第43話 魔王、わからせる
剣が独りでに引き抜かれる――その柄には魔力の糸が繋がっていた!
サージェントが阻止しようとするがもう遅い。
鞘から剣が引き抜かれ、大きく弧を描いてレイダーの元へと引き寄せられる。
それはまるで大怪魚の一本釣り!
魔剣と思しき怪光を放つ刃先が天井に触れ、火花が散る。
「たわけ。誰を相手にしているつもりじゃ?」
リリアは嗤う。
「魔王自らが率いる小隊じゃぞ」
然り。
壁に掛けられた超自然の青い炎が同時にすべて揺らめいた。
「こちらはショコラですら矢をつがえているというのに、おぬしはぴーちくぱーちく喋ることしかせん。そんな輩にワシらが後れをとるわけがなかろうて」
サージェントはリリアの迫力に気圧され、後退る。
決して侮ってはいけない相手であることを失念していた。
200年前にまんまと出し抜いた経験が原因か。
否、そんなバカな。
「レイダーよ、やれ」
「仰せの通りに」
レイダーは右腕を、魔力の糸を横薙ぎに振るった。
サージェントの剣がまるで意思を持っているかのように、所有者本人目掛けて襲い掛かる。
バリスタめいて放たれた魔剣を、サージェントは紙一重で躱す。
「人の武器で小癪な真似をッ!」
サージェントの手中に光る魔法のダガーが生まれた。
魔族独特の詠唱破棄。
投擲モーションもなく、光の尾を曳いてレイダー向けて発射される。
「その手品で掴んでみせろよ! エェ?」
しかし、ショコラが放った矢が魔法のダガーを空中で撃墜する。
驚くべき弓の腕前だ!
あっさり防がれ、呻くサージェント。
そして、そのまま後方へ二連ジャンプし、大きく距離を取る。
金属鎧を着ているとは思えないほどの俊敏さだ。
このサージェントの行動、糸の範囲外へ逃げようという魂胆だろうか。
だが、この生まれた隙をレイダーは見逃さない。
「それで四天王を名乗るか。甘いな」
続けざまにレイダーが腕をしならせる。
標的を捉え損ねた剣が軌道を変え、再度サージェント目掛けて斬りかかる。
狙うは着地の瞬間。
最も無防備で回避ができない瞬間だ。
が、
突然魔力の糸がぶつりと切れ、魔剣が重力に引かれて落ちた。
いったい何事か⁉
「ははッ! この俺が何の策もなしに、お前らを12階層に招き入れると思ったか! ばかめ!」
部屋の端々に置かれた怪しげな置物たち、その目が鬼火めいた光を放っている。
それらを起点に地面が輝きを放つ。
部屋の後半に生まれたのは幾何学文様の魔法陣!
レイダーの魔力の糸を断ち切ったのはこの魔法陣である。
その名も魔法封じの結界。
「この結界は魔王城と同じ代物で術者以外の全ての魔力を封じる。いかに姫様とて破れはせん! 俺の勝ちだ!」
サージェントは勝ち誇ったように高らかに宣言する。
重力制御魔法が生み出す、圧倒的破壊力の重力球さえ封じてしまえば魔王とて無力。
魔王に叛旗を翻した者ならではの発想だ。
この魔法陣こそ、過去にSランク冒険者パーティー『鉄龍騎士団』を壊滅せしめたサージェントの秘策である。
ショコラがすぐさま矢で置物を射ろうとするが、
「置物はただの媒体、破壊したとて結界自体は崩せん!」
「うるさい! おらー!」
構わずショコラが矢を放った。
しかし、サージェントの言う通り、狙い違わず矢は置物を破壊するが結界は消えず。
砕けた鳥のような馬のような置物の生首がせせら笑う。
「獣人風情が無駄なことを。なぜならこの広間自体が結界と化しているのだ! ふははは! 魔法もなしにこの広間を破壊できるか? 俺の知能と策略が恐ろしいか?」
サージェントの両手に魔法のダガーが生まれる。
魔法を禁じて魔法を撃つ。
設置した本人は魔法を発動できるという反則めいた結界だ!
レイダーは無言で佇む。
ショコラは困ったように弓矢を構えている。
そして――リリアだけは笑みを浮かべた。
「な、なんだ? 何がおかしい?」
狼狽えるサージェントに向かってリリアは静かに告げた。
「茶番はお終いじゃ――」
滅紫色の魔力が吹き荒れ、リリアの側頭部に2対の角が生まれた。
リリアの右拳に重力球が発生!
リリアの左拳に重力球が発生!
2つの重力球は人の頭ほどの大きさへ膨れ上がる。
「ばかめ! 重力球とて魔法、俺には届かん!」
サーヴァントが咆える。
しかし、リリアは構わず重力球を胸の前で互いにぶつけた。
その瞬間、重力バランスが崩壊し――音が消し飛んだ。
リリアを中心に閃光と熱風と衝撃波が生じ、同心円状に伝播してゆく。
石の床が捲れ上がり、壁が崩壊、天井が崩落。
遅れて雷鳴にも似た轟きが鳴動する。
「な、なんだ⁉」
押し寄せる衝撃波を前に、サージェントはとっさに守りの魔法を展開する。
人の魔力では扱えぬ六重防御障壁!
しかし、守りの魔法ごとサージェントは、殺しきれなかった衝撃波を受けて吹き飛ばされた。
赤熱した土埃が舞い、視界を覆う。
常人ならば死んでいただろう。
口の中に血の味が広がった。
「ばかな……!」
血の混じった唾を吐き出し、膝を付くサージェントは周囲を見た。
大小の瓦礫が転がる無残な有様の広間を。
現実が信じられず、もう一度繰り返す。
「ばかな……!」
魔法封じの結界は消滅していた。
今のは重力バランスの崩壊による衝撃波であり、魔法ではない。
その証拠に対魔法防御が仕込まれた白銀の鎧は砕け、下地が露になっていた。
「そんなこと……そんなことが……ありえん……」
声が震えていた。
ハッと息を呑み、サージェントは正面を見た。
ゆらりと、土煙の向こうに揺れめく黒い影を見止めた。




