第38話 魔王、発見する
「ARRRRRR!」
突如として襲いかかるのは巨大な蛇のモンスター! 紫王蛇だ!
迷宮の壁に空いた穴より、奇襲をかけてきたのだ。
しかし、いくらモンスター化しているとはいえ所詮は蛇である。
「ヘビ風情が。俺を襲おうなど片腹痛い」
レイダーが右手を向けると、マフラーのように巻いたボロ布が超自然的光を発した
スキル《捕縛3》による魔力のネットを放つ。
魔力のネットは紫王蛇を絡み取り、その身動きを封じる。
そこへショコラが矢を放つ。
「やーッ!」
紫王蛇の頭に矢が突き刺さった。
レイダーの補助があるとはいえ、正確に射抜く弓の腕は凄い。
紫王蛇は即死した!
「GARRRRRR!」
突如として襲いかかるのは巨大な蟹のモンスター! 巨大鋏蟹だ!
迷宮の壁に空いた穴より、奇襲をかけてきたのだ。
しかし、いくらモンスター化しているとはいえ所詮は蟹である。
「横にしか動けないとは嘆かわしいな。それ、楽にしてやろう」
リリアが右手を向けると、その手のひらの中心に光すら飲み込む漆黒が生まれた
濃密な魔力を練り上げて生み出した重力球を放つ。
魔法陣1枚を潜り抜け加速した重力球は巨大鋏蟹の重力を数倍に変化させ、身動きを封じる。
そこへリリアは追加の重力球を放ち、甲羅を一撃のもとに粉砕する。
クロスボウの矢すら弾く甲羅を容易く砕くほどの破壊力。
巨大鋏蟹は即死した!
リリアたちは器物損壊罪を恐れることなく、さらに壁や地面を砕いて地下へと降りる。
時間を優先した結果である。
代償として、そこに冒険は一切ない。
魔族を見つけるという目的のみを追求した、まさに合理的手法だ。
しかし、地下6階に達する頃、とうとうリリアは口をへの字に曲げた。
「歯ごたえがない」
彼女の後ろには砕けた石材と肉片、血だまりが続いていた。
地下6階に降りるなり、襲い掛かってきたモンスターだったものたちだ。
皆、無謀にもリリアたちに襲い掛かり、そして容易く斃された。
「大ダンジョンとは名ばかりじゃな。ワシが統率すれば難攻不落の要塞が出来上がるというのに。勇者すらやっつけられるぞ」
リリアはまだまだ奥へと続く迷宮を睨みつける。
だが、1つ言い訳をするなら、ここはまだ地下6階であることだ。
冒険者ランクで言うならば、Bランク相当の冒険者たちが探索するエリアである。
まだ序の口。
それ以上の強者たちはさらなる階下へと向かう。
そして、ダンジョンの本当の恐ろしさを知るのだ。
「そうは言うが、姫様はこんな穴倉にずっと引きこもれないだろう?」
レイダーは鋭い指摘をする。
SCSのニュースもクッキーもヌードルも毛布もない地下生活だ。
魔王が耐えられるわけないと思ってのことである。
「何を言う。大戦の折、ワシがどれだけ地下要塞や塹壕を作ったものか」
しかし、リリアは引きこもることができると明言は避ける。
魔王的リスクヘッジだ。
「んん? なんの話?」
はてなマークを大量生産するショコラが首を傾げる。
リリアはちょっとだけ背伸びをすると、ショコラの頭をなでた。
「ショコラは気にしなくてよい」
「うん!」
「そう――気にしなくてよいぞ」
リリアはちらりと天井を見た。
正確には天井にできた大穴の縁を。
重力制御魔法が生み出す虚無の剣で穿った孔が、僅かに顫動している。
これはいったいどういうことか。
そう、ダンジョン自体が自己修復をしているのだ。
「さすがは混沌の神々。この空間に作用する魔力は相当のものじゃな」
リリアは極めて不愉快そうに言う。
「あまり長居はしたくないのぅ」
自分こそ混沌の神々の祝福を受けた存在であるというのに。
「何か言ったか?」
レイダーが真っすぐ見てくる。
――耳敏いやつめ。
「空耳じゃ。ワシは何も言っとらん」
鼻を鳴らし、おもむろにリリアは壁に背中を預け――
リリアの姿が消えた!
「な!」
一瞬の出来事にレイダーすら反応が遅れた。
「壁に食べられた⁉」
ショコラが口元に手を当て、悲鳴じみた声で叫ぶ。
まさかダンジョン相手に魔王が不覚をとってしまったというのか?
あるいは何者かによる攻撃か?
否。
「違う違う。食われとらん」
壁からにょきりと手が伸びた。
「ぎゃー! おばけ!」
ショコラはとっさにレイダーの腕に抱き付いた。
無論、おばけなどではない。
こっちに来いと言わんばかりに手招きするが透けてもいないし、実体がある。
そして中指にはめられた指輪。
「姫様か?」
「うむ。さすがにちょっと驚いた。こっちに来てみるがよい」
どうやって? 壁をすり抜けろと?
さすがのレイダーも躊躇う素振りを見せた。
しかし、あまりにも手招きするので、意を決して壁に手を伸ばす。
感触はない。
「幻視による擬態か? それとも新手の魔法か?」
警戒しつつレイダーは壁を通り抜けた。
つま先に当たった小石が転がる。
そこは便所ほどの広さしかない空間であった。
そして、正面には古びた鉄製の扉が、威圧感を放ちながら待ち構えていた。




