第3話 土地神、バレる
夜の街道に、対峙する少女と不審者。異様な雰囲気が場に満ちた。
「レイダー(略奪者)?」
リリアは訝しんだ。明らかに偽名だ。
だが、物騒な名前もさることながら、引っかかるのは邪悪な気配だ。
意識せねば気づくことができないほど微弱な魔の気配を、レイダーは放っているのだ。
リリアの目がすぅーっと細くなる。
「この魔の気配。おぬし、さては魔族なのではあるまいな?」
魔族。それは邪悪な儀式によって、混沌の神より祝福を受けた者たちのことである。
その祝福は強力にして強大だ。
人より器用で、エルフより魔力を持ち、ドワーフ以上の頑強さを持ち、獣人以上の身体能力を持つ。
四大人族を超えた超自然的存在なのである。
レイダーは頷いた。
「いかにも。よく見抜いたな――と言いたいところだが、驚くこともあるまい」
頷いてから、ポケットから乾燥薬草の包みを取り出す。
見た目だけは17、8の少女の前にもかかわらず、なんと乾燥薬草を咥え、躊躇いなく火を付けたのだ!
新王国の法律をも恐れぬ大胆な脱法行為。
あるいは、リリアが見た目通りの年齢ではないことを知っているのか。
幽鬼めいた赤光が明滅し、白い煙が細く伸びる。
「なにせ、姫様。あなたも魔族。わからない道理がない」
そう――レイダーが言う通り、元土地神にもかかわらず、リリアもまた混沌の神に祝福を受けた魔族なのである。
なぜわかった? リリアは喉元まで上がった言葉を飲み込んだ。
リリアの正体を、レイダーが一目で見抜いたというのだろうか?
違う。
直感した。見抜いたのではない。
「ま、俺は純魔族ではなくて1/4か……1/8だったか? 忘れたが、半端者の魔族だけどな」
危険だ。この男からはアブナイ臭いがする
この男は元からリリアが魔族と知っていたのだ。
村人ですら忘れていた恐るべき事実を!
「なぜ魔族がワシにコンタクトをとるのじゃ?」
リリアは不信感を露わにする。
すわ村からの刺客か⁉
しかし、レイダーからは敵意は感じられない。もっとも、友好度もそれほど感じはしないが。
「姫様、あまり時間がないので自明な質問は止めていただきたい。それは姫様が一番わかっていることだろう?」
「ぬぅ」
リリアは顔をしかめて呻く。
自分のことを土地神様、お社様と呼ぶ村人はいれども、姫様と呼ぶ者はいない。
少なくとも200年がたった今の時代では。
リリアはレイダーの目的を遅まきながらに理解した。
「懐かしい呼び名じゃ。おぬし、なぜその呼び名を」
レイダーは確信的に言う。
「姫様が嫌なら別の呼び方でもいいぞ。例えば……魔王とか」
リリアは200年前、土地神になるよりも以前に呼ばれていた呼び方に、あからさまに表情を険しくした!
かつて世界の覇権をかけて人と魔族が争った大戦。
魔族を率いた魔王リリアーヌ。
200年の時の流れで、魔王を神として迎え入れた村人たちですら、忘却してしまったというのに。
この男はリリアの正体を知っていたのだ!
「おぬし……」
それより先は言葉にならなかった。
レイダーが纏う邪悪な気配が遮る。
「んん? 姫様という呼び方は魔王国では一般的ではなかったかな? 魔王と呼ぶとそういう顔で怒られるからとか」
実際そうなのでリリアは無視する。
「おぬし……元魔王軍の手の者かや?」
「勇者一派とでも思ったのか? おかしいだろ?それは」
レイダーはリリアを姫様と呼ぶが、その態度は全くもって姫扱いなどではない。
――リリアは考えを改めた。
この者は魔族には違いないが、ワシが率いた魔王国の者ではない。
それよりずっと後の世代の者じゃ。
子に孫にと、口伝えのみでワシのことを教えられ、そして何かを託されたのじゃ。
一体何を?
「先に言っておくが俺の家系は幹部だとか四天王だとか、そんな大それたものじゃない。たぶん、姫様もそんな奴いたっけ?と首を傾げるくらいの木っ端魔族さ」
レイダーはニッと白い歯を見せる。
腕を組み、尊大な態度でリリアのことを見下ろすと、
「だが、魔王復活の折には姫様を助けるようにと、代々伝えられてきた。まさか俺の代になるとはな」
リリアが感じる限り、レイダーは魔の気配は微弱だ。
しかし、並みの魔族では及ばないほど、神という相反する属性を一時でも持ったリリアでは及ばないほど、重く、暗く、濃い邪悪さが重力の渦めいて蜷局を巻いていた。
狂人。リリアは思った。
レイダーは言う。
「長らく待っていたぞ、姫様。この俺が、魔王国の再興を、再び魔族が世界の覇権をとる手伝いをしてやろう」