第13話 魔王、当面の目標を知る
道のど真ん中に下着姿の男が3人倒れている。
元の顔がわからないほど、顔をボコボコに腫らしている。
通行人は遠巻きに眺め、触らぬ神に祟りなしと足早に通り過ぎる。
男の内、1人はモヒカンが7色に染められていた。
「姫様、お気は済みましたか?」
両手にコップを持ったレイダーが近づく。
いくら負けないとわかっているとはいえ、呑気なものである。
「まったく。街の発展具合に人の発展具合が追い付いておらんぞ」
嘆かわしそうにリリアは深々とため息をついた。
そして、7色モヒカンの男たちから剥いだ服から、リリアは財布を取り出した。
我が物顔で口を開けると、途端に渋い顔。
「しけてるのぅ」
「姫様、道のど真ん中で財布を物色するのはいかがなものかと」
「何を言う。売られた喧嘩は買うのが魔ぞ……ゴホンゴホン。ワシらのマナーじゃぞ」
もちろんそんなマナーなどない。
「この板は慰謝料として没収じゃ」
悪びれもせずリリアがポケットにねじ込んだのは携帯型PHS端末だ。
元土地神とは思えぬ所業。
追いはぎ以外の何物でもない。
――仕組みと使い方は後ほど教えばならんな。
レイダーは特に咎めることなくそう思った。
いくぶん満足したのかリリアは物色する手を止め、立ち上がる。
呻いた7色モヒカンの男に蹴りをいれてから、辺りを見回してみる。
「ところでミレットはどうした?」
レイダーと一緒にはなれたはずのミレットの姿が見えない。
「これ以上は精神的に耐えられなさそうと思い、先に冒険者組合へ」
「そうかそうか」
「これはミレットさんより姫様へ」
奢りだそうです、と付け足しレイダーはコップを差し出す。
「酒か!」
リリアは目を輝かし、
「ミルクです」
「……」
リリアはレイダーの手からひったくるようにミルクを奪い取ると、一気に飲み干した。
「げぷっ。準備体操もしたことじゃし、では向かうとするか。冒険者ギルドへ!」
ピクリとも動かぬ7色モヒカンの男たちを放置し、リリアとレイダーは去っていった。
無常観だけが残された。
◆◆◆
軽快な音楽と共にSCSが流すニュースが切り替わった。
『昨今街道を荒らしていた盗賊団、ヘルタイガー盗賊団が謎の壊滅をがががぴぴぴ』
映像にノイズが走る。
どうやら精霊がご機嫌斜めらしい。
カヌレの街の大通り、またの名を見抜き通りは雑多な人で溢れていた。
通行人を器用に避けながら、道行くレイダーはリリアに話を切り出す。
「姫様、冒険者となるうえで当面の目標を伝えよう」
「なんじゃ? いきなり改まって」
客車を引く巨大な牛に目を奪われていたリリアは怪訝な顔をする。
「あれじゃろ、冒険者として各地を歩き回って魔族を探すためじゃ」
おぬしがそう言ったんじゃからな、とリリア。
カヌレの街に着いて早々に因縁を付けられた彼女だが、ミルクを飲んで機嫌はすっかり元通りだ。
しかしレイダーの考えはリリアと少し違うらしい。
「それは冒険者となる理由だ。俺が言いたいことではない」
あまり興味がなさそうにリリアは聞いている。
ふーんと返した。適当だ。
それよりもSCSが流すニュースの方が、興味を引いて仕方がない。
「探すにしても闇雲ではだめだ。わかるな?」
「ふむ。わかる」
「ある程度の目星をつける必要がある。魔族がいると思しき場所のな」
『今日は3分で作れるクッキーの作り方』
『わーすごいー』
「わーすごいー」
足を止めてSCSの映像を見ていたリリアの首根っこを掴み、レイダーはずるずると引っ張る。
「ある程度の目星をつける必要がある。魔族がいると思しき場所のな」
「たとえば?」
羊ジャーキーを売る露天商の列に加わったリリアの首根っこを掴み、レイダーはずるずると引っ張る。
「カヌレの街近郊にはダンジョンがある。それも地下施設や墳墓とも異なる、大ダンジョンだ」
「ほぅ」
今度は足を止めることなく、リリアは興味深そうな目を向けた。
露天商の客引きの声が遠くに聞こえた。
「ダンジョン、わかるな?」
ダンジョンと聞いてピンとこない者はいないだろう。
洞窟や墳墓、最近では200年前の大戦時の地下施設などもダンジョン扱いだ。
迷宮とお宝。
ハック&スラッシュ。
その中でも大ダンジョンと呼ばれるのは、混沌の神々が作りし超自然の要塞だ。
モンスターが跋扈し、ダンジョンコアが侵入者を狩ろうと手ぐすねを引く。
危険な場所であると同時に一獲千金を狙える。
ハイリスクハイリターンな、冒険者にとっておなじみの場所。
「なるほど。話が見えた。そこに魔族がおるのではと? そういうことじゃな?」
リリアが不敵に口角を吊り上げた。
レイダーは頷いて返す。
「聞いた話だ。カヌレの大ダンジョンには異能のフロアマスターが控えると」
「うむ。部下が有能だと仕事が早い。して、そのダンジョンにはいつ潜るのじゃ?」
実にリリアは満足そうだ。
満足そうにレイダーの後ろをちょこちょこと付いて行く。
露天商がジャーキーを束ねる音や、SCSのノイズ混じりの声にはもう惑わされない。
しかし、レイダーは首を横に振った。
「大ダンジョンに潜るには冒険者として登録するだけじゃダメなのさ」
「それはどういう……」
「さて、姫様。着いたぞ」
レイダーに促され、リリアは見上げた。
彼女の背丈では屋根のてっぺんまで視界に収まりきらない。
人材斡旋業者、職業紹介所、ごろつきの巣窟など呼び方は千差万別。
扉には「ようこそIN」とレタリングされた文字。
ここは冒険者ギルド。
冒険者たちが仕事を求めて集まる、カヌレの街で最も賑わう場所だ。




