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第30話 魔王、お薬を作る

 大都市ということもあってか、カヌレの冒険者ギルドは常に人で溢れている。

 冒険者登録をするべく受付をぐるぐると回る者。

 仕事を求める冒険者。

 出入りの業者。

 報酬を受け取りに来た冒険者。

 ギルド内を滞留する濁った空気には、汗と埃と僅かな血の匂いが混じっている。


 そして、


「は? ワシに依頼じゃと?」


 リリアは訝しんだ。

 カウンターを挟んで向かいに立つのは、カヌレの冒険者ギルドの受付嬢であるミレットだ。

 こう見えて魔王軍の現地協力者という立ち位置である。

 そこに本人の意思は関係しない。無慈悲である。


「そ。リリアさんを依頼先にご指名とのこと」


 リリアはあからさまに訝しんだ。

 ギルドには依頼先を指名する制度がある。

 これにより高名な冒険者は指名料その他諸々でますます富み、底辺冒険者は安い依頼を奪い合うのだ。

 リリアは魔王とはいえ、立場上はまだDランクの初心者冒険者である。

 依頼の指名が来るような高名な冒険者ではない。


「いったい誰じゃ? 魔王を(あご)で使おうとなどと考える不届き者は?」


 ミレットは依頼書を手の内で弄びながら、くすりと笑う。


「あちらの方からたっての希望よ」


 言われるがままリリアは顔を向ける。

 そこには1人の冒険者。

 好青年風の優男が壁に背を預けて立っていた。

 リリアは嫌そうな顔を隠そうともしなかった。


 彼はカヌレの冒険者ギルドでも、指折りのBランク冒険者パーティーである『赤い風』のリーダーだ。

 リリアは先日、その『赤い風』とひと悶着を起したのである。

 いや、正確にはリリアがスカウトした斥候と『赤い風』のエルフなのだが。


 リーダーはつかつかと近寄り、席1つを空けてリリアの隣に座る。


「やあ。リリアさん……そんな嫌そうな顔をしないでください」

「無理な話じゃ。おぬしのとこの耳長が悪いからの」


 耳長とはエルフであり、エルフとはエレーヌのことである。

 リーダーは苦笑する。


「あの人も根はそこまで悪い人じゃないんですって。口は悪いですけど」

「で、いったいどういった用事じゃ? もうけんかの仲裁は嫌じゃぞ」

「それは僕もです。お願いしたいのは少しの間だけ『赤い風』と共闘してほしくて」

「はぁ」


 リリアは訳が分からずといったように頷く。

 共闘というからには倒さねばならない、なんかがあるということか。

 リリアは考える。

 おそらく邪悪的存在だ。

 つまり、家賃を徴収しようとしてくる大家に違いない。


 リーダは首を横に振り、


「実はエレーヌのやつ、熱で寝込んでしまって」

「あれほど精霊を使役したんじゃ。寝込むのも当然じゃな」

「さすがリリアさん。ただちょっと熱が高熱すぎて、解熱剤が必要なんです」

「買えばよい」

「高いんです」

「世知辛いのう」

「ええ。幸いなことに、薬の調合はうちの神官戦士ができます。材料も1つを除いて街で手に入ります」


 リリアは改めてリーダーを見た。

 その顔にはひどい疲労感がありありと現れている。

 ブラウニの森でオーガを圧殺したのはおよそ4日前だ。

 金銭面的にも辛いものがあるのだろう。

 ピクリとリリアの片眉が跳ねた。


「待て。あやつ、もう3、4日は寝込んでおるのか?」

「火の精霊を過剰使役すると、どうしても……」


 リリアは大仰にため息をついてみせた。

 呆れて言葉が出ないとはこのことだと思った。


「おぬしからもあのエルフに言ったほうが良いぞ。適性がない精霊を無理に扱うでないと」


 精霊魔法は普通の魔法と違い、自分の魔力を精霊に食わせることで使役する魔法だ。

 そこには自身の適性というものがどうしても絡んでくる。

 適性が無い精霊を少々使役する分には問題ない。

 しかし、それがこと過剰となると様々な弊害(へいがい)が生じる。

 たとえば火の精霊ならば体温の上昇など。


「ごもっとも。ですが、それを言って聞く彼女じゃないので」

「カカッ! 然り」

「彼女、言ってたじゃないですか。焼き芋の失火で村が燃えたって」


 ゆっくりとリーダーを見た。

 リーダーもまた笑みを浮かべていた。

 しかし、それはとても悲しそうで哀しそうな笑みであった。


「それ以来、火を克服しようと躍起になっているんです。自分が火の精霊を上手く使えれば防ぐことができたと」

「そうか……」


 リリアはつぶやき、しばし黙考する。

 ギルドの喧騒がどこか遠くに聞こえる。


「さすがに戦士と精霊使いの2人がダウンしたとなると、アマイシロヤナギ草の採取は難しくて。ブラウニの森の奥に生えるので、モンスターとの戦闘は避けられません」


 オーガのこん棒でノックアウトされた戦士は、未だベッドの上らしい。

 ゴブリンの群れにでも遭遇すれば、手数の違いで余計な怪我をするやもしれない。

 リリアは小さく息を吐いた。

 ため息とはまた違う。


「仕方がない。このワシが一肌脱いでやろう」


 リーダーは表情を明るくした。


「ありがとうございます」


 頭を下げるリーダーに向かって、リリアは言う。


「じゃが、薬草摘みにはいかぬ。めんどうじゃ」

「え?」


 リリアはニヤリと口角を吊り上げる。

 妙案が浮かんだか、あるいはとてつもなく悪いことを思い付いたかのよう。

 邪悪めいた笑顔といえば伝わるはずだ。


「忘れたか? ワシは魔法使いじゃ。そんな高価な材料を集めんでも薬くらい作れる。ワシのレシピは格安材料で揃うぞ」


 リーダーが目を見開いた。

 まさかそんな答えが返ってくるとは夢にも思っていなかったようだ。

 ふふんと胸を張るリリアに、ミレットが声を潜めて訊ねる。


「それって魔族直伝みたいなやつですか?」

「むしろワシの家系に代々伝わる薬じゃ。一族秘伝のな」


 魔王の一族秘伝の薬。

 なんと禍々しいワードであることか!

 世が世なら王国近衛騎士団が焼却処分に乗り込むほどだ。


「それ……人が飲んで大丈夫なんです?」

「なんじゃ? ワシが信じられぬと?」

「いや、そういうわけでは……」

「ちょっと副作用はあるが効果は抜群じゃ」


 あるんかい。


 ミレットは突っ込みそうになったが寸で我慢する。

 魔王の機嫌を損ねるのは百害あって一利なし。


「リーダーよ。今からワシが渡すメモの通りに材料を買ってこい。安心しろ、お値打ち価格じゃ」


 リリアは受付からペンと羊皮紙の端をかすめ取った。

 すらすらと材料を書き連ねると、リーダーに突き付ける。


「本当だ……安いものばかり……ありがとう」


 リーダーは頭を下げると足早にギルドを後にした。

 リリアは満足そうに彼の背を見る。

 そして、唐突に両手を合わせた。


「して、ミレットよ」

「な、なんですか?」


 ミレットの警戒心はMAXだ。

 魔王の一挙手一投足を見逃さんとばかり。


「乳鉢と乳棒、それにふいご諸々(もろもろ)を用意してくりゃれ」


 なんてことはないお願いだ。

 ミレットはポカンと口を開けて、気が抜けてしまったかのよう。

 リリアが何を貸してくれと言ったのかを思い出しつつ、眉を寄せた。


「え? なぜですか?」

「もちろんこのワシが、ここで調合するからじゃ」


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