第28話 魔王、潰して殺す
金細工が如き髪が風に靡く。
突然の乱入者を前に、エレーヌはその小さな背中を二度見した。
「精霊を使役しすぎじゃ。早う謝らないと、へそを曲げたままじゃぞ」
腕組直立不動のリリアは不敵な笑みを浮かべたまま、振り返りすらしない。
「てめぇ……ちびっ子じゃねえか。どうしてここに……」
エレーヌの驚きはごもっとも。
普通は間に合うわけがない。ほぼ超常現象だ。
しかし、リリアが答える間もなく、ゴブリンがこん棒を振り上げて左右から襲い掛かる!
リリアは大きく身体を回転させて回し蹴り。
速い! 回避不能だ!
蹴りを受けたゴブリンの頭が吹き飛んだ!
その回転を利用し、リリアは残るゴブリンの身体へ掌底を当てる。
ゴブリンの上半身が爆ぜた。
休む間もなくリリアは跳躍。
エレーヌの背後から襲い掛からんとしていた、2体のゴブリンアサシンの前へ着地。
右パンチ。
『ギャッ!』
ゴブリンアサシンの頭が吹き飛ぶ。
左パンチ。
『ギェッ!』
ゴブリンアサシンの頭が吹き飛ぶ。
瞬く間に殺戮の嵐だ。
無論このデタラメな人体破壊攻撃は、リリアの腕力が為せる業ではない。
彼女が攻撃する際、インパクトの瞬間に重力球を纏っているのだ。
エレーヌはゴブリンの残骸が落ちる水っぽい音に身をすくませ、
「ツ、ツエーじゃねぇか……ちびっ子のくせに」
声の端が僅かに震えている。
リリアはフンと鼻を鳴らす。
「ちびっ子は余計じゃ」
無造作に左手を伸ばした。幾何学模様の魔法陣が3枚現れる。
放たれた重力球はゴブリンシャーマンに直撃。
全身の骨が砕けて死亡した。
無駄な動きが一切ない鮮やかな殺戮ムーブメントである。
リリアはエレーヌに手を差し伸べる。
その表情は呆れ一色だ。
「なにに苦戦しているかと思えば、徒党を組んでいるとはいえこの程度の弱敵に。おぬしは威勢だけが良いのう」
エレーヌはリリアの手を払うと自分で立ち上がる。
「うるせぇ!」
「それにエルフが火の精霊とは。異端にも程があるぞ。さては見た目の派手さで選んだな?」
森を燃やす恐れがあるので、エルフは基本的には火の精霊を支配したりはしないのだ。
「おぬしの適正は火よりむしろ……」
「うっせえ! まだ10分はやれらァ! 説教垂れる暇あるなら、あいつらどうにかしろよ!」
エレーヌは額に青筋を浮かべて前方を指差す。
ゴブリンの包囲網が下がり、代わりにオーガが前に出てきた。
このモンスター軍団の長のお出ましだ。
さすが人食い鬼と言うだけあって、身の丈3メートルあまり。胸板は分厚く、腕の太さはリリアの胴ほどはありそうだ。
リリアは揶揄うように目をにゅうと細め「なるほど」とつぶやいた。
「あん? どうした?」
エレーヌは怪訝な視線を向けた。
つぶやきは良く聞こえなかったらしい。
リリアが返答するよりも早く、
「いたー!」
森の方から元気な声がした。
犬耳をぴょこぴょこ動かすショコラだ。
森の中で不自然に開かれた空き地に困惑しつつも、ショコラはすぐさま状況を把握する。
「邪魔!」
立て続けに矢を撃ち込み、ゴブリンの包囲網を容易く突破する。
「さすが獣人。速いのう」
くくくっとリリアは喉を鳴らす。
「ショコラよ。良いところに来たな。このエルフを連れてレイダーのもとに戻るが良い」
「そう言われた!」
クロスボウを畳むと、ショコラは有無を言わさずエレーヌを担ぎあげる。
いくらエルフとはいえ易々と担ぎ上げるとは。
獣人が優れた身体能力を持つがゆえである。
さすがにエレーヌも顔を真っ赤にして声を荒げる。
「テメェ! コラ! なにしやがる!」
「うるさい! ほんとは嫌だけど、死なれる方がもっと嫌だから!」
「ファック! 下ろせッ!」
「じゃあ行くね!」
バイバイと手を振るなり、風が如き速度でショコラは走り出した。
しかも、去り際にナイフで近くにいたゴブリンを数体切り刻む。
喚くエレーヌとショコラの背中が、木々の向こうに消えて行った。
ざわざわと木々が震えた。
「さて、邪魔者はいなくなったな」
リリアはオーガに向き直る。
ショコラを急いで戻らせたのはエレーヌを助けることもあるがもう1つ、今から聞かれたくない話をするからだ。
『おぬし、ただのオーガでないな?』
オーガはびくりと肩を震わせた。
ゴブリンやオークが途端に騒めき出す。
今リリアが使ったのは人の間で使われている共通語ではない。
200年前、魔族やオーガ、ダークエルフといった知性を持つものたちの間で使われていた言語である。
オーガは赤い目でリリアのことを見据えると、油断なくこん棒を構えた。
紛れもない知性が伺える。
『小娘、なぜ我らが言葉がわかる……』
リリアは堪えきれないといったようにカカッと笑った。
『200年前はおぬしら鬼どもを率いておったのじゃぞ。言葉ぐらいわからんでどうする?』
『デタラメを。柔い小娘ごときが』
『ふむ。で、おぬしの目的はなんじゃ? このような軍隊じみたものを作ってどうする?』
オーガは嗤った。まるで割れ鐘をぶっ叩いたかのようだ。
『笑止! 我が軍団をもって森外の街を滅ぼす! そして人間どもを混沌の神々の供物とする!』
これ以上もなく邪悪な目的である。
リリアは考え込むように自身の顎を撫でた。
『混沌か。なるほど。やはり混沌の眷属かや。勇者との大戦で祝福を受けたオーガは死に絶えたと思っておったが……』
『落ち伸びた我が一族の悲願也。小娘よ、貴様が最初の供物だ』
混沌の眷属であるがゆえに、普通のオーガより優れた知性を持つ。
よって他の者を従わせ、配下とし、群れることができる。
昔、リリアはこのような眷属を中心に魔王軍を組織していたのだ。
ゴブリンやトロールのように、命令も理解できない輩を配下にするのは危険すぎるからである。
『そうか。森の異変の原因が魔族でないと知り、若干落胆しておったが。しかし、おかげで希望が持てたぞ。褒めて遣わす』
ざわりざわりと木々が震えだす。
ゴブリンたちが口から泡を吹き、次々に倒れていく。
濃密な魔力がリリアを中心に渦巻き始める。
見よ。その側頭部に現れた超自然めいた二対の角を!
燐火のごとき漏れ出る魔力の瘴気は滅紫色。
オーガーは目を見開く。
『そ、その角は!』
オーガが、その巨体が後退る。
『然り。我は魔王リリアーヌ。愚か者よ。頭が高くはないか?』
モンスターは人にとって恐怖の象徴とも言える。
そのモンスターたちが恐怖に慄いたのだ。
ゆえに魔王。




