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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

花は死んでいるのか?

作者: 空見タイガ

 花にしたいなあ。遠見志真は黒板の前で友達と親しく話す彼女をあごでさした。「どう思う?」からあげの肉汁なのか俺のよだれなのかわからない。「どうも思わんが、花にするって?」ずるずると志真はうどんを食う。本来なら食堂で購入したうどんは食堂内で食べることが筋なのであるが、志真は転んで他人にあつあつの汁をぶちまけて火傷させる可能性に期待して三階の教室まで運んでくる。「彼女を拉致する。花になる液体を注射する。彼女は花になる。おわり」ふうふう。志真は猫舌なのでお昼はときどき会話がとぎれる。「なんかそれ犯罪っぽそう」「ああ、器物破損だね」この腐れ縁はとぎれない。


「遠藤君がよく死にたいって言うんだけど、人生に花がないからだと思う。もしも人生のテーブルに花が飾られていたらきっと毎日が楽しくなる」

 志真が窓にむかって投げつけたぞうきんはカーテンにあたってへこませてぼとっと落ちてべちゃっと床に広がった。カーテンはいったん膨らんだあとで収まって一度できた波もしだいに消えていった。

「なんで女性器を花にたとえるんだろ」

 突然ぺちっと頬を軽く殴られる。殴りかえすと志真はグーで俺の胸をたたく。

「おまえは人間だ」

「そおだよ、いちおう生まれた時から人間っぽいよ俺」

 まあ見てろと志真は黒板を消している畑くんの横に立って、彼の肩にパンチした。畑くんは黒板消しを持ったまま一歩だけ後ずさってそばにある教壇にぶつかり口をあんぐり。「な、なに」「なんでもないにゃん」そそくさと退散した志真は振り向いて凝視する畑くんに見向きもせずいきなり両手を大きく広げた。

「どうだ?」

「なにそれ、カモメのポーズ?」

「機械は想定外の出来事に対してエラーを吐いてフリーズするだろう。多くの人間もそうだ。何の脈絡もなくしゅばっと両手を広げられたとき、驚いて静止してしまう」

 そしてカモメは羽を休めて、足だけで歩く。

「だから器物破損だ」

 志真の人生のテーブルにはもはや花しか存在しない。

 

 ひゅーひゅー。友人と別れてから口笛を吹きはじめた彼女はいつの間にか両隣についていた俺たちに気づいて「わー」と棒読み気味に言った。

「がおー」

「京坂っち、今から俺たち志真の家に行くんだけど来ない?」

「男の子はオオカミでしょ」

「僕はライオンだから大丈夫だよ」

「俺は太い子が好き」

 口をとがらせる京坂さんをなんとか引きずって志真の家に押しこむ。鍵をしめてから、玄関でひざをついた彼女の足から靴を脱がす。五本指。志真は彼女の腕をひっぱって、俺は背中を押していった。足で開かれた扉の先、いつもの部屋の真ん中のテーブルのさらに真ん中に花が飾られている。

「生活感のない部屋!」

「心が生きていないから外側に生活の痕跡を残すんだよ。花が散るのは、花びらが落ちないと命を示せないからだしね」

 志真は俺たちに背を向けてクローゼットを開いた。京坂さんはその場でくるくると回って部屋を観察していたが、こちらの視線に気づいてぴたっと止まった。

「真島はなして遠見と仲がいいん?」

「俺の幼馴染があいつと付き合ってんのよ」

「ねとられ?」

「べつに俺はそいつと寝たくないからなー」

 くるっ。振り向いた志真は手を後ろに回して俺たちに近づいてきた。

「ネクタイ、指定と違うでしょ。遠藤君と交換したの」

「ナチュラルに言われても遠藤くんって知らんし。わたし、けっこう制服くわしいけど見たことないよ。どこの学校?」

「特別支援学校」

 彼女の両脇に腕をいれて羽交い絞めにすると志真はすばやく背中から注射器を取り出した。

「へたに動くと神経にさわっちゃって一生をむだにするよ」

「急がば回れってやつ?」

 なにをするの。彼女の唇がちいさく動いた。なにをするの。俺がくりかえして志真に聞いた。

「君を拉致した。花になる液体を注射する。君は花になる。おわり」

 彼女はあばれにあばれ、俺のあごに首をまげて頭突きをした。シャンプーの香りがふわっと上ってきてまったく痛くなかった。

「よくわからないけどイヤ!」

「だけど人生だってよくわからなかったのに嫌じゃなかったろ?」

「そうそう、今までこんな不条理に耐えてきたなら、花になってもたぶん大丈夫だと思う」

 ぴ。志真が押したのか、何かが勝手に押したのか、注射の針から何かが漏れて落ちて垂れた。

「確かに人間としては今から死ぬかもしれない。でも花として生きることになる。それとも花は死んでいるのか?」

 京坂さんの目からも何かが漏れて落ちて垂れた。こぼれた髪からはみでた耳をなめると「ぎゃあ」と涙が引いた。

「よくわかんないんだけど動かしたいという気持ちと身体の動きが一致しなくなるだけで、学校に通ったり友達と話したり彼氏とセックスしたりおじさんと援交したりできるっぽいよ。ただそれが自動的に進行していって自分の関与する隙がないってだけ。だけどそんなことを言ったら俺の人生も、遠藤の人生も、志真の人生も同じじゃん。なんかいつの間にかなんかが動いてなんかどうにかなってるんだよ。しょうがないよな」

「やだー! しょうがなくない!」

「種子を運んだ風を恨め」

「風のバカー!」

 犯罪だ凶悪犯罪だと唱える彼女の前に志真は注射をもっている右手を左手でおさえて震えはじめた。

「わかっている、落ち着け、これは犯罪だ、絶対にやってはいけない、人間の尊厳を貶める行為だ、なんて卑劣な、わかっているが、おおっと針が」

 ぷす。

「やってしまった、なんてことだ、終わったことは悔やんでも仕方ない、人間は機械なのだから尊厳なんてない」

 花は俺の腕のなかで眠っている。

 

 科学部のロッカーから取りだした数々のおもちゃを空のカバンにつめこんだ俺と志真は廊下でぽけっと立っている京坂の左肩と右肩と背中にカバンをかけて両手にトートバッグを持たせた。

「なんか骨が曲がりそう」

「小学三年生のとき、パパが靴下のなかに肺にスイレンが生える小説を入れてくれて靴下が変形し本は歪曲したんだ。あれを読んだときにいいなと思った」志真は胸を張った。「今はロボットの関節に生け花をしている気分」ちらりと京坂を確認すると、彼女は俺をじっと見ていた。

「真島、重たい」

「知らんがな」

 三人で落ち葉を砕きながら帰る。今はこよなく安静に自動的になっている。お湯をかけられてあつっと指をひくはやさで彼女は動いている。ためしに心臓を触っても、まったく動じず、すこし早すぎるような気もするし遅すぎるような気もするがいつもどおり平常だ。

「すべての帰り道がこんなにすがすがしいなら、人間はどんどん進んでゆけるのに」志真は両手を広げて羽ばたこうとしている。「真島、重たい」京坂はどすどすと歩いている。「ホットスナックも食べられるしね」俺はアメリカンドッグを食べている。

「真島、わたしも食べたい」

 こちらも見ずに京坂はつぶやいた。彼女の口にアメリカンドッグを押し当てると、ぱくっと食べた。ケチャップで唇が赤く濡れた。少し立ち止まった志真が横取りをするようにがぶっと食べた。だいぶ減って戻ってきたアメリカンドッグに口をつけると再び歩きだして笑う志真。「間接キスだね」「キスって単語、恥ずかしー」「真島、どーてーなの?」華奢な肩に腕を置くと京坂は右に歪んだ。

 

 昼、便所から出ると京坂が背の高い男子生徒と話していた。志真と顔を見合わせてこそこそと近づくと、彼は京坂の首輪を人差し指でこつんとつついた。

「男の趣味?」

「真島の趣味」

 実際には志真の趣味で、彼は遠藤くんの誕生日にも首輪を贈っていた。

「あいつ、そういうヤバいやつなんだ」

「真島、そういうヤバいやつなの」

 凍りついた男子生徒の表情を見て京坂は振りむき、花は小首をかしげた。

「ヤバいやつだ」

 男子生徒を蹴散らした俺たちは非常階段まで京坂の背中を押して進んだ。目的地にたどりつくと彼女は階段にぽてんと座って「真島」と呼ぶ。

「座らないの?」

「志真、なんで京坂っちは俺の名前ばっか出すんだ?」

 ネクタイを触りながら「花の気持ちはわからないけど」と志真はいったん止めて、京坂の隣に座った。

「俺だけ立つんかい」

「理性によって止まらないでいることは機械にはできない。機械は理性をもたないから故障する。だってそうだろ。理性があれば壊れることを選ばないはずだ。でも壊れる。機械の外側のすきまに水を流しこむ。煙を出す。壊れる。なぜだと思う」

「理性がないから?」

「おまえはバカか? 防水加工がされていなかったからに決まっているだろ」

「なんで怒ってんだよバカ」

 志真の隣の京坂は「真島のバカ」とつぶやいた。どこを見てもバカしかいない。


 小学生のとき、見学に行った動物園内にある植物園の花を見て、遠藤くんは「自動的に揺れている」と言った。のちに志真は「自発的に揺れていない」と言い換えたが、俺にはなにもわからなかった。なにもわからない。目玉焼きにはケチャップをかけても塩をかけてもしょうゆをかけてもマヨネーズをかけてもおいしい。それ以上にわかりたい真理がない。河道に沿って、歌いながら歩いた。志真が音を外し、京坂は棒読みで、俺は歌詞を飛ばした。水切りの途中で志真が石を京坂に、京坂は俺に、俺は志真に投げた。

「ごめん」

「なに謝ってんのさ」

 志真は制服のポケットに両手を入れてバタバタと動かした。

「僕は猛烈に花になりたい気分だよ」

「うってやろうか」

 首を横にふって、志真は石を蹴って川に落とした。

 川の水位は変わらない。

「間接投石だよ。僕の投げた石がおまえに当たる。そうはわかっていても石を投げずにはいられない」

「自動的だから?」

「自発的だから」

 真島、真島、と京坂は俺の腕をひっぱる。俺と志真で石を蹴って蹴りまくって転がす。川はまだ流れている。風が吹くたびに花は揺れる。石は現状に満足しており己の生活を示す必要がないので静止している。今はこよなく安静に自動的になっている。それでも動かしたいという気持ちと身体の動きが一致するのはなぜだと思う。そのせいで、証明する。その場を去らないことで俺は全身全霊をもってこの不条理を受容する。

「投げたければ投げろ!」

 欲望を理性で抑えられないとき、いけないと知りながら試すとき、凶悪犯罪者と明日も一緒に笑っていたいと思うとき、人は生きているのか? それとも花は死んでいるのか?

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