?」
とっさに杖を掴んだクルトンは、訳も分からず魔法を唱える。
「明かりよ!」
光が生まれた。
彼の前には小さな光の球が一つ。
しかし、1時間前にクルトンが生み出した光とはかけ離れたほど強く、しっかりとした光であった。
「ふむ。やるではないか」
ニヤリと笑うリリア。
魔法を唱えた張本人といえば、未だ冷静になれていないのか、光の球を呆然と見つめる。
自分で出したものとは思えない。そう表情が語っていた。
リリアはクルトンの肩を小突いた。
「何を驚いておる。おぬしが唱えた魔法じゃろうが」
「え、でも、え……?」
「動かしてみせい」
クルトンは言われるがまま光の球を左右に動かした。
多少揺らめきはすれど、霧散する気配は一切ない。
「ま、魔法だ……」
「そう魔法じゃ。そして、もう1度言うがそれはおぬしが唱えたものじゃ。もっと胸を張らんか」
絡繰りがわからないと顔に書いてあった。
まったく、とリリアは一呼吸おいてから言う。
「おぬしの先生こそ魔法のなんたるかを学ぶべきじゃな。これではいつまでたってもエルフに人風情がと罵られるぞ」
「で、でもなんで……さっきまであんな下手くそだったのに……」
リリアはクルトンの頭をわしゃわしゃと撫でる。
力強く目いっぱい撫でる。
「魔法とはすなわち想像力。内なる魔力によって、自分の思い通りの超自然的事象を起すことじゃ。おぬしのように視野が狭くなり、思い詰め、想像力に欠けた状態で、しかも未熟者となれば上手く発動できるわけがなかろう」
あっ……とクルトンは小さく声を漏らした。
初めての魔法の授業で先生が言った言葉を思い出したのだ。
――魔法とはみんなのアイデアを形にするものです。
リリアはクルトンの顔を覗き込むと、再びカカッと笑う。
「目を瞑り、周囲の事象を五感で感じる。想像力を養うことが魔法使いとしての第一歩じゃ」
逆に言えば目で見えず、感じることもできないものを扱う魔法ほど難易度が高い。
重力制御魔法などその最たるものだ。
「おぬし、ここのところずっと魔法のことしか考えておらなんだろ?」
うなずくクルトン。
顔が赤くなるのが自分でもわかる。
「カカッ! 上手く魔法を扱うコツは、たまにはリラックスすることじゃ。肩の力を抜け、そうすれば自ずと魔法が上手く使えるようになる。このようにな」
リリアはパチンと指を鳴らした。
瞬間――視界が7色に包まれた。
色とりどりの光の球が次々と空へ昇り、弾け、消えた。
その残滓がキラキラと降り注ぐ。
赤い花が咲き、黄色い鳥が羽ばたき、青いバッファローが角を振りかざす。
明かりの魔法とは到底思えないほど、壮麗で、絢爛で、奇麗だった。
クルトンは圧倒された。
言葉を失い、大きく目を開けて煌く光を眺めていた。
リリアは笑う。
「これは少し早い祝砲じゃ。今のおぬしなら追試など、屁でもなかろう。な?」
クルトンは顔を綻ばせると、力強く頷いた。
「はい!」
◆◆◆
ただっぴろい空き地。
その中央に段積みされた丸太の上に、リリアは1人座っていた。
空は相変わらずの灰模様。
先ほどの魔法の光はすでに霞と消えていた。
「姫様、何をしていらっしゃったのです?」
いつの間にかレイダーが丸太の傍に立っていた。
「暇つぶしじゃ」
リリアはレイダーのことを見るでもなく言った。
「暇つぶし?」
「うむ。戯れに人の運命を変えてみたんじゃ」
「そうですか」
「人の運命を変えるなど、実に魔王らしいじゃろ?」
「そうですね」
しばしの沈黙が訪れた。
暗い雲が風に流され、隙間から僅かに空の青が覗いた。
リリアはぴょんと丸太から飛び降りた。
「じゃから、帰るぞ」
彼女の足取りは軽く、鼻歌混じりだ。
レイダーは口元を緩めると、それ以上は訊かずにリリアの後を追う。
後に風の便りでリリアは聞いた。
レモネ魔法教室から退学者は出なかったらしい、と。




