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紅き龍  作者: 化猫
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学園入学4



 昼過ぎの夕方になる前。冒険者ギルドでは、ガヤガヤと大男たちがカウンターに群がっている。クエストを終えたばかりなのだろう。中は男臭く、魔物の血の匂いが充満している。買い取りカウンターでは、冒険者とギルド職員の言い争いをしている。その暑苦しい男たちに交ざるようにさりげなく、ルイーズは入っていた。

 女が冒険者ギルドに加入することは少なく、冒険者ギルドに入れば目立つ。肉体労働に近い冒険者は、体力に自信がないと仕事にならない上に、衛生面や生理現象的に厳しく、戦闘で興奮した男がいる時点で貞操も危ぶまれる。必然と女性が避ける傾向にあるのだ。しかし、ルイーズは一切騒がれていない。気配を消しているのもあるが、完璧な男装をしていた。




 遡ること数刻前、ルイーズの今日の授業はガイダンスだけで、すぐに終わった。


 周辺の情報収集のためにも、ルイーズはあらかじめ余分に取っていた宿屋にやって来た。

 この宿屋は、独特のシステムを使っていて、泊まった人が誰にも分からないようにすべて魔法で管理しているのだ。本来ならば宿屋の主人が立っている所に大きな水晶が置いてある。そこにお金を入れると、自動的に鍵が出てくるという顔を隠したい者たちが使う専用の宿だ。所謂貴族の連れ込み宿の役割を担っている。その分、通常の宿屋の十倍以上の値が張る。


 敢えて暗くされている廊下を通り、持っているキーの部屋を開ける。中には、連れ込み宿らしく大きなベッドとランプ、クローゼットやバスルームが設置されていた。

 ルイーズは、持ってきた袋をベッドに置くと、自分の着ていた服を変える。体形の分かりにくいゆったりとした服の中に、腰にタオルを巻いて厚みを出す。その上からマントを羽織ると、それで隠れるように剣をベルトにさす。

 紅い髪を茶髪の下に隠し、顔には男に見えるように化粧を施している。喉仏を表現する徹底ぶりだ。もともと背は高いが履いているブーツに詰め物をして、身長も上げている。ルイーズを知っている人でも簡単には分からないだろう。


 そうして徹底的に男装をすると、冒険者ギルドにやって来た。

 そう堂々とやって来たのだが、視界に嫌なものが映る。何故かここにリアスが居たのだ。制服姿ではないが、あの丁寧に手入れをされた鳶色の髪に神秘的な紫はそうそう居ない。リアスで間違いない。幾ら冒険者たちに馴染んだ格好をしていても、細かいところに上品さがある。

 皇子にも関わらず、仲良さげに冒険者と話している所は、リアスのコミュニケーション能力の高さを表している。


「昨日の今日で、ですか」


 ルイーズは、痛む頭を抑える。来てしまった直後に出て行く方が違和感がある。下手に人目に付くのは避けたい。


 リアスのことは見て見ぬふりをしようと、クエスト依頼が貼られているボードに近づき、ざっと確認していく。クエストは主に地元の問題が依頼されることが多い。魔物の分布情報を知りたければ、このクエストの髪を見ることが一番新鮮な情報が手に入る。この付近は、どうもコボルトやゴブリンといった知能の低い魔物が住み着きやすいようだ。オークの討伐依頼もある。


 賢者が結界を張っているのが影響しているのでしょう。誰も好き好んで自分の住みにくい場所を選びはしませんし。大方強い魔物が弱い魔物を追い出した結果、特に頭が弱く、力も弱い魔物が結界の付近に住むようになったといったところでしょうか。


 確認を終える。ひとまずは魔物に対する変な働きかけのようなものは見られない。事前に手に入れておいた情報と相違なかった。


 ルイーズが危惧していた点は、魔物による人物の殺害だ。一番事件になりにくい殺し方である。魔物に人が殺されるという話は一日に数人は少なくとも存在すると言われている。殺されたとしても、事件か事故かが判断しにくいのだ。


 それを利用して、中には魔物を操り特定の者を襲わせる殺し方をする者もいる。知能の低い魔物は使役には向かず、ある程度は知能が求められる。知能ある魔物を使役するならば、ある程度ちゃんとしたメンテナンスが必要となってくる。街の中には連れては来られないので、エサのためにもそのあたりの魔物を襲わせることが多い。そのようにして、いつもは居ない魔物が現れれば、魔物が頻繁に街にに近いところに現れるなどといったことが起こりやすい。

 生息域に変化がないということは、そういう奴はまだいないということだ。あくまでも現状がということなので、これから現れないとはかぎらない。


 一先ずはこれで良いとしても、定期的に確認しにくる必要がありますね。後は、薬屋で裏取りをすべきですね。


 薬屋は、薬の材料の為に結界の外に出る人もいる。質が良い薬屋ほど自ら採取に行く傾向がある。冒険者に依頼すると、大雑把な人が大半で大事な部分に傷が入っていたり、欠けたりすることもざらにある。自分で取りに行った方が危険という面を度外視すれば、安く、質のいい物を作ることが出来るというわけだ。

 薬屋は、下手な冒険者よりもそういった薬屋の方が魔物の知識も多く、学がある人ばかりだ。その上、戦えないからこそ魔物の動向に敏感。魔物の情報は誰よりも入手速度が速い、最新の情報があると言っていい。


 その質の良い薬屋を探すのが大変なのですが。自分で地道に探すしかないでしょうね。


 時間がかかるのは確実で、魔物のことは一旦頭の隅に追いやっておく。

 ルイーゼは、ギルドに併設されている食堂のカウンターを陣取った。ここならギルド全体を見渡せる。今度は、冒険者たちについて見ておこうと思ったのだ。冒険者の中で生活に苦しいものが、犯罪に流れた。という話はよく聞く。金欲しさに人を襲うこともあり得るのだ。


 一人で座り続けるのは変なので、エールとつまみを頼む。エールは生ぬるく、つまみは塩辛い。体を動かした冒険者たちには良いが、ルイーズには辛く感じる。それをエールで流しながら、観察を続ける。


 冒険者の質は下の下から中の下まで。纏っている鎧や武器の質もあまりよくはない。大物が少ないタフロは、新人教育には向いているが、大物の冒険者たちは旨味が全くない。魔物の質も低ければ、部位の買い取り価格も低い。

 大物は居られると仕事が回らないということもあって、ギルドに上手く次へ行くように追い出されるといったシステムでしょうか。

 裏のギルドといった正規ではないギルドも賢者のお膝元だけあって、締め付けが強いことは耳に入っている。そっちは、ヴェナの部下から報告が上がっていた。


 護衛対象の危険人物リストを作ろうにも、この様子だと刺客は外から派遣される方が可能性が高いでしょうし。厄介ですね。ある程度絞り込めておけば楽なのですが。


 エールを飲もうと、お代わりを頼むのに手を挙げた。ルイーズはその瞬間顔が引きつりそうになる。

 目の前にリアスが立っていた。確かにリアスが近づいてきている気配はしていたが、まさか目の前にくるとは思わない。リアスの両手にはエールのジョッキを持っていて、それを一つルイーズに寄越す。


「何の真似だ」


 ルイーズは、いつもより低い声で返す。もともと高くない声と戦場で鍛えられた喉は、低音も簡単に出す。ルイーズの特技の一つだ。

 睨みつけるルイーズに対して、リアスは全く読めない笑みを浮かべる。


「別に、アンタと話してみたいと思ってな」

「俺は話すことなどない。暇をしているのは他にもいるだろう。他を当たれ」

「イヤイヤ、アンタ腕が立つだろう?ぜひご教授願おうと思ってな」

「何故、見知らぬお前に教えてやらねばならん。ガキの遊びに付き合っている暇はない」


 強い言葉で返すが、リアスには堪えた様子は無い。リアスは、エールのジョッキをルイーズの前に押し出し、強引に同じ席に着くと自分のエールを飲む。紫の瞳が挑発的にルイーズを見つめる。この程度酒も飲めないのかと、目が如実に語っている。


 ここで飲まなければ、酒に弱い野郎と噂されて厄介な奴らに絡まれかねませんね。


 冒険者は面子を大事にする。挑発されたのに勝負もせずここを立ち去れば、後々訪れた時に腰抜けとして厄介な奴に絡まれかねない。格下に自分の鬱憤をぶつける奴は、何処にでも一定数いる。格付けが終わった後にひっくり返すのは、手間がかかる。自分の目立つ容姿を理解したリアスの作戦勝ちに悔しさを覚える。今も面白そうに視線を送ってくる冒険者が何人もいた。


 仕方なくエールのジョッキを手に取り、一気飲みした。喉が熱くなる感覚を覚えながら奥に流していく。幸いにもルイーズは酒に酔わない体質だ。前に自分でもどの程度が限界量なのか試そうとしたが、結局朝まで酔うことはなかった。ここのエールは酒精の度数が高い。一気飲みを平然としたルイーゼに、所々で拍手と指笛が聞こえてくる。


「へぇ、いい飲みっぷりだ。もう一杯どうだ?」


 リアスが自分の飲み干したエールのジョッキをルイーゼに掲げる。ルイーゼ同様にリアスも相当酒に強いようだ。顔色どころか思考や口調もハッキリとしている。


「酒はいらん。それよりも何の用だ」

「話してみたいって言ったろ?」

「それを信じるとでも?」

「俺は本当のことしか言ってないから、信じてもらう他ないな」


 リアスに対して、ハッと鼻で笑って見せる。全く信じてませんという態度だ。主人をバカにした態度に怒ったのだろう。リアスの護衛が僅かに怒気をルイーゼに示した。昨日と変わらず、皇子にしては護衛の人数が少ない。昨日が例外というわけでもなさそうだ。


「残念。じゃあ名前だけでもどうだ?俺はリアスだ」

「見知らぬ奴に名を教えるとでも?」

「俺は名乗ったのにか?」

「では、イルセということにしておこうか」


 明らかに偽名だと分かる言い方をしながら、席を立つ。


 これ以上は此処にいるのは危険ですね。

 険悪な雰囲気を漂わせているせいで、他の冒険者たちの気も引いてしまっている。観察は出来ないだろうし、観察すべき対象も居ない。此処は退き時だ。


「では、失礼する」


 扉を開けたままの入り口を抜け、さっさとその場を離れる。

 ギルドの中からは、フラれたなと囃し立てる声が聞こえてきた。それをうまく利用して、冒険者に取り入るリアスの声も聞こえてきた。


「リアスさんは、人心把握能力が高いようですね。全く油断ならないです」


 そうは言いつつも、楽し気に口角を上げていたことをルイーゼは知らなかった。

 リアスの最も恐ろしいところは、人に不快な感情を持たれないように立ち回るところだろう。


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[良い点] 化猫 世界観がふかいですね。僕も新人作家ですが、悔しいって感じです。投稿大変でしょうが頑張ってくださいね。応援しています、もしよかったら僕のも読んでください
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