第11話 村長、予想が外れる
リリアが追放されて1週間が過ぎた。
ペニエ村の村はずれ、そこにあった祭殿は跡形もない。
キャンプファイヤーと化し、全て燃え尽きてしまったからだ。今は地面に黒く焦げた跡が残るのみ。
時折、村の老人が訪れては無情感に項垂れる。
そして、肩を落としたまま自宅へと戻る。
帰る途中に嫌でも目に入るその建物を見て、より大きな無情感を味わうのだ。
ペニエ村の中心にはひと際大きな建物がある。
いかにもな違法建築を繰り返し、黒光りする鉄板で覆った外観は居住者の権力を誇示するかのよう。
村にそびえる黒鉄の城。村長宅だ。
「ふーはっはっはっはっはっ!」
書斎にて、高笑いを上げるのはもちろん村長だ。
部屋の四方にはドラゴン、ユニコーン、フェニックス、グリフォンを模った精巧な石像が置かれている。
壁に飾られた鹿の生首剥製が、虚ろな目で見降ろしていた。
「ふーはっはっはっはっはっ!」
堪えきれないといったように村長は再び高笑いする。
いったい何がおかしいと言うのだろうか。
村長の目前に答えはあった。
テーブルの上には山積みとなった金貨。
もちろんただの村人が手に入れられる量ではない。それはいかに村長と言えどもだ。
この山積みとなった金貨は、教会勢力の一員となる報酬として得た金である。
教会を建てるための協力金という名目で支給されたので、賄賂ではないという方便だ。
なんたる欺瞞か。
しかも、建設費は別途出ていることを他の村人は誰も知らない。
さらに村長は暗黒じみた思考を走らせる。
「村人を使えば人件費が浮く。ふはははは! 実質、建設費も俺のものだ!」
恐るべき中抜きだ!
しかし、何も知らない村人には止める術はない。
何も知らないのなら騙されていることにはならない。全ては村長の思うがままなのだ。
村長は3度目の高笑いをする。
「後ろ盾は得た。これでさらに村は大きくなり、俺の懐も温かくなるわい」
村長は立派な髭を撫でる。
「これを足掛かりとし、資金を得て、俺はさらに権力と金を得るのだ。教会勢力に取り入り、こんなちっぽけな村ともおさらばだ! ふっはっはっはっはっは!」
機嫌よく4度目の高笑いをした。
「土地神がどうした! そんな古臭いものを崇めても一銭の価値もないわ! 祭殿など暖炉にくべてやればよい!」
今思い出しても祭殿を放火したのは胸がすく思いだ。
「金! 人手! 最新技術! 村はさらに発展するのだ! 俺の采配によってな!」
村長は酒を一気に呷る。
美味い。成功の2文字が酒のうま味をさらに引き出していた。
村長は人生が昇り調子になることを信じて疑わなかった。
金と権力がすぐそこに、手を伸ばせば届くところにあるのだから。
もちろん――彼の背後に、暗い影が忍び寄っていることなど夢にも思っていない。
「村長!」
書斎のドアが勢いよく開かれ、若い村人が転がり込むように入ってきた。村長選の折に、中をくり抜いて金を詰めた薪で自陣に引き入れた忠実な手下だ。
村長は目にも止まらぬ手捌きで、金貨をテーブルの引き出しに仕舞い込む。
そしてノックもせずにドアを開けた無礼者に怒鳴った。
「てめぇ! わかってんだろなァーッ!」
たまらず村人は竦み上がった。
「ビビッてねーで要件を言え!」
「そそそ村長、報告です……麦が! 麦が!」
「麦がどうしたって?」
村人の顔に怯えの色が浮かんだ。
これは村長の凄みによるものではない!
「麦が黒くなってます! 痩せています! もうダメだお終いだ!」
村長の手から酒の入ったコップが落ちた。
――土地神を追放して1週間。もう影響が出始めただと?
にわかに信じられなかった。
しかし、村人の報告が事実だとすると信じざるを得ない。土地の劣化が始まったのだ。
「ファック!」
村長は舌打ちをなんとか堪えた。
あの古臭い土地神のせいで教会勢力に目を付けられた。
恐ろしい異端審問の疑惑を、だ。
どうにか逃れるために土地神を上手く利用してやったら、笑えない置き土産をされた気分だ。
――フザケルナ!
村長は拳を固く握った。
――骨董品にいいようにされてたまるか!
「刈り取れ」
村長の命令は極めて冷静なものだった。
村人は一瞬何を命じられたかわからなかった。
「エ?」
「刈り取れと言っておる!」
村長が拳をテーブルに叩きつけ、今度は威圧的に命じた。
「ひぇ!」
「全てがダメになる前に、可能な限り回収しろ」
「は、はいィー!」
「麦だけでない。野菜や飼い葉、全てをくまなくチェックせよ」
「な、なんで?」
村長は椅子を蹴倒し立ち上がった。
「馬鹿者ォーッ!」
家屋そのものが揺れるほどのシャウトだ。
村人は恐ろしさのあまり竦み上がった。
「土地神が去り際に何を言っていたか忘れたのか⁉ 加護がなくなり、土壌が悪化している。まだ最新の農耕法で土壌改善もしてないんだぞ! そんなことも分からんかッ!」
「はい! わかります!」
「なら早く行けぇい!」
「はい!」
村人は入って来た時と同じように、出て行くときも転がるようだった。
村長は蹴倒した椅子を戻し、座る。
開けっ放しのドアを睨みながら、つぶやく。
「マズい」
村長の額に汗が滲む。
「非常にマズい」
このままでは農作物は全滅し、村はお終いだ。
権力も金も全て失われる。
それどころか土地神のチカラで繫栄していたと指摘されれば、教会勢力は手のひらを返すやもしれない。
「気取られる前に、一刻も早く土壌改善が必要だ。教会の、南の最新農法が……」
すると、別の村人がやって来た。
「村長! 教会から神父様が来られました」
――でかした! これで最新農法が導入できる!
村長はほくそ笑むと、神父をこの部屋に通すよう村人に伝えた。
神はまだ俺を見放していない。
神を追放した男はそう思った。




