第41話 魔王、蹂躙する
暗く深いダンジョンの奥底。
血と炎と煙が立ち込める。
悲鳴が上がった。
人外の者たちの悲鳴が。
もうもうと巻き上がる土煙を掻き分けて、リリアが歩み出る。
強者のみが許される壮絶な笑みだ。
彼女の周囲には漆黒の超自然的球体が従者めいて浮かぶ。
リリアは手を伸ばした。
その先には厚みを感じさせない魔法陣が3枚。
目にするなりオークやオーガたちが武器すら捨てて背を向ける。
恐ろしいバケモノから我先にと逃げ出したのだ!
構わずリリアは重力球を撃ち込んだ。
「はーはっはっはっ! 怯えろォ! 竦めェ!」
蹂躙するリリアを、魔王を止められる者などどこにもいない。
地下6階にあった隠し階段を下りたリリアたちは、そこが最下層に近い地下11階とわかるなり、モンスターたちに急襲をかけたのであった。
おかげで、カヌレ大ダンジョン地下11階は殺戮と破壊の大宴会場となっていた。
「姫様、あまりやりすぎてはダンジョンが崩壊しかねんぞ」
悪役じみた高笑いをあげるリリアを、さすがにレイダーはたしなめた。
ダンジョンの至る所に大小の亀裂が走っていた。
リリアは鼻を鳴らして否定する。
「ここはダンジョンじゃぞ。やわな造りなわけがあるか。自己修復くらいお手のものじゃ」
リリアは不意に言葉を切ると、
「まあ少しやりすぎたというのは認めざるをえんがの」
彼女の視線の先にはぶるぶる震える獣人。
ショコラは怯えながら「これは夢だこれは夢だ」と繰り返している。実際不憫だ。
ただ、目の端に涙を浮かべてはいるが、矢をちゃんとつがえ、矢筒の矢も減っていることから、目立ちはしないものの戦ってはいるようだ。
リリアは声のボリュームを少し落とす。
「のぅ。あやつにワシの正体を教えたほうが良くないかや?」
「いや、もっと衝撃を受けるに違いない。止めておく方がいい」
「ふむ。ならそうしておこう」
そう言うやいなや、リリアは人差し指の先に重力球を生み出した。
それを壁向けて撃ち込む。
『GRRR!』
壁の向こうから悲鳴が上がった。壁貫だ。
恐るべきことに気配だけで狙ったのだ。
「しかし、じゃ。レイダーよ、気付いておるか?」
リリアは油断なく周囲を見渡す。
モンスターたちの気配はない。全て倒したか全て逃げたか。あるいは。
「気付く? 何を?」
「殺気から襲って来る鬼どもや魔獣ども、ワシらを組織的に攻撃しておる」
リリアは薄い笑みを浮かべて、奥へと向かって真っすぐ歩いていく。
「そして、この布陣、この波状攻撃、この引き際。見覚えがある」
ひどく懐かしそうに言った。
レイダーはリリアの言葉に不穏なものを感じた。
彼なりの直感だったのだろう。
「それは――」
どういうことなのか? とレイダーが尋ねようとした時だった。
「あれ……!」
急に正気に戻ったショコラが前方を指差した。
闇の向こうにぼうっと朧げに浮かぶのは、大きな扉であった。
それこそトロールですら易々とくぐれるほどの大きさがある、両開きの扉であった。
「11階の出口だ! たぶん」
ショコラは安堵のため息とともに胸を撫で下ろした。
11階層から脱すれば、これ以上非現実的な戦闘風景を見ないで済むと思ったのだろう。
リリアの圧倒的暴力はダンジョンの敵をすり潰すと同時に、ショコラの精神も摩耗させていたのだ。
だが、このカヌレ大ダンジョン、そう易々と階下に行けるものではない。
リリアたちの歩みが止まった。
出口の前にシルエットが1つある。
ショコラの耳がぱたんと倒れ、尻尾がふにゃりと萎んだ。
レイダーのマフラーめいたボロ布が超自然の光を発する。
リリアは挑戦的な表情を浮かべた。
「喜べ。当たりじゃ」
それは人型のシルエットであった。
だが、もちろん胴に腕と足があるという人型なだけであり、人間ではない。
近しいのはゴーレム。だが、黒色の表面には金属質の光沢があり、大柄で、生物的な曲線のフォルムをしている。
レイダーはリリアの言葉に訝しんだ。
「姫様、当たりとはどういう意味だ? あのゴーレムもどきと関係が?」
ゴーレムもどきはリリアたちの姿を捉えると、ゆっくりと近づいて来る。
眼窩にウィルオーウィスプめいた赤い光が揺らめいている。
両腕には太いクローが3つ備わっている。
「おぬしですら知らぬのか?」
リリアは少し驚いた。
レイダーなら全てを知っているものだと、どこかで思い込んでいたからだ。
「あれは魔力が伝わりやすい蟲の外骨格を利用した傀儡じゃ。術師が注入した魔力で動く」
「傀儡……」
傀儡と聞いてレイダーは嫌そうに顔をしかめた。
「うむ。ゴーレムより防御力やパワーは落ちるが、より滑らかに動く。注入した魔力量で強さが上下するのが難点じゃ。魔法防御も強い。ワシらはあれを傀儡蟲あるいは魔力で動く者と呼んでおる」
「なんだか……ギリギリなネーミングセンスだな」
リリアはレイダーのつぶやきを決断的に無視する。
「あれを満足に動かせるのは魔族くらいじゃ。燃費が悪すぎる。人やエルフなら相当の腕がないと無理じゃ。ゆえにあの扉の奥には魔族がおる」
傀儡蟲が両腕のクローを威圧的に鳴らした。
鎧を着ていたとしても、人の手足など簡単に引き千切れるほどの鋭利さだ。
11階層最後の刺客として相応の戦闘能力があるに違いない。
「しかし、なんとも下手な造りじゃ。装甲の繋ぎは甘いし、バリも残ったまま。仕上げせずに鋸で切ったものを、そのまま付けておるのかや? かーッ、見てみよあのクローを。面取りがブレておるではないか!」
「……詳しいな」
「ワシ、ゴーレム作りが趣味じゃったから」
得意げな顔のリリアに、レイダーは「はぁ」と答えるしかなかった。
「とゆーわけで。満を持して出てきたところを悪いが、速攻で片付けさせてもらうぞ!」
リリアは駆け出すと同時に重力球を放つ。
魔法陣2枚を潜り抜けた重力球。
傀儡蟲はそれを、対魔法防御が施されたクローで叩き落とそうとする。
が、その目前で重力球が弾けた。
漆黒の重力障壁となり、視界を覆い隠す。
目くらまし!
リリアがスライディングしながら傀儡蟲の下へと潜り込んだ。
「何の魔法防御を有しているかは知らぬが、至近距離では役に立つまいて!」
彼女の手のひらには小さな重力球。
それがランスめいた形状に変化!回転しながら傀儡蟲を天井まで突き上げ、一気に外骨格を抉り貫いた。
砕けた外骨格の破片や中身を辺りにまき散らしながら、傀儡蟲の身体はダンジョンの天井に激突する。
当然のごとく機能停止。
無残な残骸がばらばらと降り注ぐ中、リリアは残心した。
そして、広範囲に散らばる残骸の中から宝石を1つ拾い上げた。
紫色の小さな宝石だ。
だが、無数のヒビが入ったかと思うと粉々に砕けて散った。
魔力の残滓を感じる。
「くくくっ」
自然と笑いが混み上がってきた。
同時に胸中に沸き起こる黒くどろりとした感情。
懐かしくさえある。
「さて、フロアマスターが待っておるぞ。首を長くして待っておるぞ」
リリアは両開きの扉を押し開けた。
軋む音がやけに大きく聞こえる。
扉の向こうには、広間があった。
そして、彼女たちを出迎える者が1人いた。




