第4話 魔王、担がれる
レイダーはペニエの村での追放を目撃していた。
なんたる僥倖!と我が目を疑ったものである。
「まさか自ら祭殿を燃やして追い出すとは、愚かな村人だ」
レイダーは鼻で笑う。あからさまに馬鹿にしたような口ぶりだ。
おかげで未だ炎の臭いが鼻に残り、むせる。
「まったく。人はいちいちやることが愚かで残酷だな。だから四大人族のなかでも最低野郎と言われるのだ」
心底軽蔑した口ぶりだ。
乾燥薬草の先から灰が落ちる。レイダーはそれを踏みつけた。
「そうは思わないか? 魔王リリアーヌ」
かつて戦争があった。
魔族と人族による世界の覇権をかけた戦争だ。
魔王国を作り上げ、世界を相手に戦い、勇者に敗北した魔族の王。
こんな少女が? ほんとうに?
「勇者に敗北したあと、なぜ神化して土地神なんてやっているのか。経緯などどうでもいい」
レイダーが首元に巻くボロ布が風に靡くたび、微かに虹色の光が生まれた。そして、消えた。
「神化が解け、肉体を取り戻したからには姫様には魔王として立ち上がってもらう」
レイダーは決断的に言い放つ。
「200年の間に散り散りとなった同胞たちのためにも。魔王国の再興を!」
相手を刺し殺さんとする眼力。
それはどこをどう捉えても、人にものを頼む態度ではありえない!
レイダーに言われるがまま、リリアは無慈悲な魔王として再スタートを切ってしまうのだろうか?
風の音や虫の鳴き声がやけに大きく聞こえる。
「お前の森を焼く」とエルフに言い放っても、ここまでの静けさは生まれないだろう。
リリアは腕を組み、直立不動。
レイダーの眼力を正面から受けても、微塵も物怖じしない。元魔王が故の豪胆さなのだろうか。
リリアはさらに頬を膨らませた。ぷいと横を向くと、
「嫌じゃ」
なんと拒絶したのだ!
あまりにも明朗な拒絶に、レイダーは何かの冗談かと思った。
「だってワシ、負けたし。勇者にコテンパンにされたし。もう嫌じゃ」
冗談であった方が良かった。
まさか200年前の敗北を根に持ち、駄々をこねるとは!
レイダーは実際困惑していた。聞かされていた人物像と大いに異なるからだ。
血も涙もない魔王リリアーヌ。
これでは見た目相当の小娘ではないか!
神化の副作用で丸くなったとでもいうのだろうか。
――その時だった。
じろり、とレイダーを凌ぐ鋭い視線。
果たして気圧されたのだろうか?
リリアの視線に射抜かれ、レイダーは息を呑んでいた。
「それに、お主のような手合いに忠誠心はない。世界をめちゃくちゃにしたいという、破滅願望にも似た真意が突き動かしているだけじゃ」
さすが魔王と言うべき見事な看破である。
――まさかこんな短時間で俺の心の内を見抜くとは。200年前の骨董品とはいえ魔王、ただの小娘ではないということか。
レイダーの目的はいたって単純。
リリアを錦の御旗に魔王軍を再編すること。
そして、魔族と人との対立を煽り、堕落した世界というシステムに緊張感を与えようという独善的な目的だ。
もしここでリリアが首を縦に振っていたならば、この無謀かつ破滅的な考えに囚われ、地獄への急転直下だったに違いない。
勝手に骨董品扱いされたリリアは鼻を鳴らすと、
「ワシは忠誠心のない者の上に立つ気はない。それよりも……」
話しを切り出したというのに、リリアは視線をそらした。怪しい。
レイダーは身構える。
いったい何を言い出すのか。一切想像がつかなかった。
魔王が躊躇いがちに尋ねた。
「その……な。ワシのことなんじゃが……」
「ん?」
「200年もたったんじゃ。ワシは……どんな感じに語り継がれておるのかえ?」
「ん?」
レイダーは眉根を寄せた。意図をわかりかねている。
リリアは俯きがちになると、恥じるようにもじもじとし、
「ほ、ほら……ワシってこう見えても、魔王として世界の覇権を争ったんじゃ。ティアマトの会戦とか、けっこう名勝負をしたつもりなんじゃが……ワシの名声ってどんな感じじゃ? 村では誰もそのような話をしなくての……」
「そこら辺はあまり知られていないな。姫様は敗北したからな」
「身もふたもないのぅ……」
リリアは遠い目をして、悲し気に肩を落とした。
話が逸れている。
レイダーはそれに気が付くと修正を試みる。
――だが、
「やじゃ!」
再度の拒絶!
これ以上の拒絶はストーリーの根幹を揺るがしかねない。レイダーの説得に全てがかかってる。
しかし、残念ながら彼はスキル『説得』を持っていないのだ。危うし。
レイダーは内心ひどく焦りつつも表情は一切変えない。
「200年も庇護した村人に追放されたというのにか?」
勝負師だ! レイダーは初手で禁じ手を切った!
効果はてきめんだ。リリアはバツが悪そうに目を伏せる。
「それはそうじゃが……教会と村長が結託しておるだけで、村人はそれほど……のぅ。また別の話じゃ」
伏せたままもごもごと言う。
「若気の至りと言うか……時代も違うし。あのときは地獄とさほど変わらん世界じゃったし、勝てると踏んでたし……」
「姫様は甘くていらっしゃる。人がのさばる限り、いつの時代でも世界はクソだ」
例えばあのように、とレイダーは指を差す。
見よ! レイダーが指差す先を!
険呑たる雰囲気とともに、三人の男が女旅人を取り囲んでいるではないか。
しかも、彼らの手にはそれぞれ武器が握られている。
「むぅ」
平和的な集まりではないのは明白であった。
リリアはトラブルの臭いを感じると同時に、先ほどまでの心細さがどこかへ消え去っていることにも気が付いたのであった。