表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
土地神だけど村から追い出されたので魔王に復帰します。  作者: キツネカレー
第3章 突入、カヌレ大ダンジョン
34/93

第34話 魔王、籠城する

 太陽は高く昇り、朝と昼の境界はもう定かではない。

 通りをお使いと思しき小僧が通りを走っていく。

 急な太客でも入ったのか、小僧は汗だくで必死な様相だ。

 おかげで宿屋から出てきた冒険者らしき男とかち合いそうになり、大声で怒鳴られた。

 その隣を素知らぬ風にすれ違い、サバイバルカラーの旅人装束を着た男が入ってきた。


「レイダーさんどうも」


 台帳とにらめっこしていた宿屋の親父が、レイダーに気付くなり会釈する。


「親父、姫様は2階か?」

「リリアちゃんかい? ああ。そういや今日はまだ顔を見てないな」


 この宿屋の2階にリリアは住み着いていた。

 とある事情により客に貸せない状態だった部屋を、レイダーが舌先三寸でリリアの住居にしたのである。

 これが現代の魔王城である。


「ありがとう。少し上がらせてもらう」


 レイダーは階段を上がると目的の部屋へと直行する。

 壁には『りりあ』と書かれたプレートがかかっていた。


「王たる者、少しは字の勉強をさせねばならんな」


 レイダーは少し傾いたプレートを直し、ドアをノックする。

 返事はない。

 おかしい。

 再びノックをする。

 返事はない。


 レイダーは懐から携帯型PHS端末を取り出した。

 PPPPPPPと精霊が相手の端末にコールをかける。

 ほどなくして扉の向こうからPRRRRRと小さく聞こえてきた。

 部屋の中にはいるようだ。


「……なんだか妙な既視感を覚えるな」


 顔見知りの斥候のことを思い出す。

 そもそもレイダーがリリアの家に訪れたのも、似たような理由である。

 冒険者ギルドでいくら待っても現れないためである。

 ミレットに聞けばここ2、3日顔を見ていないとのこと。

 不穏な考えが頭をよぎる。


 レイダーは扉に耳を当てる。

 何やらコール音とは別の音が聞こえた。

 レイダーは訝しげに扉を見つめ、


「姫様、入ります」


 一言断りを入れると扉を開けた。

 瞬間、レイダーは自分の目を疑った。


 ベッドに横になったリリアが、SCS(精霊通信器)が流すニュースを見ながらクッキーを食べているのだ!

 しかもチョコチップ入り。


 なんと退廃的な光景であろうか!

 彼女のベッドの周りには食料が入っていたと思しき革袋が散乱。

 洗われていないコップも散乱。

 怠惰の極みでは?


「姫様……これは如何なることで……?」


 レイダーはなんとかそれだけを絞り出した。

 リリアは寝ころんだまま顔だけを向ける。

 瞳から生気が感じられない。


「これ、便利じゃの。これがあれば人間には負けなかったぞ」


 もちろんリリアは腐っても魔王である。

 中に小人がいるのでは? などというお決まりのリアクションはなく、精霊魔法の応用であることを見抜いている。


SCS(精霊通信器)をどこから盗ってきたんです?」

「失礼じゃのぅ。貰いものじゃ」


 ニュースの画面が切り替わる。

 ダンジョンから、行方不明の荷物持ちが帰還したというニュース。


「もう一度訊くが……ギルドに顔も出さず、いったいこれは如何なることで?」


 リリアは大あくび。


「ワシは貝になりたい。家に籠り、こうしてSCS(精霊通信器)を見ながらクッキーを食べる。なんと心地のよいことか」

「はぁ」

「ずっとDランクじゃ。草むしりや鼠退治は飽きた」


 リリアはごろりと寝返りを打った。


「そして、この前のダークエルフの件で心が折れた」


 レイダーはすぐさま思い出す。

 ――魔族と偽り、盗賊団として暴れていたあのダークエルフか。

 もちろんあの後、簀巻(すま)きにして川に流した。

 泣き叫んでいたけれど仕方があるまい。

 新しい秩序のためだ。


「姫様、大願成就のためにもう少し頑張りませんか? あまりにも考えを改めるのが早すぎる」

「やじゃ。ワシはこの犬小屋の如き小さな部屋で、クッキーを食べながら過ごすんじゃ。それにしても美味いのぅ、このババアのクッキー」


 革の包みには年経た女性の顔が描かれていた。

 いや、そうではなくて。


 完全に拗ねている。

 レイダーはどうしたものかと考えを巡らせる。

 どういう風に言えば一番リリアのやる気が戻るのだろうか、と。


「ちわー宅配です」


 場違いな来客だ。

 しかし、リリアは応対をする気配がない。

 なぜ俺が? と疑問を抱きつつ、レイダーはドアを開けた。

 ドアを開けると、そこにいたのはなんとモヒカンを7色に染めた男。

 しかも彼の後ろにはダブルモヒカンや逆モヒカンもいる。

 彼らは宅配業者などではない。

 Bランク冒険者パーティー『デスモスキートクラン』の冒険者たちだ!

 マフラーめいて首に巻いたボロ布が、超自然の光をチリチリと放つ。


「貴様ら、何用だ? 宅配を騙るとは小賢しい奴め」


 返答次第では亡き者にする。

 殺気を押さえつつも、レイダーの鋭い視線はそう物語っていた。

 だが、7色モヒカンの反応はレイダーの予想とは大いに異なっていた。


「そんな騙りだなんておこがましい! 姉御にクッキーの宅配です」

「……姉御?」


 レイダーはリリアを見る。


「姉御?」

「んあ。こやつら、あの後もちょくちょく襲い掛かって来おっての。その度にぶっ飛ばしておったらいつの間にか舎弟になった」

「へへへっ。姉御には敵いませんぜ」


 7色モヒカンに嘘偽りはなく、背後にいたダブルモヒカンの両手には革の包み。年経た女性の顔が描かれているではないか。


 魔王軍が3人増えた!


「ええい、面倒だ。とにかくお前らは帰れ!」


 レイダーは無理やり『デスモスキートクラン』を追い返すと、後ろ手に扉を閉めた。

 そしてため息一つ。

 いつの間にか受け取ってしまったクッキーの包みを持って、リリアの元へと近づく。


「おーすまんな」


 リリアがクッキーの包みへと手を伸ばし、掴む寸前でレイダーはひょいと避けた。


「むぅ」


 レイダーは空を切った手へ、代わりに1枚の手紙を差し出す。

 そこには宛先も要件なども書いていない。


「ぬぅ」


 受け取ったリリアは手紙を裏返す。

 封する蝋には盾の2つの月の紋章。

 カヌレ冒険者ギルドからの手紙だ。


「これは……?」


 胡乱な眼差しを向けるリリア。


「ギルドからの手紙だ」


 レイダーはクッキーの包みをさりげなく懐にしまった。


「中身を見たらわかることだが、先に口頭で伝える。Cランクに昇格だ。新しいベルトを渡すからギルドに出頭せよ」

「なに⁉」

「ミレットの口利きもあったが、案外早い昇格だったな」


 レイダーが言い終えるや否やリリアは飛び起きた。

 それはまるで城壁へ放たれたバリスタが如く。

 見る見るうちに瞳に生気が宿っていく。


「いくぞ! レイダー! いざギルドへ!」


 リリアはすぐさまSCSを切り、瞬く間に準備を終えていく。

 壁に掛かっていたフードマントを羽織ればいつもの恰好だ。

 レイダーは再びため息をついた。


「初めからそう言っている……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ