急展開、不穏な現状
「……やっと見つけたぞ」
低い、男の声が森の中から響いてきたとき、すでにコランは臨戦態勢に移っていた。
左右の腰から無骨なリボルバー銃を素早く抜き、声のした方向に身構える。
と、それを合図とばかりに、ゾロゾロワラワラと同じ方向から深い木立を抜けて四人組の男たちが、エイヤたちのいる開けた場所へと姿を現わした。
全員がそれなりの紳士服を纏い、片手だけを前へ突き出し、威嚇するように……しかし、どこかあざけるような笑いを浮かべてエイヤたち三人の近くまで迫ってくる。
そして、その中の一人が口を開いた。
「これはどういうことだ? せっかく私が仕留めたはずのみずぼらしいマナレスのガキが回復している……いくら治癒魔法使いが希少種とはいえ、その貴重な魔法をマナレスごときに使うだなぞ、正気の沙汰とは思えんが……」
言うのを聞き、レティシアは問うてきたスーツの男に向かって怒りを秘めた声音で返答する。
「あなた方だったんですね……こんな年端もいかない子供に火炎魔法など使って重傷を負わせたのは」
「だからどうした? 所詮マナレスは我々にとって奴隷に過ぎん」
「だからといって、こんな乱暴なこと……」
「繰り返すが、マナレスの扱いは我々魔導士の考え次第だ。それとも何か? お前は後から来てそのマナレスの所有権でも主張する気だというのか?」
「所有権だなんて……ですがあなたたちがこれ以上、乱暴を働くというなら、この少年は私が保護します」
「保護と来たか……さすがは希少種の治癒魔法使いさまは考えがおかしくて会話にならん。それに、繰り返すがそのガキは我々が先に目を付けた獲物だ。それを横取りしようというのは、いくらなんでも看過できんが?」
互いに口論するレティシアとスーツ姿の一団とのやり取りを聞きつつ、エイヤはなんとも言えない不快感にふつふつと胸の底で怒りが沸きあがってくるのを感じていた。
「とはいえ、さすがにこのままでは話が一向に進まん。ではこうしたらどうだ? そこのガキはお前にくれてやろう。代わりに、そっちの女のマナレスを差し出せ。見たところ、それなりに使えそうな下僕のようだ。我々の盾として使うにも都合が良さそうだし、別の使い道でも役に立ちそうだしな」
言って、男は下卑た笑みをその顔に映して、ペロリと下品な舌なめずりをする。
途端レティシアは、
「そんなこと、出来るわけがないでしょう! コランは私の大切な仲間です。それを差し出せだなんて……」
「だったらガキは諦めろ。どうせそんな痩せこけたガキ一匹、我々の魔法の試し打ちの的として命をまっとうするのはむしろ栄誉なことだろう?」
「……野蛮人……」
スーツ姿の男たちの言動、態度に苛立ちと悔しさで彩られた声をレティシアは漏らした。
が、それと同時。
「……あー、お取込み中のところ失礼。ちょっといいか?」
胸の内に溜まった怒りを抑え、エイヤはレティシアとスーツの男たちとの会話に割り込む。
「さっきからずっと聞いてて思ったんだがつまり、あんたらとは関係無く、この連中は俺に対してケンカを売ってるってことでいいんだよな?」
そのように、エイヤが言ったのを聞いて思わず、スーツ姿の男連中は揃って失笑を漏らす。
「先ほどまで森の中を、ただ情けなく逃げまどっていただけのガキが大きく出たな。なんだ? そんな貧相な形をしていても、女の前では良い恰好をしたいのか。ええ? このマナレスのガキ風情が」
エイヤの言動と態度を見て、ことさらに男たちのあざけりの笑いは大きくなる。
と、エイヤはそんな男たちの反応など気にも留めず、首を回してさらに言葉を継いだ。
「となればだ。俺としては『売られたケンカは言い値で買う』ってのが信条なんでね。だから遠慮無く買わせてもらうぜ、このケンカ」
そう、言ったが早いか。
エイヤは口論しているレティシアとスーツ姿の男たちとの間に入ると即座、
いきなり最前列のスーツの男の顔面へ目掛けて利き手の左拳を猛烈な勢いで叩き込んだ。