学園入学3
学園を出ると、すぐに裏路地に入った所の隠れ家のような店に案内された。
ひっそりとたたずむ店は、扉にかかっているオープンの文字で漸く店であるということが分かる。
「ここだ。此処」
「結構雰囲気がある店ッスね。一見さんはお断りって感じッス」
「そうよ。紹介制なんだから!来られたことに感謝なさい!」
スィーナの偉そうな態度にグレゴリオが上手く持ち上げている。そんな二人を他所にルイーズは後ろを付けてくる男たちへ気がとられる。
多分この追い方からして、ヴェルチェナの騎士のようですね。二人の護衛でしょうが、こう背後に居られると気になりますね。
心ここにあらずのルイーズにリアスが気づく。
「ルイーズ、どうかしたか?」
「いいえ、何でもありません。此処に来るまでも色々と気になるものがありましたので、ついそちらにも気を取られていました」
「折角だから食べ終わったら、この辺まわって見るのもありだな。俺も入ってみたいところがあったし、後で行こうぜ」
「はい」
リアスが扉を開けてくれる。
中に入ると、物静かな雰囲気の店だ。騒がしくなく、居心地が良さそうな雰囲気に一目でルイーズも気に入る。香りが強くない種類の花が飾られている所も良い。
「いらっしゃいませ。リアス様」
「マスター、また来たぜ」
「今日はどちらになさいますか?奥の個室も空いております」
「個室で頼む」
奥の個室は、他の客に見られないように、上から紐が下げられている。これなら誰かが居ることは分かっても、顔は見られない。リアスと隣り合うようにスィーナが座ると、リアスと対面になるようにルイーズが座り、その隣にグレゴリオが座る。
メニュー表は色々な種類が書かれていた。ルイーズはリアスのおすすめを選ぶ。グレゴリオとスィーナは、あれこれと考え込んでいる。此処に来る前にだいぶ打ち解けたようだ。
「雰囲気が良い店ですね」
「だろ?雰囲気だけじゃなくて、味も良いぜ。デザートもおすすめだ」
「果物は好きなのですが、砂糖を使うような甘いものは苦手なんです」
ルイーズは、暗にデザートは食べられないと伝える。
「ここなら、色々な種類があるから、甘いものが苦手でも食べられるものがあると思うが、特にこのゼリーは果物を使ってるからいけるんじゃないか?」
何個か指し示すメニューは、酸味がある果物を使ったものだ。リアスの説明は上手く、気が進まなかったルイーズもデザートを頼んだ。
出てきたのは、どれも見た目からして美しい。ルイーズが頼んだステーキも皿が絵画のように飾られていて、目を楽しませる。しかし、それだけではない。
「美味しい・・・」
「旨いッスね」
ルイーズとグレゴリオが思わず感想をもらす。外側はしっかりと焼かれていて、歯を立てるとジワリと口の中で、肉汁が溢れる。付け合わせのソースも肉と合っている。添えられている野菜も一つ一つ手間がかけられているのが分かる。その野菜に合わせた調理方法を使っているのだろう。野菜も美味しい。
「リアスお兄様のおすすめの店ですのよ!当然だわ!」
「おいおい、スィーナ」
「リアスのこと大好きッスね」
「もちろんよ!」
久しぶりにのんびりと味わう食事と平和な会話にルイーズは満足だ。
いつも傭兵団では、食事の取り合いだ。味わうようにゆっくりと食べていると、自分の分までとられる。副団長のルイーズのものを取る人はもう居ないのだが、周囲が急いで食べているとゆっくり出来ないのだ。
「それにしても、ルイーズさん。マナーができているのですわね」
「そうでしょうか?お褒め頂き光栄です」
ルイーズは、ナイフとフォークを下ろす。
もう少し汚く食べるべきだったでしょうか。普段から敢えて使っているのでもう癖になってますね。
傭兵団でも団長、副団長は良く会食の場に呼ばれることが多いのだ。特に有名な傭兵団であれば、他の団よりも多くなる。こういうマナーも必須となってくるのだ。しかし、旅人が知っているにしては、少し不自然だと言える。
ルイーズは幼い頃から傭兵団に居て、当時の副団長に世話を見てもらっていた。その副団長から教わったのだ。
「どちらで教わったの?」
「見て覚えました。特に誰に習ったというわけではありません」
「昔っからそういうこと得意っスよね。見ただけで分かるなんて貴女ぐらいッスよ。ボクは、親父にしごかれて漸く及第点だったッス」
グレゴリオがルイーズをフォローするように、口を挟む。スィーナは、納得したように引き下がった。
だが、リアスはスィーナのように可愛くはない。不審そうな目を一瞬ルイーズに向けた。
「へぇ、凄いなルイーズ」
「偶々手本が良かったのでしょう」
感心したような口調だが、目が面白そうな色を宿している。リアスはこれ以上踏み込むことはなく、話題を変えた。
メインを食べ終えた頃、デザートが丁度出てきた。スィーナとグレゴリオはケーキを頼み、リアスとルイーズはゼリーだ。ルイーズの目の前には、薄い黄色がかったゼリーが置かれている。艶々と輝いていて、とても美味しそうだ。スプーンで押すと、柔らかな弾力がかえって来る。少し突き刺すと、スプーンがスッと入っていく。
スプーンを口に運ぶ。さわやかな酸味が口に広がる。甘すぎず、ルイーズでも食べられた。
「美味しかっただろ?」
「ええ、とても美味しいです。頼んで正解でした」
「勧めたかいがあったよ」
おいしさのあまりすぐに食べきってしまう。
リアスが全部の支払いを持つと、外を歩くことになった。大路地は、様々な露店が立ち並び、客の気を引こうと声を張り上げている。
流石中心地と言うだけある。見たことがあるものもあれば、全く知らないものもあって、目を惹く。
グレゴリオの商人としての目が光ながら、解説付きで色々と見回っている。スィーナの質問にグレゴリオが付きっきりで答えていた。
ルイーズは、人の多さから遠ざかるように端によって三人を見ている。リアスと目が合った。こちらにやってくる。
話していたのに、水を差してしまいましたか。
「悪いな。ルイーズ、スィーナがグレゴリオを取っちまって」
「別に構いませんよ。誤解されているようですが、グレゴリオとはそういう関係ではないですからね。依頼人と商人という間柄です」
リアスが意外そうな顔をする。それなりに長い付き合いなだけで、男女の関係ではない。グレゴリオが時々ルイーズをかばう発言から誤解が生まれたのだろう。
傭兵だとはバレても構わないが、白蛇の副団長としてはバレると危険だ。有名な傭兵団は、あちこちで恨みを買っているものだ。
実際に、元副団長は完全に身元を隠している。傭兵として戦っている時と団員の前では、仮面を常につけていた。顔を知っているのは、ルイーズと元と現団長の三人だけだろう。
ルイーズは、身バレというよりも、基本魔法も使うので、ローブを目深に被り、口元を布で覆っている。読唇術で発動魔法を分からないようにするためだ。
意外と顔を知られていないのは、これが理由でもある。
有名な傭兵団の団長、副団長には、顔合わせの際に見られている。さらに、団内の古株には知られている。だが、団長が黙らせたのか、噂として流れたことはない。
リアスは、これは本当だろうと判断したのか、視線がそらされる。
「ルイーズは寄りたいところあるか?あいつらは楽しそうに骨董品を見ているが、俺は欲しいもんがなかったんだよ」
「そうですね。文具店に行ってみたいかもしれません」
ルイーズは目に留まった文具店を指差す。リアスの目が輝いた。
「へぇ~、良さげな店だな。スィーナ!グレゴリオ!俺たちあの店に入ってるぞ!」
「了解ッス!」
グレゴリオの了承が聞こえると、リアスが歩き出す。ルイーズは、スィーナも着いてくるのかと確認したが、骨董品に夢中でグレゴリオに解説をせがんでいた。
「いらっしゃいませ~」
店内に入ると、インクの香りが漂ってくる。
「結構種類があるな」
「インクの壺も色々あるんですね」
壺は、窓際におかれて、光でキラキラと輝いている。形もそうだが、ガラスにも色々な色素が混ぜられたものがある。置物としても良さそうなものばかりだ。
「ルイーズは、欲しいものあるのか?」
「はい、インクの壺をそろそろ買い換えようと思っていまして。ついでに羽ペンも買っておこうかと」
「羽ペンなら、これがお勧めだな」
リアスが持っているのは、青い鳥の羽を使ったものだ。
「こいつが一番書きやすいし、インクが長持ちするから一気に書ける」
「それはいいですね」
リアスから羽ペンを受けとる。手にもシックリとくる。チラリと値段を見ても、インクの壺を買っても、手持ちは問題ない。
「羽ペンはこれにします。せっかくですので、このペンに合わせた壺にしましょうか」
ルイーズがインクの壺の棚に足を進めると、店員から声をかけられる。
「お客様」
「なんでしょう?」
「こちらのペンに合うインクの壺をお探しだそうですが、一つピッタリなものがございまして。此処には置いていないのですが、もしよければ御持ちしましょうか?」
「お願いしてもよろしいですか?」
「はい、少々お待ちください」
店員が店の置くから戻ってくるのを待つ。すぐに戻ってきて、手には鳥の模様が描かれたインクの壺があった。
「良い品だな」
リアスが真剣な目で壺を見ている。その様子からしても、相当良いものなのだろう。
ルイーズは、いまいち芸術の価値観は分からないが、この柄をすっかり気に入っている。
「これにします」
「ありがとうございます」
即断したルイーズに店員が値段を言う。少し予定金額を上回ったが、問題なく支払う。
店員の声を背に店を後にした。ルイーズの手には先ほど買ったインクと羽ペン。リアスも自分の物を選んでいた。
「そろそろ時間だな」
リアスの視線の先を追う。時計は4時を指していて、もうすぐ門限だ。
「スィーナ、グレゴリオそろそろ戻るぞ」
まだ、骨董品に夢中だった二人を連れて、学園に戻る。
寮の前に着くと、男性陣と別れる。
寮に一歩入ると、スィーナはすぐに同じ一組のクラスメイトに囲まれた。華やかなドレスの群れにルイーズはスィーナのそばから押し出される。スィーナに声を掛けるか迷うが、この中で声を掛けると目立つ。
ルイーズはスィーナと目が合った瞬間に、少し頭を下げて、その場を離れた。
寮の部屋は、二階の廊下の一番奥の部屋だ。一階から二階が平民。三階から上が貴族用だと聞いている。護衛対象はこの真上の部屋で、隣がヴェナだそうだ。
扉の前にたった途端、自分の部屋の中に誰かが居る気配を感じた。反射的に自分の得物に手を伸ばすが、すぐに誰が中に居るのかに気づく。
流石にプライベートは欲しいんですけど、この程度の防犯なら突破するのは簡単でしょうしね。
仕方がないと大きくため息を付くと、扉を開けた。
そこには、悠々と備え付けのソファーでくつろいでいるヴェナが居た。テーブルの上には自分で持ってきたのであろう菓子が大量に置いてある。その横にカーファという黒くて苦みと酸味がある飲み物の豆が置かれていた。
「おかえり!ルイーズ、これ団長から副団長に渡せって」
「ありがとうございます。これを飲むのが日課なんですよ」
ルイーズはカーファを受け取ると、近くの棚に置いておく。後で、お湯を持ってきて飲むつもりだ。寮にはキッチンがないので、不便だが安全上は設置が不可能だったのだろう。
「それで?何かありましか?」
「とりあえず、一日目は無事終了かな?護衛対象者と友達になれたし。あっこれ選択した授業の一覧ね」
「ありがとうございます。課外授業があるもののみ同じにしましょうか。この学園内ならば、安全でしょう。」
この学園には予め、何人かは職員や清掃員、料理人、色々な肩書を使って潜り込んでいる。護衛対象にガッチリと付くのはヴェナだけだが、この学園内では至る所に目がある。
少し確認するだけでも、薬草学や剣術指導、魔物学は取って置いた方が良さそうだ。薬草学と魔物学はフィールドワークがある。剣術指導は、武器が使用可能だ。念のために、そばについていたほうが良いだろう。
「そういえば、いつリアス皇子と仲が良くなったの?」
「‥‥‥リアス皇子?」
「そうそう、彼ヴェルチェナの第5皇子」
思った以上のビッグネームだ。ヴェルチェナの貴族出身とは思ったが、さすがに皇子だとは思わなかった。昼間に居た護衛の人数も皇子にしては少なすぎる。
「‥‥‥何故タフロに皇子がいるんです?」
「第5皇子で、あの国いまちょっとゴチャゴチャしてるからじゃないかな?それでも、皇子がタフロへ来るって中々大胆だよね。ここの出来た歴史を考えたら、貴族はともかく皇子は普通この学園を選ばないよね」
ほのぼのと菓子を頬張っているヴェナに、一先ずリアスの身分は蚊帳の外に置いておくことにする。どうせ、学園だけでの間柄だ。此処から出たら赤の他人、身分を考えれば一生関わり合いの無い存在になる。
その後は、学園内での逃走経路を話し合って、ヴェナが部屋から出て行った。
ルイーズは、食堂からお湯を貰ってくると、カーファをカップに注ぐ。本当は陶磁器のカップのが良いのだろうが、木でできたものを使う。
「······リアスさんは目端が利きそうですから、もし何かあった時は、要注意ですかね」
ルイーズは、懸念をこぼしながらカーファを口に含んだ。