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第31話 魔王、やり返す

 カランコロン。ドアベルが鳴る。


 冒険者ギルドに足を踏み入れるなり、レイダーは眉を顰めた。

 今日のギルドは何やらいつもと違った雰囲気だったからだ。

 例えるならそう、祭りの日の高揚とした雰囲気か。

 無論、今日はそんな日ではない。


 周囲を見渡す。

 本来なら椅子やら机やらが置いてあり、冒険者パーティーがブリーフィングなどを行っているスペース。

 そこに人だかりができていた。

 冒険者たちがぐるりと囲むように立っている。

 まるで極厚ドーナツが如き輪の中心で、いったい何が?


「あ、レイダーさん。どうも」


 レイダーがやって来たことに気が付いたらしく、受付からミレットが声を掛けてきた。

 レイダーは人だかりを視界に入れつつ、受付へと行く。


「この人だかりは? 誰か金でも配ってるのか?」

「そんなリッチな人は冒険者ギルドなんかに来ません」

「だろうな」


 レイダーは受付の椅子に座ると懐から乾燥薬草の包みを取り出し、ふと横を向く。

 ミレットが手元の乾燥薬草に厳しい視線を向けていた。

 包みから1本出ている乾燥薬草。

 それを名残惜しそうに元へ戻す。


「で、どんな客寄せユニコーンかな?」

「リリアさんですよ」

「姫様だと?」

「エレーヌさんが熱で寝込んだらしく、解熱剤を作っているそうなんです」


 意外そうに目を丸くするレイダー。


「いったいどういう風の吹き回しだ……?」


 ミレットはこの男がそんな愉快な表情をするのだと知って、むしろ驚いた。




 輪の中心では乳鉢を足で押さえつつ、リリアが乳棒で薬草をすり潰している。

 リリアは材料をすり潰す度、容器の中に放り込んでいく。

 水が跳ねる音がする。


「おぬしら、そんな薬を作る所を見て楽しいかや?」


 手は止めることなく、リリアはうんざりした様子で尋ねた。

 まさかこんなに人が集まるとは思いもよらなかった。

 額がむずむずとする。


 リーダーは苦笑しつつ頷く。


「魔法使いの調剤なんてめったに見られないからね。普通は門外不出というか、真似されないように隠すんだ」

「神秘性かや」

「そう。ある種の神秘性」

「おぬしらに再現できるとは思えんが……まあよい」


 リリアはすり潰す作業に戻る。

 だが、その口端が微妙に吊り上がった。



 レイダーは指を差す。


「あれは何か企んでいるときの顔だ。用心するべし」



◆◆◆



「ここがあの女のハウスかや?」


 驚くべきことに、エレーヌが居を構えている場所はボンボン通りであった。

 公営環状牛バスから降りたリリアは意外そうに「ほう」と声を漏らした。

 一緒に連れてきたショコラは何も言わないが、その尻尾は忙しない。

 オオキイシッポ荘と同じような集合住宅の一室、エレーヌ宅の前でリーダーは振り返る。


「ここまで来てなんだが……リリアさんはまだしも、なぜ彼女が?」


 ショコラのことである。

 リリアは肩眉をピクリと跳ねさせる。


「調剤の条件を忘れたかや?」


 とても恩着せがましい言い方だ。

 無論、リリアが調剤した解熱剤を持つリーダーは言い返すことができない。

 一抹の不安を胸に抱きながら、リーダーはノックする。


「……鍵はかかってねえよ」


 ドア越しに弱々しい声が聞こえてきた。


「鍵くらいかけなさい」


 たしなめつつリーダーは家の中に入る。

 リリアとショコラは後に続く。


 簡素な部屋だ。

 精霊魔法に使用する触媒と思しきものが床に転がっている。

 着替えも椅子の背に掛けられたままだ。

 ベッドの前にある小さな机、そこには小さな鏡が置いてある。


「うるせぇ。説教はいらねえ。あと人ん家をじろじろ見んな」


 ベッドの上でエレーヌは上体を起こした。

 熱のせいかぼーっとした顔だ。目の焦点も定まっていない。


「これ、解熱剤。リリアさんが調合してくれた」


 リーダーはエレーヌの前に解熱剤が入った革袋をそっと置いた。


「ちびっ子が? ファック……犬女もいるじゃねえか」


 悪態をつくが声に覇気が欠片もない。

 構わずリリアは袋を開けるよう促す。

 中にはコルクが刺さった小さな容器。ちゃぷちゃぷと音がする。


「ワシ特性の解熱剤じゃ。マズいから心して飲め」

「ウーップス……」


 エレーヌはコルクを抜くと鼻を近づける。

 おお! なんと無臭だ! 意外!

 魔王的配慮である。


 憮然とした面持ちでエレーヌはリーダとリリアを交互に見た。

 それから毛布に顔をうずめる。

 だが、上目遣いでリリアのことを見ると、


「ありがとよ……」


 聞き取れぬほど小声で言った。


「んん? よく聞こえなんだが?」


 リリアはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。

 無論、聞こえなかったわけがない。

 熱以外で真っ赤になったエレーヌはガン無視を決め込むと、一気に解熱剤を飲み干した。

 良い飲みっぷりじゃな、とリリアは手を叩き、


「言い忘れておったが、その解熱剤には副作用があってな」

「ア?」


 リリアは鏡を指差した。

 エレーヌは指差されるがまま視線を動かし――その表情が凍り付く。

 悪魔は最後の最後まで善人の顔を向ける。


 鏡に映るのは犬めいた女の姿。

 もちろんショコラではない。

 鏡の中の自分が、まるで犬の獣人のような様相に変貌しているのだ!


「ギャーッ!」


 エレーヌは白目を剥いて失神!

 仰向けに倒れてピクリとも動かない!


「おい、どうした⁉」


 リーダーは慌ててエレーヌの肩を揺さぶる。

 ショコラもわけがわからずといった様子だ。

 不思議なことにエレーヌが見た鏡の中の自分とは違い、現実の彼女は一切変化していない。

 いったいこれはどういうことか?


 リリアはけたけたと邪悪めいた笑みを見せる。


「この薬、薬効は強いのじゃが幻覚作用があっての。自分の姿が、自分が一番怖がるものに見えてしまうのじゃ。カカカッ! こやつ、犬が怖いみたいじゃな」

「え。こわい!」


 ドン引きするショコラ。


「それ……大丈夫なのか?」


 さすがのリーダーも表情が険しい。すわイタズラの類では?

 んなことはない。

 リリアはそれをしっかりと否定する。


「なに、幻覚は24時間くらいで自然と収まる。その間、部屋から出ずにゆっくりと寝てればよい。次に目が覚めた時には熱も下がっているじゃろうて」


 熱を冷ますには安静が一番。

 幻覚を見せることで強制的にベッドに寝かせるという、優しさと狂気がまさに紙一重の恐ろしい薬なのである!

 さすが魔王の秘伝の解熱剤だ。意味が分からん。


 エレーヌが思った通りの反応のため、リリアは再びカカッと快活に笑う。


「パーティーを追放や、ちびっ子(、、、、)や犬女など好き放題言うてくれたんじゃ。多少は懲らしめんとな」


 仕返しの機会をずっと窺っていたのだろう。

 やけに「ちびっ子」という単語が強調されていた。

 因果応報あるいは過剰防衛か。


 どちらにせよ。


「新たな火種になるなぁ……」とリーダーは胸の内でため息をつき、天井を仰ぎ見るのであった。


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