第15話 魔王、拗ねる
「嘘じゃ!」
魔王の口から濃い魔力の瘴気が漏れた。
ギルド内にいた数人の魔法使いがびくりと肩を震わす。
そして怯えた様子で何事かと周囲を見渡した。
「嘘じゃないです……リリアさんはノースキルですね。あ、でもスキルなんて全員が持ってるものじゃありませんよ! 冒険者でもノースキルの方はいますし! 私だってスキルなんてありませんから! だだだだだから水晶をカチ割ろうとするのだけは止めてください! いやほんとこれめっちゃ高いんで!」
ミレットは半泣きになりながらリリアの手をどけようとする。
「ぬぅー……」
渋々といった様子でリリアは水晶から手を離した。
しかし、親の仇であるかのように睨みつける。
「ふんっ!」
「気を落とす必要もない」
レイダーが苦笑しながらなだめる様に言う。
それから、リリアに顔を寄せると周囲に聞こえぬよう声を落とし、
「そもそも魔族はスキルなどもたない」
「なに?」
「姫様、だから初めからそう言ってるだろう。スキルとは言わば特殊能力などの類。過去の魔王軍でそのような超常のチカラを持った者がいましたかな? 我々はすでに混沌の神々の祝福を得ているというのに」
言われてみれば、というやつだ。
混沌の神々の祝福を受けた者が魔族であるなら、主の祝福を受けた人間がスキルを得ても何らおかしくない。
税金しかり依頼料しかり、何事も二重取りは認められぬのだ。
「しかし、ヘルタイガー盗賊団の三下ですらスキル持ちなのは解せぬな」
リリアは苦々しく笑った。笑い、そしてふと気が付いた様に呟く。
「つまりおぬしもノースキルと言うわけじゃな」
レイダーの肩眉がピクリと跳ねた。
「俺か? 残念ながら俺はノースキルではないぞ」
「嘘じゃ! だって魔族はスキルを持たないんじゃろ!」
レイダーは困ったように頬を掻くと、未だ薄紫の光を放つ水晶に手をかざした。
「出会った時に言っただろ。俺は人の血と魔族の血が流れていると」
リリアの時はうんともすんとも言わなかった水晶が震えた。
表面に文字が浮かび上がる。
『捕縛3』
「あら、捕縛ですか」
ミレットは水晶をリリアたちのほうへと向けた。
どう説明したものかとしばし言いよどみ、
「虫取りとかする時に重宝するスキルですね」
より相手を捕まえやすくなるスキルである。
つまり紐で縛った相手が脱出しにくくなったり、網で虫を捕まえやすくなったり。
「なんか……微妙じゃの……。ヘルタイガーの三下どもの方がカッコいいスキルじゃったぞ」
リリアがそんな反応をするのも頷ける。
戦闘向きではない、ぱっとしないスキルであることは明らかだ。
「まあ……世間一般的にはハズレと呼ばれる部類ですね」
ミレットが申し訳なさそうに言う。
ただ捕縛3というからには、何かしら鍛えた結果だということは推察できる。
ミレットには捕縛と捕縛3で大きな違いがあるとは思えないが。
レイダーは水晶から手を離した。
「俺みたいに血が混じった者は、どうしてもそういう評価を受けるスキルを得がちなのだ。弱小スキル。無能スキル。主が渋々スキルを与えたのだと俺は思っている」
自嘲じみた口調であった。
しかし、レイダーが首に巻いたマフラーめいたボロ布が、僅かに超自然的な光を生む。
レイダーはニヒルな笑みを浮かべ、
「もっとも、俺はこのスキルを弱小などと思ったことはないがな」
そうきっぱりと言い切った。
リリアはこの場で深く追求をしようなどとは思わなかった。
この男に秘めたものがあるのは気付いている。
今後、旅をする上で、嫌でもそれを目にする機会はあるはずだ。
――その時にこやつの口から語らせればよい。
そう思うにとどめた。
そんなことよりも!
「もろもろの説明は受けたし、これでワシも大ダンジョンに行けるのう」
リリアは傍から見ても分かるほど、胸を躍らせていた。
声も弾み、まるで広場へ遊びに行く童のようだ。
「ダメですよ」
その一言が凍り付かせるまでは。
「ええ……」
リリアの顔には解せぬと書いてある。
ミレットは慌てて水晶をカウンターの下へと逃がす。
「ダメなんです。カヌレ大ダンジョンは制限がありますので。言いましたよね、ランクによって対応が変わるって」
「それはそうじゃが……なんで制限があるんじゃ? 所詮はダンジョンじゃぞ」
「いや所詮はダンジョンって……Dランクなんて初心者が行ったら簡単に死んじゃいますよ。あそこ」
「ワシは死なんぞ」
魔王はゴネる。
「それはわかってますけど、規則ですし」
ミレットは困ったように頬に手を当てる。
「おぬしのコネでなんとかならんのかや?」
再びゴネる魔王。
「一介の受付嬢に無理言わないでくださいよ。ほら、クッキー上げますから」
「わーい、クッキーだ」
すかさずクッキーの入った包みを受け取る魔王。
「というわけだ。姫様、俺が当面の目標といった理由がわかっただろ?」
そしてレイダーが割って入った。
クッキーの包みをポッケにねじ込み、リリアは頷く。
「魔王軍は未だ3人。ギルドに喧嘩を売るのはマズい。今は規則に則り、合法的にダンジョンに入れるようCランクを目指す。ついでに姫様は自分の食い扶持を稼ぐ。OKか?」
食い扶持を稼ぐという部分をやけに強調してレイダーは言った。
土地神を追放されたリリアは一文無しなのである。
リリア本人も忘れていた現実である。
「う、うむ。仕方がない。当面は労働をしつつ、ランクアップを目指すとするか」
「あのぅ、魔王軍は3人って……もしかして私も頭数に入ってます?」
おずおずとミレットは手を上げて訊くが、レイダーは無視をした!
「受付嬢とて昇格の推薦くらいならできるだろう?」
「あのぅレイダーさん、私の言うこと聞いてます?」
レイダーは再び無視をする。
なんと聞こえていない振りだ!
これではなし崩し的に魔王軍の仲間入りである。
――どうしてこんなことになってしまったのだろうか?
ミレットはさめざめと涙しながら、カウンターに突っ伏した。
えらくやる気なリリアは、カウンターをぺちぺちと叩く。
「で、依頼を受けたいんじゃが!」
ミレットは突っ伏したまま、無言で隣の窓口を指差した。
◆◆◆
太陽の日差しが眩しい。
リリアは額の汗を拭う。
「のう! これが冒険かや?」
広場一面に生い茂る雑草。
数人の冒険者がそれをぶちぶちと両手で引き抜いてる。
冒険者としてリリアの初めての依頼は『草むしり』であった。
「イメージと違う」
リリアの両手には先ほど引っこ抜いたばかりの雑草。
「残念ながら紛れもない冒険だな」
黙々と雑草を引き抜くレイダーはさもありなんと答えた。
そして、抜いた草を毒草用の袋に放り込んでいく。
「Dランクだからな。駆け出しにはこういう案件しか来ない」
「解せぬ」
「そうでもない。Dランクとは駆け出しで,つまり信用がない。そんな冒険者に大きな仕事を任せる手合いはおらんよ」
などと理路整然と言われては反論ができない。
リリアは低く唸ると、
「……早くCランクに上がらねば」
「姫様、だから俺は初めからそう言っている」
レイダーはいっぱいになった袋を担ぎ、ゴミ置き場へと向かった。
1人残されたリリアは眉間にしわを寄せると、
「しかし、人の世はよくわからん」
再びしゃがみ込んで草むしりに戻るのであった。




