第14話 魔王、冒険者デビューする
冒険者ギルドは雑多な人々で溢れかえっていた。
人やエルフやドワーフ、それに獣人も。
冒険者というくくりの前では種族など関係ない。
実力さえあれば、だが……。
受付では冒険者たちが仕事を求めて長い列を作る。
浮浪者と変わらない小汚い恰好の者。
使い込まれた金属鎧を着こむベテラン然とした者。様々だ。
また併設された煮売り屋では、昼間から酒を飲む者も。
大通りより狭いにもかかわらず、騒々しさは上回る。
これを退廃的と言うべきか、いかにも冒険者らしいと評するか。意見が割れる。
ただ、賑やかという点では一致するはずだ。
そして、
「人の世は……滅ぼしたほうが良いのかもしれぬな……」
「姫様、だから初めからそう言っている」
魔王はキレる寸前であった。
口から僅かに魔力の瘴気が漏れている。
一体何があったというのか。
冒険者登録をするため番号札を受け取ったリリアは、新規用の窓口に並んだ。
それが約30分前である。
約30分も前だというのに、なんとまだ登録には至っていないのだ!
しかも書類の受け取りや説明などで、複数の受付を10往復!
まるで役所の如きたらい回しである!
無差別大規模破壊用重力制御魔法を唱えるのを堪え、リリアは再び窓口へと並んだ。
1人2人と列が進み、ようやくだ。
「では次の方……あ、どうも……」
旅人装束からすっかりギルドの受付嬢の恰好をしたミレットが、小さく頭を下げた。
未だ顔には緊張が見受けられる。
つられてリリアも頭を下げる。
被っていたフードを脱ぎ、金細工のような長い髪を露にする。
「姫様の冒険者登録を。あんたが誘ったんだからな」と、レイダー。
リリアの隣に音もなく並び立つと、硬貨をいくつかカウンターに置いた。
「もちろん嫌とは言いませんよ。でもさすが魔……リリアさん。『デスモスキートクラン』の人も簡単に倒してしまうなんて」
リリアは薄い胸を張ると、
「あのような三下、トロールの手を捻るようなものじゃ」
「あはは……素行不良とはいえBランク冒険者なんですけどネー。ではこちらの用紙に必要事項を記入してください」
ミレットはカウンターの下から羊皮紙を一枚取り出した。
さんざん内容説明を受けた冒険者登録証だ。
「ようやくか! まったく、また別の窓口に行かされるようなら、この建物を粉砕していたところじゃったぞ」
ミレットの口元が引きつった。
冗談の類には全く聞こえなかった。
「それは止めてくださいお願いします。といっても一連の流れは一種の適正検査も兼ねていますので。いくらリリアさんでも、暴れ出したら冒険者登録はできませんよ」
そう、これは冒険者ギルドが新参者へ仕掛けた恐るべき罠なのだ!
忍耐力が無ければ冒険者はやっていけない。
この不自然なたらい回しは、それすら耐えられない不適合者を振るい落とすためのものなのである!
「ほぅ、忍耐力も冒険者の適正かや。あと人をトロールのように言うでないわ。で、これに書けばよいのかや?」
登録証には名前や職業や出身地を書く欄が並ぶ。
もちろん職業欄に魔王などとは書かない。
職業欄には『魔法使い』と羽ペンを走らせる。
「姫様、もう少しきれいな字は書けませんか?」
「うるさいぞレイダー! 読めるからいいんじゃ!」
リリアは頬を赤くして声を荒げた。
登録書を半身で隠すような位置へと動かしつつ。
「というかおぬしは登録せんでいいのか? ワシだけ冒険者になっても仕方ないんじゃが」
「あー……間に合ってますね」
リリアの疑問に答えたのはレイダーではなくミレットであった。
ミレットはカウンターの下からもう1枚羊皮紙を取り出した。
冒険者登録証だ。
名前欄には『ノーバディ・レイダー(誰でもない略奪者)』の文字。
「何がフリーの冒険家じゃ」
「大昔に登録したんだよ。家を借りるために、身分証がわりに」
リリアは魔王としての鋭い洞察力で見抜いていた。
おそらく今の今まで忘れていたであろうことを。
「よし、おぬしのランクを見てやろう……」
リリアは背伸びして登録書を覗き込む。
すぐさま眉間にしわを寄せた。
「Dランク……は高いのかや? 昔はこんなものなかったからよくわからん」
「あー……馴染みないですもんね。まずは冒険者制度の簡単な説明からしましょうか?」
ミレットはさりげなくリリアの後ろを見た。
幸いなことに後続に並ぶ人はいない。
「おー頼むぞー」
「この登録書をもって、晴れて冒険者として登録されます」
ミレットは登録書に判を押した。
盾と2つの月。
カヌレの冒険者ギルドの紋章を表す判だ。
「窓口で依頼を受ければ、すぐにでも仕事が受けられますよ。で、これがカヌレの冒険者ギルドが発行している冒険者の証です」
ミレットがカウンターの上に置いたのはベルト。
色は白く、冒険者ギルドの紋章が刺繍されている以外に装飾の類はない。
「冒険者というのは等級があるんです。俗にいうランクというもので、SからDランクまであります。このランクによって受けられる仕事が変わったりしますよ」
ミレットが言うように、冒険者ランクはSからDまでの5つ。
そして、支給されるベルトの色はランクによって異なる。
上から黒、茶色、緑、青、白だ。
よって、魔王と言えどDランクのニュービーなので白ベルトなのだ。
そこに忖度はない。
あとギルドの福利厚生も変わるとミレットは付け足す。
リリアは白いベルトを弄びながら、しかしあまりピンとこないのか仏頂面だ。
「つまり……上から順に強いということじゃな?」
「まあ、概ねその通りです」
冒険者として仕事をしていれば、嫌でも理解できるようになる。
ミレットはそれ以上の説明をすることを止めた。
◆◆◆
リリアは白ベルトを腰に緩く巻いてから、くるりと一回転した。
「うむ。実用性はあまりなさそうじゃが、良きじゃな」
フードマントがふわりと上がり、土地神の名残である薄い衣服が垣間見えた。
冒険者としての体裁は、これにて一応整った。
あとは冒険に耐えうる装備を調達するのみ。
「あとそうじゃ! スキル! スキルとやらも教えてくりゃれ!」
リリアはカウンターを叩いて催促する。
ミレットはレイダーを盗み見た。
何も教えていないのですか? と視線で問いかける。
レイダーは知らんぷりだ。
――本当に魔王の部下なのだろうか?
一瞬だけ疑念がわく。が、それを言うとミレットもだ。
彼女の意思とは関係なく、ミレットもまたリリアの部下ということになっているのだ。
「少々お待ちください」
ミレットは営業スマイルを浮かべて裏へ向かった。
ほどなくして彼女は戻ってきた。
一抱えほどある水晶を両手で大事そうに持って。
「また水晶かや」
「SCSの受信機とは違いますよ」
ミレットは水晶をカウンターに置いた。そしてエンチャントじみた言葉をつぶやく。
水晶が薄紫色の光を帯びた。
「おぬし、魔法使いかや?」
「違います。この水晶の起動キーを述べただけです」
そういうマジックアイテムなのですと言われ、リリアは納得した。
「ではリリアさん、この水晶に手をかざしてください」
リリアは言われるがまま手をかざす。
手の平がわずかに温かい。微弱な魔力の波を感じる。
「ノースキルじゃなければ水晶上に浮かぶのですが……んんっ」
ミレットは水晶をしげしげと見る。
「どうじゃ? ふふん、魔王らしいかっちょいいスキルであろう!」
「あー……ノースキルです」




