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紅き龍  作者: 化猫
5/7

クラブ活動1


 漸くこの平穏な時間に慣れ始めた。

 特に、ベッド生活がこんなにも長引いたのは、初めてだ。いつもは寝袋か、地べたで寝る生活をしていた。普通の人なら、快適だと思うベッド生活も、ルイーズにとっては慣れないものだ。睡眠がしっかり取れるだけで、気分も違う。授業にも身の入る。


 今日は、薬草学の授業だ。先生の机には、ビーカー等の実験器具が置いてある。火で、ガラス越しに薬品が炙られていた。薬品の生成過程を実践しながら、口頭で説明していく。


 薬品は、傭兵にとって生きていく上で必須アイテムだ。ルイーズも何がどのような効果を持つかは知っているが、具体的な成分については知らなかったので、いつも熱心に聞いている。お陰で手がインクで真っ黒だ。


 先生がマニアックなところまで解説するので、一部の生徒には不評そうだ。何人か船をこいでいる。先生は早口で説明していくので付いていくのが大変なのだ。リアスに勧めて貰った羽ペンの書き具合はとても良く。サッサと書けて、メモを取るのにも困らない。


 授業の内容で応用が効きそうなものは、団長の手紙に追記として送っている。団長も想像以上の役立つ情報に満足しているようだ。


 ルイーズも比較的にこの非日常を満足していた。しかし問題なのが、何故かリアスと授業が被ったことだ。被るのはまだ良い、クラスも違うのでクラスメイト達と授業を受ければ良いからだ。なのに、何故か隣で授業を受けている。


 そこはかとなく、リアスに冒険者ギルドでの変装がルイーズだとバレているような気がするのだ。あれからルイーズに向ける視線は、より一層好奇心を向けられている。踏み込むような発言をしてこない分、質が悪い。観察するだけのせいで、咎めることもできない。

 ルイーズの情報を探っているようならば、情報屋の方に圧力を掛ければ良いのですけど。そういった行動は起こさない。しかも、大半の授業が被ってしまっているせいで、逃げることもかなわない。


 それにしてもここまで執着されるのは、全くもって理由が分かりません。ある程度、好奇心を満たしてやれば良いのかもしれませんが、リアスさんに情報を与えると、踏み込んで欲しくない所までたどり着いてしまいそうですし。簡単に情報は渡せません。


 授業に悩むふりをして、痛む頭をそっと抑える。これまでもそれとなく、リアスと離れるように動いていたのだ。その努力も虚しい結果に終わっている。


 敢えて隣が埋まる位置に座っても、リアスが上手い事言って退かしてしまう。それが毎度のことで、何故かルイーズとリアスが隣り合って授業を受けるのが、当たり前のような雰囲気になっていた。そのせいでルイーズが座る隣は自然と開けられるまでになっていた。


「ん?何か分からないところでもあったのか?」


 無駄に爽やかな笑顔だ。リアスの笑顔を見てしまったであろう後ろに座っていた生徒が、黄色の悲鳴を飲み込む。リアスはどうも女子生徒に好評のようで、今のように女子生徒から熱い視線を向けられている。最近では、ファンクラブが出来たそうだ。そのファンクラブを取り仕切っているのが、何を隠そうあのスィーナだ。本当に貴族の考えていることはよくわからない。


 そして一番分からないのが、そのファンクラブの会員だ。ファンクラブに入るほどリアスが好きならば、その隣に座るチャンスは、是が非でも自分のものにしたいでしょうに。何故かルイーズを邪険することなく、見守られている生暖かい視線を送られている。グレゴリオにも聞いたが、下町なら即キャットファイトっスよと、不思議そうだった。


「別にありませんよ」

「なら良いが、分からない所があれば言えよ。ルイーズの着眼点は面白い」

「学がない分、常識に凝り固まっていないからでしょう。リアスさんの疑問点の方が私は有益だと思いますよ」

「それは光栄だ」


 軽口をたたき合いながらも、メモを取る手を休めない。


 授業が終わりに差し掛かった。気の早い生徒はもう授業の用意を仕舞っていた。


「ルイーズ、この後はどうする?予定がなければ、クラブ活動がそろそろ始まるそうだが、一緒に見に行かないか?」

「クラブ活動ですか」


 この学校は、クラブ活動というものがある。ルイーズは、放課後は護衛の裏方に回るつもりだったのだが、部下が緊張するから止めてとヴェナから言われていた。情報の裏取りも、ヴェナの部下たちがやってくれるそうだ。


 ぽっかりと空いてしまった放課後に、ルイーズも困っていたのだ。その上、団長には学生らしいことをした報告書も出せと言われている。原因は、ルイーズの手紙が毎回レポートが何枚も入っているせいでもあるのだが。


 クラブ活動は、如何にも学生らしいものではないでしょうか。ですが、リアスさんとこれ以上の接点をもっても良いものなのでしょうか。ここで、断ってクラブ活動に入らなくても、リアスさんと居ることになる気もしますし。


 クラブに入っていなくても、放課後は一緒に図書館で調べものをしている。最近は一緒に居すぎて、慣れ始めていたのを強く感じる。


 仕事を抜きにすれば、ルイーズにとっては、リアスとの相性はかなり良いと思っている。お互いの話にもついていけて、議論もできる。尊敬もできる相手だ。ルイーズも嫌いな相手ならば、バッサリと関係を切れる。仕事であっても、邪魔ならば容赦なく切る。この仕事でありながら、休暇中ということもあって、判断に苦しむ。


「そうですね。私もクラブ活動には興味がありますので、ご一緒させていただきましょうか」


 ルイーズが口を開いた時に、ちょうど邪魔をする声がする。


「男を連れてクラブ活動とは、随分なご身分ね。それとも授業なんて余裕なのかしら」


 ルイーズに厳しい声を掛けるのは、ベレッタだ。ルイーズに鋭い目を向けている。何故か毎度毎度ルイーズのことを貶すのだ。一日一回は必ず文句を言いに来る。リアスも始めは、珍妙な生き物でも見たような目を向けていたが、今は関心を向ける素振りも見せない。


「折角学園に来たのだから、学生らしいことをしようと思いまして。ベレッタさんも如何です?」

「あら、私はそんな遊びに時間を割く暇はないの。貴方みたいに暇人じゃないから。失礼するわ」


 ベレッタは、ルイーズを鼻で笑うと、赤紫の髪を翻して教室を出て行く。


 やはり、あの特徴的な赤紫の髪は何処かで見た覚えがありますね。依頼主との対面でそれに付き添った時ぐらいしか、街中に戻ることはありませんからね。一緒に依頼主とのやり取りの勉強として、団長も一緒でしたから、団長に聞けば分かるでしょうか。私は、基本戦場に居ましたし、その時くらいにしかタイミングがありません。


 嫌味など気に留めずに、この既視感を記憶の中で探る。戦場で女が活躍すると、下品な物言いで嫌味を言われることは頻繁にある。大体それを言う奴は、戦場で死ぬので小物だという感想しかない。それに比べれば、ベレッタの嫌味など上品で可愛いらしいものだ。


「ルイーズ、そろそろ行こうぜ」

「はい、お待たせしました」


 ルイーズは、一時考え事を中断した。


 クラブ活動がどんなものがあるのか想像がつかない二人は、部活紹介の掲示板の前に立っていた。

 クラブ勧誘は、今日からだ。だが、前の日からせっせと上級生が紹介文を貼っていることは知っていた。


 来てみると朝に見た時よりも紙の量が増えている気がする。溢れんばかりの大量の紙が貼られていた。実際に掲示板をはみ出して貼っているクラブもある。人が多ければ、その分クラブ活動も色々出てくるのだろう。最早貼る意味があるのか分からない量だ。紹介文は読みきれない。

 リアスが重なり合っている紙を捲っている。


「凄い量だな」

「これだけあると、どのようなクラブがあるか把握しきれませんね」


 一番上に貼ってある乗馬クラブと剣術クラブは却下だ。ルイーズも張り紙に手を伸ばす。


「クラブは全部で、34あるッスよ」


 後ろから声を掛けてきたのはグレゴリオだ。軽快な足取りで近づいてくる。


「34に収まる枚数には思えないけれど」


 ルイーズの視線の先は、掲示板だ。明らかに34枚で済む量ではない。


「ああ、これは同好会も合わさってるッスからね。因みに掛け持ちもオッケーッスよ。リアスのファンクラブも同好会ッス」

「同好会って自由なんですね‥‥‥」

「······同好会の場合、教室の確保と人数が集まれば許可がおりるって聞いたことがあるな」

「時々の先生のチェックさえ通れば、簡単に出来るッス」


 グレゴリオの説明を聞きながら、リアスを見上げると何とも言い難い表情をしていた。ルイーズは、同情の視線を向ける。


 内容をもう少し吟味すべきだと思います。幾ら自由度の高さが売りだとしても、これはいかがなものでしょうか。


「俺のファンクラブは置いておいて、クラブで面白そうな所はあるのか?」

「そうッスね~。目新しいものと言えば魔物を飼育しているクラブがあるッスよ」

「ほう、魔物をか」


 魔物を飼いならすのは、相当な手間が必要となる。そもそも、生きたまま捉えておくのは、難しいのだ。仮に捉えることが出来たとしても、運動量や餌代がかかるというところから、魔物を飼育しようと思う人は少ない。


「私は一度そのクラブを訪ねてみたいと思うのですが、リアスさんはどうされますか?」

「俺も興味があるな。グレゴリオ、そのクラブは何処でやってるんだ?」

「厩舎の隣の建物ッス。あの鉄格子ある建物ッスよ」


 グレゴリオが窓越しに指差す。訓練場の奥に厩舎があり、その隣に物々しい雰囲気の建物が立っていた。遠目で良くは分からないが、随分と手入れがされていない。敷地には、草が生い茂り、壁には、草木の蔦が張り巡らされている。


「本当にあの建物は使われているのか?」

「いやぁ、多分クラブ以外では使われてないッスね。学内怪談の一部になっていて、度胸試しに中に入った生徒の話では、首無し騎士が居るだとか。色々と噂されてるッス。縁起が悪いからって、それで余計に人が寄り付かなくなったみたいッスね」

「そんなところに入っても良いのでしょうか?学校の方が閉鎖をしているのでは?」

「一応学校の規則では、入ってはいけない場所と記載されてはいないな」

「フツーは、学校の規則とかではなく、そんな怖そうなところに行きたくないっ!っていうのが正しい反応と思うッスよ‥‥‥」


 淡々と事実を確認するルイーズに、グレゴリオが顔を引きつらせる。ルイーズがキョトンとした顔をグレゴリオに向ける。そんな二人をリアスが面白そうに見ている。


「何故です?」

「‥‥‥いや、イイッス」


 グレゴリオが顔を手で押さえて、反対の手を軽く左右に振る。


 首無し騎士がいると証言するのであれば、その生徒は生きているのでしょうから。特に危険なことはないとは思うのですが。一応、幽霊系に効果のある聖水を持っていった方が良いのでしょうか?剣で切れないものと戦うのは面倒ですが。聖水があれば問題はないでしょうし。


 本気で分かっていないルイーズは、見当違いのところに思考を進めていく。リアスが、ルイーズの思考を止めるように、肩を指先でトントンと叩く。


「所詮噂は噂だ。あの、建物に行ってみようぜ」

「そうですね」


 リアスとルイーズがためらいもなく、足を進める。

 グレゴリオは、食いつきの悪い二人にガッカリしながら、二人の後をついていった。


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