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第29話 魔王、一件落着する

 魔王は魔を統べる者なり。


 なまじ優れた知性あるため、オーガはこん棒を横に置き、跪いた。


『おお……魔王様……ご復活なされるとは……』


 巨体が小刻みに震えている。

 リリアはどこからともなく扇を取り出した。

 彼女の重力球と同じ漆黒の扇だ。

 扇を半開きにすると口元を隠す。


『くるしゅうない。混沌の眷属の生き残りと会えて、ワシは喜ばしい』


 リリアは目を細め、泰然(たいぜん)とオーガを見下ろす。


『おお……なんと勿体(もったい)なきお言葉……』


 オーガは歓喜に打ち震え、顔を上げた。


『じゃが、おぬしは混沌の眷属でありながら、ワシに向かって小娘と3回も言った』


 真っすぐ立てられる3本の指。


『エ?』


 扇が音を立てて割れた。


『生かしておけぬ。全身の骨が砕ける音を聞きながら死ね!』


 リリアの右腕に魔法陣が展開!

 幾何学模様のそれは6枚、まるで砲身めいてオーガへと伸びる。

 手の平に超自然の重力球が生まれた。


『ま、魔王様!』


 狼狽えるオーガ。

 憤怒の様相のリリアは一顧だにしない。


『ワシのことは魔王ではなく姫様と呼べと、誰も教えてはくれなかったのかや?』


 放たれる重力球!

 魔法陣をくぐる度にその速度を増していく。

 漆黒の砲弾は着弾と同時にオーガを圧殺!

 悲鳴すら消滅させる。

 衝撃で大地が震えた。


 着弾時の衝撃波はそれ自体が最上級の風魔法となり、周囲のゴブリンたちの断末魔を飲み込んだ。

 土煙が濛々と上がり、太陽の光を遮る。


 その中に揺らめく影が1つ。

 ふくれっ面のリリアが、いかり肩でどすどすと歩き出る。


「小娘とは失礼な奴めッ!」


 足下の小石を蹴り飛ばす。

 リリアは柳眉を逆立てたまま、森の中へと入って行く。

 ようやく土煙が晴れた。

 そこには混沌の軍団は影も形も無く、ただクレーターだけが残されていた。



◆◆◆



 レイダーは気配を感じて顔を上げた。

 巧みに偽装されてはいるが――


「魔の気配だな」


 『赤い風』の冒険者たちは気付いていない。人には察知できぬ気配だからだ。

 未だショコラたちは戻らない。

 だが、獣人の足の速さから考えるに、もうそろそろ合流する頃だろう。

 そして、リリアがオーガごときに後れを取るはずがない。


「ならば俺は俺の仕事をするか」


 レイダーは負傷した戦士の手当てをするリーダーに、そっと耳打ちをする。


「嫌な気配がする。少しここで待っていてくれ。すぐに戻る」


 マフラーのように首に巻いたボロ布を翻し、レイダーはショコラが向かった方向と逆の方へと歩き出した。

 先端から超自然の光がチリチリと発している。


「気を付けてください」


 不安と心配の入り混じった表情でリーダーが言う。

 よほどオーガ率いる軍団が恐ろしかったのだろう。

 レイダーは振り返らず、片手を上げて返す。

 あっという間にレイダーの背中は木々に隠れ、リーダーの視界から消えた。


 歩き始めてほんの2分か3分くらいか。

 レイダーの足が止まった。


「まったく。さっきから予定が狂って敵わん。どうしてくれる?」


 レイダーの視線の先、木々に紛れるようにして立つのは頭巾を被って顔を隠した正体不明。

 体格からして男だと推察できる。

 防具の類は付けていないが……。

 魔の気配がこの正体不明から強く感じる。


「怪しい奴め。謀る者は俺1人で十分だ」


 ボロ布の先端が、ひと際光を発する。


「尋問させてもらう」


 レイダーが右腕を伸ばした。その瞬間、正体不明は大きく後方へと3連ジャンプ。

 糸の範囲外へと逃げる。


 ――間合いを読まれている。


 レイダーは内心舌打ちしたいのを堪え、勤めて平静を装う。


「怖い怖い」


 正体不明が言葉を漏らした。

 くぐもった怪しい声だ。


「私は貴殿を知っている。戦ったら大怪我してしまう」

「安心しろ。怪我しないように優しくしてやる」

「いや。ここは退かせてもらう」


 正体不明はさらに後方へと大きくジャンプ。

 レイダーは舌打ちした。

 さらに遠くへ糸を飛ばそうとしたが、今度こそ範囲外に逃げられたからだ。


 そして、気配が消えた。

 息を潜めているのか、遠くへ逃げたのか。


 レイダーはしばらく油断なく周囲に視線を巡らせる。

 ようやく緊張を解くと糸を消した。

 懐から乾燥薬草を取り出すと、先端に火をつける。

 細い煙が僅かに見える空へと向かって伸びる。


「本当に逃げたか。しかし、あの身のこなし」


 普通の人ではありえない跳躍力だ。

 獣人あるいは、


「……魔族」



◆◆◆



 普段もそうだが、今日の冒険者ギルドは特に騒々しい。

 理由は明白で、ブラウニの森の異変が解消されたからだ。

 DランクやCランクの冒険者たちは平常業務に戻れるということもあり、仕事を求めて受付に殺到している。

 余りの忙しさに、ミレット含め受付嬢たちはてんてこ舞いである。


 適当な椅子にレイダーと並んで腰を掛けるリリアは、ホットミルクを口に含みながら忙殺されるミレットを眺めていた。

 異変が解決したときは万歳三唱で喜んでいたが、今は腹の中で恨み節を言っているに違いない。


 一応、『赤い風』との勝負はリリアの勝ちということになっている。

 オーガを倒した証拠はクレーターとなったため証拠不十分。

 しかし、ショコラに担がれて森の中を掛ける途中、エレーヌは渋々といった様子で礼を言ったらしい。


 判定勝ちといったところか。

 リリアの中では少々煮え切らないものもあるが、これ以上波風立てる必要もない。


「勝ちは勝ちじゃ。勝利の余韻に浸らせてもらうとするか」


 口角を上げながらホットミルクを一口。

 何か大事なことを忘れているような気がするが……まあいいだろう。


 カランコロン。ドアベルが鳴った。


 ドアが開き、冒険者がギルドに飛び込んで来た。

 その冒険者はきょろきょろとギルド内を見渡すと、


「いた!」


 リリアは憮然とした面持ちでショコラを見る。

 彼女の尻尾は小刻みに振れている。

 リリアのなかで、とてつもなーく嫌な予感が鎌首をもたげた。


「な、なんじゃ……?」

「また犬女って言われた!」


 ギャン泣きするショコラ。

 胸の内で思わずファックとつぶやく。

 誰に? とは聞くまい。


 レイダーは雑誌で顔を隠すと、さりげなくカウンターから離れていく。

 リリアは耳をふさぐと、


「知らぬ!」


 うんざりした顔で言うのであった。


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