第40話 我、フロアマスター
轟音と共にカヌレ大ダンジョンが揺れた。
地下12階もある要塞が揺れるなど、普通あり得ない。
通常空間から切り離されたこのダンジョンでは、地震など天変地異の影響を一切受けないからだ。
では一体なぜ?
考えられる要因は1つ。
ダンジョン内部で何者かがなんかをしたのだ。
地形が変わりかねないほどのなんかを!
「いったい何が起こっている?」
ダンジョン地下12階に設置された作戦指令室、その扉が開いた。
悠然と入ってきたのは、カヌレ大ダンジョンのフロアマスターだ。
鷲のような意匠が施されたグレートヘルムを被り、ギャンベゾンを着ている。
ダンジョンの核であるダンジョンコアに代わり、ダンジョンを取り仕切る現場指揮官である。
名をサージェントという。
サージェントは作戦指令室をぐるりと見渡す。
作戦指令室の中央水晶スクリーンはノイズが走り、至る所でレッドアラートが鳴り響いている。
「し、侵入者です」
大量の脂汗をかいたオークが報告する。
彼もまた闇の眷属であり他のオークよりも知性に優れている。
「そうか」
サージェントの右手が一閃。
首がごろりと落ち、報告したオークは血をぶちまけながら崩れ落ちた。
手刀の一撃で。
「『ほうれんそう』は重要だとなんども言っているだろ?」
片付けておけ、と傍に控えるコボルトに命じた。
コボルトを知らない方もいるだろう。
人である獣人とは異なり、二足歩行する犬を想像していただけると概ね正しい。
「で、状況は?」
「地下11階に侵入者ですワン。攻撃を受けていますワン」
オペレーターであるコボルト(チワワ)が掠れた声で報告する。
フロアマスターの意に反する答えを言えば、先ほどのオークと同じ運命を辿るからだ。
ダンジョンも殺伐としているのだ。
「攻撃だと? そんなばかな……ッ!」
驚きと怒りが混じり合い、サージェントの声がやや裏返る。
「地下6階の隠し階段を使われましたワン」(マルチーズ)
「ばかな……あの偽装は人間の魔力程度で破られるわけがないぞ」
「防衛用ゴレームの反応消えましたワン」(パピヨン)
「ワンワンうるせー! 俺、お前らが普通に喋れるの知ってるんだからな!」
サージェントは深呼吸して落ち着こうと努める。
まずは情報だ。
この作戦指令室にはダンジョン下層の情報が集まって来る。
それ以上はモンスターどもに好き勝手に任せているが、下層はそうもいかない。
サージェントは人の強さを良く知っている。
凄腕の冒険者を相手に、統率の取れないモンスターでは相手にならないのを経験上知っている。
ゆえに組織を作り上げたのだ。ダンジョンコアを下賤な人間どもから守るために。
高度に組織された守備隊を。
「オーク突撃戦隊を投入せよ。倒せなくても相手が何者か、情報を得させろ」
厳しく訓練されたオークの部隊である。
Aランク冒険者パーティーとも五分に渡り合える強者だ。
中央水晶スクリーンにはオークたちを現す光点が浮かび上がる。
もちろん魔法のチカラである。
「それにしても、正攻法ではないとはいえ11階層に達した冒険者など久しぶりだな」
グレートヘルムによって素顔はわからないが、声音から口元に笑みを浮かべているのが推察できる。
「骨のあるやつかそれとも悪知恵が働くやつか。しかし、所詮は人よ。この俺が作り上げた防衛網を突破できるとは思えんがな」
水晶スクリーンの光点が止まった。
侵入者と会戦したようだ。
そして、それらが全て同時に消え失せた。
「オーク突撃戦隊全滅ワン! バイタルサイン消えましたワン!」
「なにィ⁉」
「防衛網が突破されていきますワン!」
水晶スクリーンの至る所にある光点が次々に消えていく。
サージェントが常時11階層に配置しているモンスターたちである。
それらにはマンティコアや地獄の番犬といった凶悪な魔獣も含まれる。
「妙だ……」
サージェントは水晶スクリーンの光景を訝しんだ。
「冒険者にしては進撃スピードが速すぎる……」
Sランクとはいえ、魔獣をこうもあっさり倒せるわけがない。
そんなやわな鍛え方をしている配下ではない。
サージェントの背をぞくりと冷たいものが走った。
――胸騒ぎがする。
「侵入者を絶対に12階層に入れるな。何が何でも止めろ」
「承知しましたワン」
コボルトが罠の封印を解いていく。
振り子カッターや釣り天井などの非人道的残酷罠がアクティブになる。
が、その全てを侵入者は蹴散らしていく。
さらには水晶スクリーンすらブラックアウトしてしまった。
「強力なEMPですワン!」
「クリムゾン隊を向かわせろ!」
サージェントが怒気を露わに命令する。
「クリムゾン隊、出撃だワン!」
クリムゾン隊とは右肩にクリムゾンレッドの布を巻いたキングオーガから成る精鋭部隊である。
サージェントが持つこのダンジョン最強の手駒だ。
その強さは凄まじく、Sランク冒険者とも正面から渡り合えるのだ。
まさにキングの名に相応しいデミヒューマンである。
「クリムゾン隊、全滅だワン!」
無慈悲な全滅報告!
さすがのサージェントも目を見開いた。
口が乾き、手が小刻みに震える。
「いったい何が起こっている? いったい何が攻撃しているのだ?」
答えられる者など誰一人としていない。
否!
「魔法妨害が弱まりましたワン! 映像回復しますワン!」
中央水晶スクリーンに光が戻った。
画面いっぱいに、長い金色の髪をもつ尊大な態度をした少女が映る。
一瞬だけ不敵な笑みを浮かべ――
しかし、次の瞬間には超自然の漆黒が、中央水晶スクリーンを塗りつぶした。
ブラックアウトした中央水晶スクリーンを、サージェントは食い入るように睨み――
「リリアァァァァヌッ!」
怨嗟と怒りを込めて、あらん限りの声量で叫んだ。




