第42話 魔王、裏切者と対峙する
扉の向こうは、闘技場を連想させるような円形上の広間であった。
壁にはいくつもの燭台。
しかし、揺らめく炎の色は青く、超自然的を感じる。
また、広間には何もないわけではなく、壁際に置物が置いてある。
鳥のような馬のような形の土器だ。
異様な雰囲気を放っており、薄気味悪くもある。
「リリアーヌ……まさか生きていたとはな」
静かな、しかし確かな怒気を孕んだ声が響いた。
広間の中心には、白銀の板金鎧を着こんだフロアマスター、サージェントが佇んでいた。
剣は抜いておらず、腰の鞘に納めたままだ。
「それはワシの台詞じゃ。まさかとは思うておったが驚いたわ」
リリアが決断的な歩みをもって広間へと入った。
淡々と言う姿はとても驚いているようには見えない。
「ほめてやろう。よくもぬけぬけとワシの前に出て来れたものよのう。この裏切者めがッ」
リリアの足元から魔力が吹き出し、揺らめく。
サージェントは冷静に言い返す。
「裏切者? 見切りを付けた泥船から脱出するのは当然のことでは?」
グレートヘルムの奥から向けられた視線は鋭い。
にらみ合う2人。
そこへ、レイダーがリリアの傍らに立った。
「何か遺恨があるように見れる。普段なら首を突っ込みはしないが……しかし、俺たちが置いてきぼりというのも面白くない。姫様、説明して頂けるか? あいつは?」
首に巻いたボロ布の先端がチリチリと光を発している。
「あやつは元魔王軍四天王の1人。前に言うたであろう、我が四天王には裏切者がおると」
リリアは一旦言葉を切った。そして、口に出すことすら心底嫌そうに続ける。
「あやつがその裏切り者じゃ。魔王城の警備担当だったというのに勇者側に寝返りおった。おかげで裸同然の魔王城はあっさり陥落じゃ」
そこには自嘲もあったのかもしれない。
遠い目をするリリアは口元を緩めた。
「木っ端魔族が故、名前も忘れてもうたがな」
サージェントは嘆かわしいと言うかのごとく、ため息をついてみせた。
「リリアーヌよ。俺はサージェントだ」
「素顔のみならず本名すら口に出せぬとは。堕ちたものよのう。このような穴倉の奥深くで粋がるのがお似合いじゃ」
「貴様ァ……」
あからさまにサージェントは頭に血が上っている。
間接的に倒したと思っていたリリアが生きていたことにか。
あるいは裏切者と罵倒されることにか。
「何が裏切り者だ。誰もかれも俺のことをバカにしやがって……生き残ればいいんだよ。生き残れば勝ちなんだよ! エェ? 違うか! エェ⁉」
「ではおぬしの負けじゃな」
たった一言にサージェントが狼狽える。
「な、何を⁉」
「わしはあの戦いを生き抜いて今ここにいる。そして、おぬしは今ここで死ぬのだ」
「戯言をッ!」
サージェントは両の拳を握りわなわなと震わせる。
未だ襲い掛かる気配はない。
それよりも長年ため込んだ鬱憤を晴らすほうが先だと、サージェントは無意識に優先したのだ。
「レイダー、ショコラ。すまぬ。ここまで力をかしてくれたというのに。こやつは魔王軍に引き入れるのは無理じゃ。今ここでワシが引導を渡さねばならん」
リリアの視線は鋭く、そこには明確な殺意が色濃く表れていた。
ヘルタイガー盗賊団を消し飛ばした時と同じように。
「仰せの通りに」
レイダーは恭しく頭を下げた。
元よりリリアに異を唱える気などない。
レイダーは利用するつもりとはいえ、率いるのはリリアだ。
彼女の魔王軍に不穏分子を入れるなど、自分の汚れ仕事が増えるだけである。
四天王と知ったその時から、リリアが見逃しても処理をするつもりでいた。
したがって、
――いたって問題なし。
つんつんと背中を突かれた。
さすがのリリアとて元四天王を前に振り返りはしない。
リリアの背中を突いたのはショコラである。
「ちょっと待って。魔王? え?」
彼女は顔面蒼白になり、耳はぺたりと倒れている。
「いかにも。ワシは魔王リリアーヌ」
「ほんとぅ?」
その聞き方は、疑うというよりも嘘であってほしい言ったほうが正解か。
リリアは目を細めて笑う。
「ふふっ。嘘か真か、おぬしの好きな方にとるがよい」
とても意地悪そうに。
サージェントは肩を揺らした。
「引導を渡すだと? お前が、この俺に?」
そして、嘲るような口ぶりで人差し指を突き付ける。
「笑わせてくれる。200年前ならまだしも、今のお前はチカラを相当失っているくせに」
リリアの片眉がピクリと跳ねた。
「それがどうした? 所詮、四天王など露払いよ。元よりワシとの実力差は明確じゃ。それが多少埋まったところでどうというのじゃ?」
煽りや怒りは一切ない。
淡々と事実を述べるかの如くリリアは言う。
サージェントは突き付けた指を下ろすこともできず、黙り込む。
リリアが一歩踏み出た。
「それに、じゃ。ワシらはすでに得物を抜いているというのに、おぬしはまだ剣すら握っておらん。戦う以前の話とは思わんか? なあ、レイダーよ」
レイダーが首に巻いたボロ布が超自然の光を発する。
サージェントは気が付くのが遅れた。
この従者めいてリリアの傍に立つ男が、魔族に類するものであるということを!
「貴様! いったい何を⁉」
レイダーが右腕を思いっきり引いた。
既に彼の手からは魔力の糸が、地面を這うようにして伸びている。
その先はどこに繋がっているのかというと――サージェントの剣の柄である!
「ばかな⁉」
独りでに引き抜かれる自分の剣を見て、サージェントは驚愕した。




