クラブ活動3
ルイーズが目を開けると、そこは建物の中だった。
この感じからして、校舎に戻ってきたということでしょう。校舎はどこも似たような感じだ。間違いない。
ルイーズは人の気配がする方に足を進めた。静かな廊下に一人分の足音が響く。ルイーズは、大きな扉の前にたつ。ここがルイーズたちが目指していた教室だ。礼儀としてノックをすると、中から聞き覚えのある女の声がしてきた。
「失礼します」
扉を開けると、中には白衣を着た初老の男性と女子生徒がいた。独特な水色の髪を持つ少女は一人しかいない。リーシュリ·アルクォードだ。ルイーズは、一瞬きだけすると部屋に入った。二人は会釈だけする。
「こんにちは、ルイーズさん。君が一番はじめだ」
初老の男性はメガネの縁を指であげると、紅茶を啜っている。この人が龍の言っていた人物だろう。本当に茶を啜っている。
「ようこそ、生き物クラブへ。私が顧問のジェイド。こっちが昨日入部したばかりのリーシュリ君だ」
「······リーシュリ·アルクォードです。お見知りおきください」
「ご丁寧にありがとうございます。ルイーズと申します」
リーシュリ·アルクォードは、随分と内向的な人物のようですね。今も私の目をそれとなくそらしていますし。
ルイーズは、リーシュリに対しては微笑むだけで、すぐにジェイドの方へ視線を移す。
「移動魔法という貴重な体験をありがとうございました」
「こちらこそ、あの龍があんな愉快げな様子なんて初めて見たよ。何を言ったのか教えてもらっても?」
「それは内緒ということで」
ルイーズは、敢えて誤魔化すことなく、内緒だと言う。これで無理矢理問うことはマナーとして出来ない。先手を打つことにしたのだ。
きわどいことを話しましたから、予防線を張っておくに限ります。ジェイドは、残念と言いながら全く残念そうに見えなかった。
しばらくして、リアスが現れた。了承を待ってから入ってくる。
「失礼します」
リアスの紫の瞳がルイーズに向けられる。安堵したように少し目元が和らぐ。移動魔法を急に掛けられたので心配してくれたのだろうか。
ジェイドに挨拶をすると、ルイーズの隣に座る。二人を待つ間は、手持ち無沙汰だったので、リーシュリと二人でティータイムをとっていたのだ。
テーブルには、色取り取りのお菓子が並んでいる。これら全てリーシュリの手作りだ。ルイーズは、カーファを使ったお菓子を食べている。カーファの苦味と香ばしさが病み付きになる。
「ルイーズの方が先だったな」
「とはいえ、つい先ほどですよ」
リーシュリがリアスの紅茶を持ってくる。
「紅茶をどうぞ。お菓子もお召し上がりください」
「ありがとう。リーシュリ嬢」
紅茶を差し出す仕草はどれも綺麗だ。リアスもそれに気づいているようだ。リアスのファンに対する、サービス用のスマイルを浮かべている。
「ルイーズは、甘いのは苦手だったよな?」
「ええ。ですが、このお菓子は甘さが控えめでスゴく美味しいですよ」
ルイーズは、お菓子の一つを摘まむと口の中にいれる。リアスがそれとなくだが、他人から出されたものを食べないことを知っていたからだ。ファンから貰ったお菓子をルイーズの前で一度も食べたことはない。
所謂、毒味をして見せたのだ。
ルイーズが飲み込むのを確認してから、リアスも一つ摘まんでいる。
「上手いな。リーシュリ嬢はお菓子作りが得意なのか?」
「はい、趣味がそれしかないものですから······。お口に合ったようで何よりです。」
リーシュリは、控えめに笑みを浮かべる。
「趣味でここまでの物が出来る方は、中々いらっしゃらないと思いますよ。もしよろしければ、今度作り方を教えてくださいませんか?勿論無理にとは言いませんが。私はカーファに目がないものでして」
「······良いですよ。今度一緒に作りましょう」
「ありがとうございます。アルクォードさん」
「リーシュリと呼んでください」
「私もルイーズで構いませんよ」
リーシュリが嬉しそうに微笑む。暗そうな感じの人だが、笑えば可愛らしい人だ。
「そういえば、グレゴリオ遅いな。俺は例の首無し騎士に会ったぞ。そっちはどうだった?」
「私の場合は龍でした」
「龍ですか!?」
リーシュリが驚いた声をあげる。
「はい、紅い鱗の龍です」
「龍に会ってよく無事に帰ってきたな」
「ジェイド先生とお知り合いのようですよ。それに、リアスさんの方に現れた首無し騎士も、冒険者ギルドの魔物レベルではAランクオーバーですよ」
「意外と気の良いやつでな。まぁ、お互い無事で何よりだ。リーシュリ嬢はどうだったんだ?」
「私の場合は、水の精霊です。海のような場所でお会いしました」
三人で自分達が会った生き物について話していると、漸く最後の一人が入ってきた。
「二人ともずるいッス!俺散々な目にあったんスよ!」
グレゴリオは、学生服は所々乱れて、灰色の髪の毛はセットをしていたはずなのにアチコチに跳ねている。リアスとルイーズを睨み付ける目には水の幕が張っている。
「おいおい、どうしたんだ?グレゴリオ。ひどい有り様だな」
「急にバンシーに襲われたんッスよ!」
バンシーと言えば、泣き叫ばれた人は死ぬと言われている。特徴的なのは、目が泣き腫らしているせいで紅く染まっている。ただし、男性の場合バンシーと恋人関係に成れば助かると聞いたことがある。
他には、泣き声が聞こえない場所まで全力で逃げると大丈夫なはずだ。
グレゴリオは、後者を選んだのだろう。所々に葉っぱが乗っている。リアスがそれを払ってやっている。
「君で最後だよ。グレゴリオ君。今年の入部生は、四人か。何時もより多いね」
ルイーズは、目的が出来てしまったことで入部せざるを得ないが二人はどうでしょうか。グレゴリオは、ここまでやったら自分に利益が出るまでやめないでしょうけれど。リアスさんは、第五皇子。こんなとんでもない人物のが顧問のクラブに入るのは如何なものでしょうか。リアスさんが入りたくても、周囲が止めるかもしれません。
「よろしく頼む」
リアスさんの言葉を皮切りに、四人が入部の意思を示す。
「歓迎するよ。この魔物保護クラブは、文字通り魔物の保護をしているんだ。怪我をしていたら治したりしてね。それについては、大体は知力のある魔物だけだよ。後は学校で飼っている魔物のお世話とかね。魔物の生態記録とかもその一つだよ」
「魔物のお世話と言うが、魔物は何処で飼われているんだ?」
「良い質問だね。君たちが僕の移動魔法で飛ばしたところだよ。魔物は環境を整えることも大事でね。そこに関する費用がバカ高くなってしまう。だから、魔方陣で各場所に繋げてある。君たちを飛ばしたのも、予行練習みたいなものさ」
ジェイド先生は、笑いながら自分の白い髭を撫でているが、やられた方は堪ったものではない。このクラブの人数の少なさは確実にこの先生のせいで間違いない。
「これで篩にかけているのか」
「おそらく、魔物に不用意に近づかない教訓的な意味もあるのでしょうね」
「それもあるが、魔物に遊び半分で攻撃しないようにという意味もあるんじゃないか?」
「十分にあり得そうです」
ルイーズとリアスは、食えないジジイだな、と気持ちをシンクロさせていた。
「そうそう、君達にこれを渡し忘れていた」
ジェイド先生が杖を振る。棚が独りでに開き、中から何かが四つ出てくる。
魔法で浮かび上がった拳大の丸い玉がそれぞれの前に来ると、ピタリと動きを止める。ルイーズの前のは黒色をしていた。眺めるだけのルイーズに対して、リアスは、手で持ってみている。
「妖精の卵だよ。育ててね」
「具体的にはどうするんスか?」
「思い思いにやってくれ。君達にピッタリな妖精が生まれてくるだろう」
適当すぎる言い方に、四人の頭は困惑してる。ルイーズは卵を両手で包みこむ。無機質な見た目と反して、ほんのりと温かい。表面はつるつるとしている。
「ああ、勿論隣の部屋の書庫で調べても良いからね」
説明をしてくれないことは、よく分かった。
職員会議があるからと出ていくジェイド先生を見送って四人は書庫に来ていた。最後の最後まで笑みを浮かべていたジェイド先生は、四人の困惑が手に取るように分かっていただろう。全くイイ性格をしている。
片っ端から、妖精の卵について書かれていそうな本を引っ張り出す。真ん中に設置されていたソファーに腰を掛けて読み始めた。
「今更なんスけど。妖精と精霊の違いって何なんスか?」
「······グレゴリオ君、精霊は主に火·風·水·木·土·光·闇の7つの属性があり、それを一つずつ持って生まれてきます。妖精はそのような属性はなく、様々なものに特化したものを持って生まれるのです。花や糸を属性に持つものも居るそうですよ」
「妖精が花や糸ッスか。ジェイド先生が思い思いにとおっしゃっていたのはそういう意味ッスか。孵化する間の行動によって変わるんスね」
リーシュリとグレゴリオの会話を聞きながら、黒い妖精の卵を見る。色々と成長過程があるそうですが、私の今の状況を考えると、妖精に悪影響は出ないのでしょうか。
親指でそっと表面をさする。
「ルイーズ、何か心配事があるのか?」
「いえ、何でもありませんよ。こちらの本には成長後のものは載っていたのですが、卵については書かれていないです。そちらはどうですか?」
「こちらも妖精の分布状況はあるが、具体的な育ち方は書いてないな」
「分布ですか」
リアスが図になっているものを見せてくれる。
「この地図は、いつのものかわかりますか?」
「ああ、これは二年前に作成されたものだな」
二年前ならば、そう地形も変わっていませんね。頭の中から魔力が多い地域と妖精の分布を照合していく。
「なるほど」
「何か分かったのか?」
「魔力の素である魔素は人間の中にもありますが、魔物の発生地点も魔素溜まりがあることはご存じですよね」
「ああ、勿論だ魔素溜まりは魔物が闊歩している所だからな。知らない者は居ない」
「その魔素溜まりが丁度この妖精の分布の中心にあるんですよ」
「本当か!?」
「間違いありません」
白蛇傭兵団の副団長と団長は、突発的な指揮を執ることもことも多い。団員を魔物を出来る限り刺激しないためにも、知っている所は完全に頭に入れるようにしている。
妖精の育成の突破口を見つけて喜ぶ三人を他所にルイーズの顔は浮かない。
魔力が成長には必要ということですよね。簡単な魔力操作でも、魔力欠乏症になる状態では妖精に分け与えることは不可能に近い。一般人でも魔力は絶対に少量は持っている。ゼロな人はいない。少しでも成長をしなければ怪しまれる。
早急に手を打たなければなりませんね。
頭では心当たりを探りながら、表面上は喜んでいるように見せた。