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第19話 村長、謀られる

 濃い灰色の雲が空を覆い尽くしていた。

 おかげで昼だというのにペニエの村は暗い。

 村人は不安げな顔で空を見上げ、足早に自宅へと戻る。

 痩せていく土、枯れる作物、夜逃げする隣人。

 ただでさえ、最近のペニエの村は不穏な雰囲気に満ち溢れているのだから。

 そして、村にそびえる黒鉄の城である村長宅は、さらに黒々とした黒雲が渦巻いていた。


「は、話が違う!」


 所は村長宅の書斎である。

 部屋の四方に置かれたドラゴン、ユニコーン、フェニックス、グリフォンを象った精巧な石像が明後日の方向を向いている。

 壁に掛けられた鹿の生首剥製が、まるで憐れむかのように見下ろしていた。


 村長の前には3人の男たち。

 もちろん村人ではない。

 客として通した教会の人間だ。

 うち2人は二の腕に巻いた赤い腕章と青い腕章を除いて、同じ格好をしていた。

 神官服を着こんでいるが、その隙間から鋼色の光沢が垣間見える。

 チェインメイルだ。

 彼らは教会が保有する強力な軍事部門である、神官戦士団の神官戦士だ。

 歴戦の戦士めいた風格を漂わせている。


 もう1人は小太りの中年だ。

 首から下げるロザリオは、彼が神父であることを表していた。

 柔和な表情を浮かべてはいるが、どうも作り物臭い。

 村長が声を荒げても眉一つ動かさなかった。

 ペニエの村に派遣され、村長とともに土地神の追放を画策したビスケ神父である。

 共犯。少なくとも村長はほんの数分前まではそう思っていた。


「ビスケ神父殿、話が違うぞ!」


 村長は繰り返す。その声は裏返っていた。


「いいえ、何も違うことなどありません」


 ビスケ神父は首を横に振る。

 村長とは正反対の落ち着いた声音だ。

 2人は村長選よりタッグを組み、村の政治に暗躍していたはず。

 だというのにまるで言い争いのこの状況。


 いったい2人の間に何があったというのか?


「南の最新農法を導入する話だったでしょう!」

「はい。其の予定でしたが思った以上にこの村の土壌は悪いです。これでは農法を導入しても良い結果は出ないでしょう。土壌改善は止めます。残念です」


 ビスケ神父は平坦な口調で言い放つ。欠片も残念と思っていないのは明らかだ。

 さすがの村長と言えど、その横暴を黙って見過ごすわけにはいかない。

 金も権力も大事だが、それ以前に彼はペニエの村の村長なのだ。


「残念じゃない! この土地をどうにかするのが南の農法なんだろ!」


 土地神であるリリアがいなくなった結果、土壌の劣化はとどまることを知らない。

 ここで引いてはならないのだ!


「ええ、ですがどうにもなりません。費用対効果が合いませんからね」


 これでは取り付く島もない。

 だが、ビスケ神父はカッカする村長へ新たなプランを示した。


「というわけで我らとしては農法に無駄な費用を投入するのではなく、この土でできる作物を最大限効率よく作れる方向へシフトしようと思います」

「待て? いったいどういう」

「これより全ての作物を止め、芋を育てましょう」

「芋⁉ パンが作れなくなる!」

「大丈夫です。芋なら全て解決です。100パーセント問題ありません。ハイ。馬鈴薯などの種イモは我々が提供し」


 村長はビスケ神父の言葉を遮り、激しい口調で言う。


「そんな同意できない話を勝手に進めないでくれ!」



「黙らっしゃぁぁぁいッッッ!」



 ビスケ神父は目を見開くと、あらん限りの声量で一喝した。

 部屋全体がびりびりと震える。

 鹿の生首の剥製が壁から落ちた。


「ひぃぃぃぃぃ! 怖い!」


 村長は椅子から転げ落ちる。


「なにかね? 貴方の村は教会の言うことが聞けないということかね? エェ?」


 柔和な表情はいったいどこへ消えたのか?

 ビスケ神父は鋭い眼差しで村長を見下ろす。

 それだけではない。


「異端か?」

「異端かも」


 傍に控える神官戦士が交互に言う。


「そんなめっそうもない! ただ、芋だけでは、我が村は成り立たないんです。外貨どころかパンも作れないじゃないですか」

「芋作ってそれを売った金でパン買えばいいだろうが! エェ⁉」

「そんな!」


 村長はすがるような気持ちで、神父の胸元に大きく描かれた教会の紋章を見た。

 しかし、いったいどういうことか、その紋章がぐにゃりと歪み、代わりに別の物が浮かび上がってきたではないか。

 見よ! そのごつごつとした不定形の丸の形!


 馬鈴薯だ!


 紋章の線を僅かにずらすことで描いたサブリミナルポテトだ!

 村長はようやく神父たちの正体に気が付いた。


「あ、あんたら! 教会のポテト派か!」

「それがどうした! エェ? 関係あるか? エェ?」


 神父は懐からお仕置き棒を取り出すと村長の尻を殴った。


 スパァァァン!


「痛い!」


 村長の悲鳴。

 しかし、神父は村長の尻をもう一度お仕置き棒で殴りつけた。


 スパァァァン!


「わかったか! わかったか!」

「はい! はい!」


 痛む尻を押さえて蹲る村長は、首を縦に振ることしかできなかった。


「今日よりこの村は、馬鈴薯の一大生産拠点となるのだ! フハハハハ!」


 ――おかしい!


 村長は涙しながら心の内で叫んだ!

 村長選の時より連絡を取り合っていたのは、正規の教会だった。

 しかし、今ここにいるのはポテト派の神父である。

 いつの間にすり替わってしまったのだ⁉

 主よ! どうしてこのような試練をお与えになる!


 村長の心の叫びは誰にも聞こえず、ただビスケ神父の高笑いだけが書斎に響くのであった。



◆◆◆



 ミレットは大きくため息をついた。

 それもこれも先ほどまでカウンターで騒いでいた魔王とその配下が原因である。

 そして、彼女も魔王の配下である。


「どうした? そんな憂鬱そうな顔をして」


 後ろから声を掛けてきたのは、カヌレの冒険者ギルドのギルド長だ。

 髭が立派な中年男性だ。

 現代に蘇った魔王が、魔王軍を再組織するために冒険者になったんです。

 言えるわけがない。


「ギルド長が変なお使い出したのが原因なんですからね!」


 上目遣いで恨めしそうにギルド長を睨んだ。


「ええ……いきなりどしたん……」

「とゆーか、あのお使いは何なんです? 手紙くらい冒険者が運べばいいじゃないですか」


 ミレットは頬を膨らませると、


「わざわざペニエの村まで配達なんか。私、帰り道で盗賊団に襲われたんですよ!」


 ただならぬ気迫にギルド長は尻込みした。とても怖い。


「すまんすまん。でもあの手の密書は冒険者には任せられなくてな」

「んん?」

「教会勢力の諍いだよ。村への教会誘致の話をポテト派が乗っ取ったらしいんだ」


 教会やポテト派と聞いて露骨に嫌な顔をするミレット。


「ポテト派……あぁ、あのヤバい人たち」

「そうそう。だから内密に、可能な限りギルドの人間で手紙を届ける必要があったわけだ。で、ちゃんと手紙は渡して来たかい?」


 ミレットは疲れ切った顔で頷いた。


「もちろん。村長には会えませんでしたが、村の人には渡してきましたよ」



◆◆◆



 カフェテラスで乾燥薬草をふかす男が1人いた。

 サバイバルカラーの旅人装束の男、レイダーだ。

 レイダーは行き交う人に説法を説く神父を見ながら、1通の手紙を弄んでいた。

 手紙には封を切った跡がある。

 2つに分かれた蝋には、盾と2つの月の紋章。

 ギルドの紋章だ。

 ふふんと含みを持たせた笑みを浮かべた。


「村には悪いが、これを渡すわけにはいかんからな」


 レイダーは赤々とする乾燥薬草の先を手紙に当てた。

 手紙は端から燃えていき、あっという間に灰となった。


※補足:ポテト派。教派の1つで、馬鈴薯は天から地上に遣わされた天使と考えるやべーやつら。怖い。

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