綺麗事が嫌いな悪役はキレる
「なんでそんなことするの?」
彼女は泣き出した。
私は溜息を吐く。
いつものことだ。
私の近くに寄って来て、彼女が気に食わないことをすると、私が悪者のように泣き出す。
そして…
「どうしたんだ、メアリ」
奴がやってくる。
奴こと、王太子殿下は私をキッと睨んだ。
「ルイス嬢。何故こんなことを?」
「は?」
私は腕組みをして、微笑を湛えた。
彼は今まで、私が何も言ってこなかったのに、急に態度が豹変したので驚いたようだった。
「こんなことって?」
私は首を傾げる。
「メアリが泣いているじゃないか。君が泣かせたんだろう?」
「その女が勝手に泣き出したのよ」
私は冷たい目でメアリを見る。
メアリは目を擦って、涙を流している可哀想な女の子…のふりをしている。
「勝手に泣き出すなんてことあるはずないだろう。君が何かしたんだ」
「はっ。笑えるわね。未来の王ともあろう方が、現場も見ず、私が何かをしたって決めつけるのね。貴方はきっと独裁者の暴君って歴史に残るわ」
王太子は眉を寄せ、こちらを見る。
「では、なんでメアリは泣いてるんだ?」
「知らないわよ。勝手に泣き出したんだもの」
そこでようやくメアリは口を開く。
「ひどいです、ルイス様。私悲しいです」
「そう」
私は冷ややかな視線を向ける。
「で?」
少し口元を緩め、弧を描かせる。
「それがどうしたの?」
「そんな言い方ないじゃないか」
王太子がメアリを庇うように私の前に立つ。
「じゃあ、こう言えばいい?
それがどうなさったの?」
可笑しくて笑える。
私は久しぶりに大声をあげて笑った。
王太子は顔を真っ赤にして怒っている。
「悲しいと言っているんだ。もう少し彼女の気持ちも考えてやったらどうだ」
「あら。私、別にメアリ嬢のことが大事じゃありませんから。メアリ嬢が嬉しかろうが、悲しかろうが、別にどうでもいいんです。どうでもいいことを報告されても困ってしまうでしょう?」
それに、と私は加える。
「私は何もしていないわ。歩いていたらそこの小娘が後ろからやって来て、でも、私のスピードに追いつけなくて泣き出したの。意味がわからないわ」
ストーカーの歩幅に合わせろなんて無理な話である。
「だが、今までだって君はメアリに色々と嫌がらせをしてきたんだろ」
「違うわよ。この小娘が『私、みなさんと仲良くなりたいんです』とか、戯言を言い出してから、仲良くなれない私につきまとうようになったから、邪険にしてただけ。この小娘が近寄らなかったら何もしないわよ」
私は頭を押さえる。
「私、この小娘が嫌いなのよね。なのに、仲良くなりたいって付き纏われて。むしろ私が嫌がらせをされた方だわ」
王太子は言う。
「仲良くすればいいじゃないか」
「聞こえなかった?私、この小娘が嫌いなの。わかる?嫌いな小娘と仲良くして、何が楽しいわけ?私はその小娘のために生きてるんじゃないのよ」
私は笑うと、王太子のところまで歩いて行く。
そして、彼のネクタイを掴んで私の顔に近づける。
「私はあんたも大嫌い。自分が正しいと信じて疑わない偽善者だもの」
私はネクタイを離し、汚れを落とすように手をパンパンと叩いた。
「ではごきげんよう」