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紅き龍  作者: 化猫
6/7

クラブ活動2

2021/7/10 一部修正



「ここがそうですか。近くで見ると、より古びた印象がありますね」


 ルイーズとリアス、グレゴリオの三人は、寂れた建物の前に立っている。草むらは、のびのびと生えていたが、玄関口へつながる人ひとり分は通れる幅があった。その跡を通って、玄関までたどり着いた。

 辿り着いたは良いが、見た目の印象からは、今にも壊れてしまいそうな雰囲気が漂っている。所々の外壁に亀裂が走っている。窓から見ただけでは分からなかったが、蔦は玄関口である茶色の扉にもびっしりと這っている。幸い開けるためのドアノブには、蔦はついていなかった。他の校舎を見ると、ここの寂れ具合に躊躇する。


 リアスも腰に手を当てて、建物をジッと見ている。その神秘的な紫の瞳は、キラキラと輝いている。口元も少し緩んでいた。



「魔物を飼育しているなら、この建物でちゃんと飼育は出来てるのか?」

「推測の域を出ませんが、この建物全体に薄い結界が張られているような感じがします」

「結界か。それに付与して、物体強化でも付けてるのかもしれないな」


 リアスが、手の甲で壁を叩く。今にも落ちてきそうな外壁は、剥がれることはない。そのまま壁に沿って草むらを歩いていく。グレゴリオもリアスに付いていった。


 ルイーズは、人目を確認してから、手を壁に当てる。壁のザラリとした感触が伝わってくる。

 今のルイーズには詳しいことは把握できないが、どの様な魔法が掛けられているかは分かる。


 手を通して壁に掛けられた魔法を読み解いていく。

 体に痛みが走る。針に体を貫かれるような痛み、内蔵を揺さぶられる感覚がルイーズに襲い掛かる。


 魔力が枯渇している状態で、魔法を発動しようとすると出てくる症状だ。背中を嫌な汗が伝う。本来ならば、寝れば魔力は回復する。今日一日一回も使っていないルイーズが、魔力欠乏の症状が出るのはおかしいのだ。


 自らの体なのにままならない感覚に、眉間に皺が寄る。


 あれからもう半年は経っているというのに、あの悪魔は私にご執心のようですね。


 戦場で会った悪魔の醜い姿を思い出す。人の血肉を浴び、恍惚に浸るその姿は、醜悪と言う以外になんと言えようか。

 ルイーズにとっては、副団長として働けなくしたことが、何よりも忌々しい。


「チッ!」


 普段はしない舌打ちが、如実にルイーズの苛立ちを表している。体の痛みが酷くなり始めた頃に感覚を切る。体を刺す痛みは、少しずつ和らぐ。震える手も収まってきた。思考を切り替えるために一度頭を振った。壁に意識を戻す。


 壁からは、結界特有の魔力の並びを感じた。結界魔法は独特な魔法で、魔力を均一に張り巡らせることが求められる。結界全体の魔力濃度を一定にしなければ、すぐに結界は壊れてしまう。


 この張り方は、生徒ではできないでしょう。クラブの顧問が張ったのでしょうか。


 ルイーズは、壁から手を離す。

 ルイーズは、リアスに視線を送る。リアスも外を確認するのは終わったのだろう。草むらを掻き分けたことで、服についた汚れを払っている。

 リアスの瞳がルイーズを見据える。


「ルイーズ何があった?」

「いえ、何もありませんでしたよ」


 確信をもって問うリアスに、ルイーズは柔らかく微笑んで堂々と誤魔化す。それでも紫の瞳はルイーズを捉える。小首を傾げて見せると、仕方ないなと言わんばかりの表情で、視線を外す。


 相変わらず勘の良い方です。グレゴリオは気づいていないのに、気づかれるとは思いませんでした。


 グレゴリオとて、鈍いわけではない。むしろ鋭い方だ。長年の付き合いのあるグレゴリオならともかく、リアスの方が気づくとは。ルイーズは、グレゴリオと話し合うリアスを見据える。


「グレゴリオ、部室は何階だ?」

「2階の一番奥の実験室ッス」

「階段の位置は?」

「廊下をまっすぐ進んで、右手に出てくるッスよ」


 リアスは、グレゴリオから情報を貰うと、ルイーズを見る。


「中に入ろうと思うんだが、どうだ?」

「構わないですよ。入った途端、崩落ということは起きないと思います」


 リアスは、ルイーズの返答に頷く。


「グレゴリオは、どうする?」

「付いていくッスよ。中が本当にどうなってるのか気になるッス」

「そうか」


 リアスが扉に手を掛けるのを後ろから見る。中は、真っ暗で明かり一つない。ここは建物の構造上光が一切ないのはあり得ない。扉から中が見える範囲も狭すぎる。明らかに魔法で光を操作されている。ルイーズは、服の裾に仕込んである短剣をすぐに取り出せるように、手首近くまで持ってくる。


「では、行くか」


 ルイーズはリアスの次に中に入る。その瞬間、自分が移動魔法を掛けられたことに気づいた。



「これは、困りましたね。一体ここは何処でしょうか?」


 移動魔法を掛けられた後、視界は先ほどの暗闇は嘘のように明るかった。しかし、目の前は建物の中だとは、思えない風景となっていた。

 目の前は、森だ。くるぶしまで伸びた草に、空を突くように高い樹木が何十本もそびえたっている。目の前は、唯一の開けた場所のように、大きな湖が広がっている。透き通るような水は、中を悠々と泳ぐ、魚の形をした魔物を容易に見せる。樹木の合間から木漏れ日が湖を照らす。


 このように穏やかな場所は、落ち着きます。

 ルイーズは、突然移動魔法を掛けられたという動揺すら見せずに、森林浴のように楽しんでいた。


 移動魔法は、壁に魔法をかけた人物と同一人物だ。流石に学園側も、あのような場所に知らない者が根城としていれば気づく。ということは、これを掛けた人物は特に悪意をもって移動魔法をかけたとは思えない。それに、リアスさんとグレゴリオと離した技術を思うと、相当優秀な魔法師だ。


「どういう意図をもって移動魔法をかけたのでしょう?あたりを散策してみましょうか」


ルイーズが一歩足を踏み出した時、背筋が泡立つ。脊髄まで染みついた行動が思考に入る前に、袖口からナイフを抜き取り、殺気の方向へ構える。

 ルイーズの目が辺りを探る。


「流石、我が同族を殺しただけあるな。名乗れ女子よ」


 目の前に巨体が降り立つ。体中を光沢のある固い鱗で覆い、空を自由に翔る獣。恐ろしく知恵がまわり、古の魔法を使う生物。

 紅い体の持ち主である龍は、面白そうに金に光る眼を細める。


 まるで三日月のような瞳を見た途端、寒気を感じてその場から飛びのく。ルイーズが立っていた場は、地面が焼きただれた。土が赤く熱を持ち、異様な音を立てている。


 名乗れと言いながら攻撃を仕掛けてくるとは、趣味の悪い事です。本来ならば、一生お目にかかることもない存在のはずなのですがね。よりにもよって、こんなところで二体目と会うとは、私もツイていません。


「私は、ルイーズ。何か御用でしょうか?」


 ルイーズは、人体で受けたなら、完全に跡形もなくドロドロに溶けてしまうであろう攻撃を見ても、恐れを感じない。今も周囲に神経を張り巡らせて、逃げる算段を練っている。そうしていても、決して目の前の龍からは目を逸らさない。


 自分の主要な武器を持っていない今、龍狩りをするのはこちらの分が悪すぎます。といっても、簡単に逃がしてくれないと思いますが。


「我に対して、何用かと聞くか!」


 龍は、傑作だと笑いだす。龍が大声で笑うのは、ルイーズも初めてだ。いや、この世で龍が大爆笑する姿を見た者は居るのだろうか。

 ルイーズはこれを好機とみて、練っていた逃走経路へ走る。しかし、それを想定していたように、ルイーズの体を尻尾がからめとった。体を締め上げるように、尻尾に力が入れられる。肋骨から嫌な音がしてくる。このバカ力が!内心毒づきながらも、手にしていたナイフを絶対に手放さない。


「逃げようとするな。ルイーズ。お前を喰ってやろうと思ったわけでもない。勿論嬲り殺してやろうともな。礼が言いたかっただけだ」


 龍の瞳には、静かな光が宿っている。知性の証とでも言えよう。同族を殺されて怒りに染まらない龍は居ない。この龍は、全てを知っているのだ。手や足から力を抜く。同時に尻尾の力も弱められた。


「礼ですか‥‥‥」

「ああ、あの龍は狂っておった。龍は伴侶を亡くし、狂えばもう二度とまともには戻れん」


 苦い記憶が頭をよぎる。龍と言えば、ルイーズには、今回を除けば一度しかない。


 ルイーズが悪魔と対峙し、魔力を使えなくなる前のことだ。ルイーズは副団長として、国外に逃亡した犯罪者の殺しの依頼を受けていた。その男は、国の研究者であったが、法を犯した。龍に手を出したのだ。龍は情が深い生き物。自らの伴侶と同族の子どもを大切にする。下手に手を出せば、大量の龍が群れを成し、国に襲い掛かる。その前に、男を殺し、怒りをおさめるのがルイーズの役割だった。


 男が逃げた先には、森に隠れるように研究施設があった。その中に龍が三体囚われていた。ルイーズは、すぐさま男を殺したが、時すでに遅く、一体の龍が死んでいた。その番であったであろう赤い龍はその事実に狂い。何もかもを破壊せんとする暴虐の塊になっていた。ルイーズは、苦戦を強いられたが、何とか全身の骨が使い物にならなくなる程度で済んだ。

 残された龍の最後の一体は、まだ幼い小龍だった。まだ人化も出来ない子ども。その瞳からボロボロと大粒の涙を流し、声を上げ、もう動かない親にすがりついていた。

 ルイーズは、その小龍に噛みつかれ、ブレスで攻撃をされた覚えはあるが、小龍を親から引きはがし、睡眠薬で眠らせた後は、記憶がない。その後一週間にわたり、高熱に侵され、意識が無かった。


 その小龍は、団の中でもそういうことが得意な者に預けられ、群れに返したらしい。団長にそう聞かされた。


 ルイーズは、キュッと口を閉じた。


 ·····龍は賢い生き物だ。それに見合った魔力も力も持っている。人間ごときをだます必要はない。つまり、すべては事実を言っているに過ぎない。警戒心を和らげる。


「‥‥‥あれに礼は要りません」


 ルイーズは、脳で蘇る悲痛な叫びを追い払うように首を振る。小龍に噛まれた腕の傷は、今もクッキリと残っている。痛んだ気がした。


「あれには、子がおったな」

「ええ、私は親殺しです。恨まれる覚えこそあれど、礼を言われることはありません」

「それでも、礼をいわねばならん。狂った龍は子どもを子どもと認識できん。下手すればその子も親により死んでしまっていた。親が子を殺す不幸はあってはならんことだ」

「‥‥‥」


 龍の尻尾から、地面に下ろされる。ルイーズは、しっかりと足で地を踏ん張る。ナイフを袖口に再び隠し直した。龍もこれ以上何か言うことはないようだ。


「ルイーズよ。学園まで送ろう」

「それは助かります。ところで、あの魔法陣は何ですか。生徒に勝手に移動魔法をかけるのは危ないでしょう」

「その心配はいらん。あ奴と繋がりの深い魔物の元にランダムにやってくるようになっておる。なんでも、勝手にあ奴の建物に入ってくる者が居って、面倒くさいから二度と来ないように魔法陣を張ったと申して居おったな。ようは、我らは怖がらせ要員だ。後はクラブに加入したい者の試験のようなものだと笑っておった」

「‥‥‥先生はぶっ飛んだ人物だ、ということはよく分かりました」


 この世のどこに、龍でドッキリを仕掛けようとする者がいるのだろうか。まだ見たことのない先生だが、猛烈に関わり合いたくない。校舎に来てしまったことを後悔し始める


「もう遅い。あ奴は、転送魔法でこの状況を茶をすすりながら見ておる」


 嫌そうに顔をしかめるルイーズに顔を近づけた。龍の大きな口が目の前にある。咄嗟にバックステップを踏みそうになる体を胆力で押しとどめた。


「そなたのその身に巣食う悪魔は厄介だろう。あ奴の資料の中には、そういう類もあったと記憶している」

「筒抜けですか。人のプライバシーを軽々しく見ないで頂きたいです」

「仕方ないであろう?龍はそういう生き物だ」


 フフンと自慢げにする姿は、愛嬌がある。全速力で逃げるほど恐ろしい生き物だが。


「それでは送っていただきましょう。残念ながら、今の私は使えませんので」

「よかろう。また遊びに来いルイーズ。歓迎しよう」


 体を魔法陣が包みこむと、風景がゆがんだ。





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