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第12話 魔王、カルチャーショックを受ける

 青々とした空が広がり、白い雲が流れていく。

 その街は、石造りの4階建て高層建築物が立ち並び、通りに影を落としていた。

 大通りでは、何人もの露天商が声を枯らして客引きをしている。

 彼らの笑顔の下には、今日の食い扶持を稼がねばならないという悲痛な思いが見え隠れする。

 通りを歩く人々はそんな露天商の声など聞こえぬという風に、携帯型PHS端末(個人用精霊通信器)で通話し、ながら歩きだ。

 肩がぶつかり、どこかで暴言が飛び交っている。

 朝から開いている酒場から怒声が聞こえる。

 メガロポリスと誰かが呟いた。


 ここはカヌレの街。

 冒険者を始めとする武芸者が集まり、各組合と都市貴族が権力を争ってしのぎを削る雑多で騒々しい街だ。

 そんなカヌレの街を真っすぐにぶち抜く大通りの中央で、旅人が3人並んで立っていた。

 棒立ちのせいで、通行人が邪魔そうにムッとした表情をする。


「すみません」


 金髪の女旅人が申し訳なさそうに頭を下げた。

 その動きに合わせて豊かな胸が揺れる。


「カヌレに来たのは久しぶりだが……相も変わらず騒々しい」


 つばの広い帽子を被り、サバイバルカラーの旅人装束に身を包んだ男は顔をしかめた。

 あまりこの街に良い思い出がないのかもしれない。

 そして、最後の1人。

 フードマントを被った魔王は、あんぐりと口を広げて立ち尽くしていた。


「……ここは王都か何かかや?」


 ペニエの村には決してなかったような近代的な街並みに圧倒されていた。

 おそらくこういう光景を期待して、誰も事前に情報を伝えなかったに違いない。

 レイダーは帽子を目深にかぶり、肩を震わしながら言う。


「ただの地方都市だ」

「信じられん……」


 リリアは口を開けたまま周りを見た。

 空を飛び交うのは、裕福そうな一家を乗せたフライングカーペット。

 巨大な牛が引いた客車へ乗り降りする市民。

 路肩に置かれたSCS(精霊通信器スピリット・コミュニケーション・システム)の水晶の表面にニュース映像が流れる。

 ノイズ混じりのなか、映っているのは生まれたばかりのドラゴン。

 耐火防具を着こんだニュースキャスターが、緊迫の表情で「微笑ましいデスネー」と伝える。


「市民どもが耳に当てている板はなんじゃ⁉」

携帯型PHSパーソナル・ハンディ・スピリット端末か。契約した精霊の力によって、声を遠くまで飛ばしている。あれを通して遠くの者と会話ができる」

「水晶の中に小さい人がおるのは?」

「SCSも精霊の力だな。同じく姿と声を運んでもらっている」

「絨毯がなぜ空を飛んでおる⁉」

「フライングカーペットか。原理は知らん。あとあれは高い。金持ちしか買えんな」


 まくし立てるように食って掛かるリリア。

 それらをレイダーは律義に答えていく。

 理解が追い付かない。

 リリアの記憶の中にある人の町と言えば、背の低い家がまばらに建ち、行き交う市民は皆何かに耐えるように歯を食いしばっていた。

 それがどうだ。

 普通カーペットが空を飛びますか?

 彼女の想像力を容易く超越するものばかりだ。

 レイダーは後ろ頭を掻くと、


「まあ……ペニエは田舎の村だしな」

「田舎と都会とかそういう次元じゃない! いくらなんでも変わりすぎじゃろ⁉」

「逆に200年も経ってるんだ。そりゃ技術革新はするだろう」


 何たる暴論か!


「でも、もう少し詳しく説明した方が……」


 見るに見かねたミレットがおずおずと提言する。


「そうじゃ! そうじゃ! いいぞミレット! もっと言ってやれ!」


 ミレットは映像を映し出している水晶を指差すと、


「それに……田舎から出てきた人が、中に人がいると思って水晶を割る事件がよく起こってますし」

「……わしが田舎者と言いたいのか?」


 リリアはジト目でミレットのことを見る。


「いいいいいえ! めめめめっそうもありません!」


 ミレットはがくがくと震えて半泣きだ。震えるたびに胸も揺れる。

 ますますリリアの表情が険しくなった。

 レイダーはどうでもいいと言いたげに、


「実際、200年引きこもっていたのだから変わりはせんだろう」

「よう言うたのレイダー。よほど命がいらぬようじゃな」

「姫様、街中で魔法はご法度です。衛兵がすっ飛んできてます。しょっ引かれでもすれば冒険者登録できなくなりますよ」


 レイダーの方が一枚上手のようだ。

 リリアの表情は苦虫を噛み潰したかのよう。


「ぐぬぬ。おぬしら、ワシの扱いが雑じゃないかや? 我、魔王ぞ。魔王ぞ」


 2人揃ってあらぬ方向を見て知らんぷり。

 なんたる火に油を注ぐ行為か。

 おかげで、わめくリリアの腕が通行人に当たってしまった。


「ぬっ。すまんの」


 すかさず謝るリリア。

 悪いことはすぐに謝る。魔王として当然の対応だ。

 だが相手はそれで収まるとは限らない。

 好機! そう思う輩もいるだろう。


「おいおい嬢ちゃん。謝るだけで済むと思ってんのか?」


 この男のように。


「む?」


 リリアは改めて男を見た。

 モヒカンを7色に染めて、鎧を着こみ、腰に剣を帯びている。

 明らかに一般市民のそれではない。

 似たような恰好をした者が2人、後ろに控えている。

 2人の髪型はダブルモヒカンと逆モヒカンだ。


「嬢ちゃんがぶつかったせいでおニューの鎧が汚れちまったよ。どうしてくれんの?ええ?」


 とうてい新品とは思えないブレストプレートを指差し、7色モヒカンの男は言う。

 これは紛れもない言いがかりだ!


「ふむ。今ワシは謝ったと思うんじゃが」

「だーかーら、謝っただけじゃダメだっつてんだよ。わかる?」


 7色モヒカンの男はリリアを頭のてっぺんから下まで見る。

 特に胸元と腰回りを重点的に見る。


「ビンボ臭い恰好してるね。カヌレの掟を教えてあげようか?うヒヒ」


 卑しい笑いだ。

 不穏な雰囲気が通りに満ちた。

 通行人が視線を反らし、離れていく。

 ミレットは顔を青くして両手で口元を覆った。


「あの人たち、ごろつきなんかじゃありません。Bランク冒険者パーティー『デッドモスキートクラン』の人たちです!」


 聞き間違いであればどれほどよかったか。

 SからDランクまで居る冒険者パーティーでも、Bランクとなれば手練れである。

 トロールすら容易く屠るレベルだ!

 世紀末然とした髪型もただのファッションではない。

 相手を威嚇すると同時に、兜を被った時の蒸れを防ぐためなのだ。匠である。


「最近この街に来て、うちのギルドでも素行不良の問題児で……どうしましょ?」

「うちの姫様なら大丈夫だろ。穏便に済ませてくれるさ。さて、ちょうどあそこにお洒落な立ち飲みバーが」


 レイダーが狼狽えるミレットの手を引き、さりげなく離れていく。

 リリアはそんなレイダーを見て鼻を鳴らした。


「まったく最近の若いもんは」

「ああん? 何か言ったか?」

「うるさい。ワシは謝った。おぬしはそれを許す。それで問題なかろうて」


 7色モヒカンの男のこめかみに青筋が浮かんだ。

 よほど短絡的な性格のようだ。


「なんだてめーこのやろッ! 道のど真ん中でその服、引っ剥がしてやらぁ!」


 7色モヒカンの男がリリアに掴みかかろうとする。

 しかし、リリアは重力を無視したかのようなサイドステップで、易々とその手を逃れた。

 実際、内緒で発動させた重力制御魔法により、彼女に掛かる重力は0.7Gしかないのだ!

 7色モヒカンの男がリリアに触れることなどまず不可能!


 リリアはニタリと好戦的な笑みを浮かべた。


「おぬし、先に手をだしたな?」


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