第44話 魔王、そしてケリをつける
赤熱した土埃が舞い上がり、破片や瓦礫がしきりに降り注ぐ。
プラズマが発生し、稲光のように土埃の合間を走る。
およそ人がいてはならない空間。
レイダーと彼の腰にしがみつくショコラは、周囲に展開された重力障壁により無事である。
だが、洒落にならない破壊的行動を前に言葉を失っていた。
仁王立ちするリリアが、尻餅をついたままのサージェントを悠然と見下ろす。
リリアはフードを上げた。
押し込めていた美しい金髪が、闇の中のスポットライトめいて溢れ出す。
「怖いか?」
「な……!」
「くくくっ。ワシが怖いか?」
リリアは一歩近づく。
「魔法封じの結界も、そのガラクタの鎧も、ダンジョンの奥底でフロアマスターをしておるのも、全て全て全てワシが怖いからじゃろ?」
「な、なにを!」
「身体は正直じゃな。ほれ、震えておるではないか」
サージェントは無意識に自分の腕を掴んだ。
じっとりと汗が浮かんでいた。
「いつの日か――甦ったワシが仕返しに来る。そう考えると、怖くて怖くてたまらなかったんじゃろ?」
サージェントは尻餅をついたまま後退る。
しかし、リリアが距離を詰めるほうが早い。
「ま、待て! 俺を殺したところで何も変わらん! 過去の過ぎた話だ、考え直せ!」
リリアは何の感慨も浮かべない表情で、無慈悲に告げた。
「命乞いの機会は200年前に失っておるぞ」
「う……うおおおおおおーッ!」
破れかぶれだ!
ばね仕掛けのようにサージェントが立ち上がった。
魔法のダガーを連射しながら、自身も手に光の剣を生んでリリアに突っ込んでいく。
いかに魔王とて刺せば死ぬ!
「愚か者め」
だが、魔法のダガーはその全てが重力障壁により防がれる。
生じた斥力に弾かれ、あらぬ方向へと飛ぶ。
そして、リリアが伸ばした手の先には超自然的な漆黒の球体。
幾何学的文様をした魔法陣が10枚展開された。
まるで砲身めいてサージェントへと伸びる。
「うおおおおおおーッ!」
「さらばじゃ」
放たれた重力球は魔法陣をくぐる度にその速度を増す。
サージェントは重力球を叩き切ろうと、大上段から光の剣を振り下ろす――が、無駄である!
刃が高密度の重力により捻じ曲がる。
「バカなーッ!」
悲鳴と共に、サージェントは重力球の直撃を受け吹き飛ぶ。
勢いそのままに背にした扉を突き破り、遥か闇の向こうへと消えた。
遅れて着弾の余波が荒れ狂う暴風となって押し寄せる。
土煙が全て流され、視界がクリアになる。
カヌレ大ダンジョンを、長きにわたって采配していたフロアマスターが倒された瞬間であった。
リリアは未だ眼光鋭く、闇の向こうを見る。
「姫様、ご苦労様です」
労いの言葉をかけたのはレイダーだ。
首に巻いたボロ布からの発光は止まっている。
リリアはレイダーの方を向かず、まっすぐ扉の向こうに視線を向けたままだ。
「うむ。元部下の不始末を付けるのは上の責任じゃからな。しかし……あれが元四天王とは。あの程度で四天王とは。ワシは耄碌していたのかもしれぬ……」
気のせいだろうか。
どこか気落ちしたような雰囲気が漂う。
微妙な雰囲気の変化に気付いたようで、レイダーとショコラは互いに顔を見合わせた。
ショコラはすかさず肘でレイダーのわき腹を付く。
お前がなんとかしろ――と。
レイダーは肩を竦め、軽く咳払い。
「そんなことはないと思うぞ」
リリアの小さな肩に手を置いた。
「本性とは表面だけではわからん。あの木っ端魔族が、腹に抱えるものを隠すことが上手かっただけかもしれん」
レイダーは不意に口元を緩めた。
「次から気を付ければいいだけだ」
「そうじゃな。うむ……そうじゃな」
リリアは視線を僅かに下げた。
ダンジョンコアと思しき禍々しい混沌の気配が感じられる。
直に魂を撫でられるような不快感。
負の感情だ。
手勢を倒されたためであろうか。
「混沌の神々の僕め。さぞ、くやしかろう」
間近にいるレイダーにも聞こえないほどの小声でリリアはつぶやいた。
その口端は僅かに上がっている。
笑みだ。
「姫様?」
レイダーが怪訝に思い、声を掛ける。
が、
「帰るぞ。ここにもう用はない」
リリアは踵を返した。
「用はないのじゃ」
◆◆◆
陽の光が目に染みる。
たかだか1日程度、ダンジョンに潜っていただけだというのに。
しかし、たかだか1日でダンジョンは様変わりしてしまった。
フロアマスターはいなくなり、下層の難易度は大幅に低下。
Sランク冒険者パーティーが本気を出せば、幾日もかからずに制覇してしまうやもしれない。
とはいえだ。
そんなこと魔王には関係ない。
「うむ。どこぞの警備担当とは違い、しっかり仕事をしておるの」
ダンジョンの入口を警備している警備兵に、リリアは実に偉そうに言葉をかける。
また、多少の嫌味はあるに違いない。
レイダーとショコラは互いに顔を合わせ、呆れたように肩をすくめた。
あえて言うまい。
警備兵は1、2、3、4と人数を数えた後、愛想笑いなんかを浮かべつつ、
「まぁ、仕事ですから」
どこか事務的な口調で返す。
それから警備兵はちらりと視線を向けると、意を決したように尋ねた。
「で……その方は?」
訝しむのも仕方がない。
なぜならその女は顔面をボコボコに腫らし、ロープでぐるぐる巻きにされ、その端をリリアが掴んでいるのだから。
「うむ。捕虜じゃ」
リリアは笑顔で物騒なことを言う。
「ダンジョン内で狼藉を働いたからぶっ殺すのじゃ」
物騒すぎるワードは時として冗談と思われる。
警備員は触らぬ神に祟りなしといったように、深くは触れようとしなかった。
しかし、その女はリリアが冗談を言うタイプではないことを知っている。
本気で言っているのだと知っている。
ゆえに、サージェントはさめざめと涙したのであった。




