8.魔術、始めました(前編)
カナ(奥菜香南絵)は、高校2年生。アニメーション同好会の先輩ユウト(松谷雄途)に本を返すつもりで登校するが、ユウトは現れず、連絡もつかない。帰りのバスで眠りから目を覚ましたカナは、見たこともない異世界に迷い込んでしまう。
突然の異世界サバイバルに戸惑うカナ。そんな彼女の前に現れたのは、大好きなラノベの主人公ペト様(ペトルス・リプシウス)その人だった!
「ペーター、すっごく似合ってます!」
ペト様の頭に、羽根飾りのついたベレー帽をかぶせると、とってもキュートだった。深緑色のビロードが、髪の色といい具合にマッチしている。
「ありがとう。たしかに、こちらのほうが、ちょっと落ち着きますね」
ペト様はこう言いながら、水浴びの前に着ていた服のほうをチラリと見た。きわどく肌を露出した衣装…。
「す、すみません、すみません!」
「私は、全然いいんですよ」
なにか言いたげな目で、ペト様は私を見ている。
「カナは、こういう格好の私が見たかったんでしょう?」
「いえいえいえ! 違います、違います!」
そんな私の反応を見て、ペト様は面白そうに笑った。本当は違わないんだけど。
「隠さなくてもいいのに」
「もう! わざと言ってるんでしょう!」
「フフ、こんなに可愛らしく照れてるカナを見ると、もっとからかいたくなりますね」
そう言うとペト様は、自分の新しい服をよく見ようとして、沼のほうに少し身を乗り出した。水面を鏡がわりにするのね。
「あ、ちょっと待って」
カバンの中からスマホを取り出して、ペト様を動画で撮ってみる。
「何ですか、その道具は?」
「いいからいいから! そのまま、ゆっくり回ってみてください!」
「回る? こんな感じですか?」
「そう、いい感じです!」
撮影した姿を本人に見せると、とても喜んでくれた。
「うん、色合いも素敵ですね」
「ペーターに気に入ってもらえて、嬉しいです!」
それにしても、私が描いたのはシャープペンの線画だけだったのに、配色までいい感じになっているのは不思議だった。なんとなくイメージしてたとおりではあるんだけど。
「それにしてもカナは、この不思議な魔術をどこで身につけたのですか」
「どこで、と言われましても…」
一番驚いているのは、私だ。
昨晩は、絵を描き上げてすぐ寝てしまった。その後、ペト様が現れる瞬間には立ち会えていない。だから、「絵の中のものが現実になるなら、必要な服を描いてみよう」というペト様のアイディアを試すときも、私はまだ半信半疑だった。
絵を描き終えても、しばらくは何も起こらなかった。やっぱりこんなのムリ、と思った瞬間、私たち二人の前で、空気がゆらめくような気配がした。最初は透明な形が浮かびあがり、少しずつ服の姿がはっきりと現れてくる。わずか数秒の出来事だ。
ペト様のお召し物一式が、丁寧に折りたたまれた状態で、草の上に置かれていた。
「こんなこと、もといた世界ではできなかったんです」
「もといた世界というのは、日本のこと?」
「はい」
「じゃあ、こちらの世界に来たことで、この魔術が使えるようになったのですね」
「そういうことみたい。だから、ひょっとすると、ペーターにもできるかも」
「いえ。ダメでした」
「え? もうやったの!?」
最初に私が絵を描くのに使ったプリントの余白に、ペト様はいつの間にか天体観測用の器具を描き込んでいた。絵、なにげに上手いぞ。ペト様、器用なのね。
「でも、何も起こらなかったんです」
なるほど。じゃあやっぱり、これは私だけの能力なのか。
「そうだ。さきほどの道具は何だったのですか?」
「ああ、これですか」
私はスマホを取り出した。
「それは日本のものですよね」
「正確に言うと、日本のじゃなかったかもしれないけど」
「違うのですか?」
「え、えーと、どうだったっけ、かな…」
「見たところ、とても高度な機械のようでしたが」
さっきの動画を表示すると、ペト様はすぐアイコンを押して再生した。覚えるの、早っ。
「カナはものすごい世界から来たのですね」
「そ、そうかな」
「私にも使えますか?」
「撮影ですか?」
「サツエイというのですね。ええ。ぜひやり方を教えてください」
撮り方を教えると、ペト様はすぐに操作を覚えてしまう。学習能力高いなぁ。私にカメラを向けるので恥ずかしがっていると、ふと何かを思いついたようだった。
「そうだ! カナも新しい服を着て、一緒にサツエイしましょう!」
たしかに。私は昨日から制服のままだ。ついでに、自分の着替えも描いてしまうか。
◇
ゆうに15分は経過していた。どうしよう…。
「カナ、どうかしましたか?」
付近の様子を見てくると言って出かけたペト様が戻ってきたとき、まだ何も描けてなかった。そういえば、女物の服ってめったに描かないよね。ほとんどペト様たちしか描いてこなかったもんね!
「何描いたらいいか、思い浮かばなくて」
「カナが自分で着るものなのに?」
「自分で着るものなのに、とゆうか、自分で着るものだから、とゆうか...」
「わかりました。私はもう一度、川のほうに行っているので、ゆっくり描いてください」
「ごめんね、ペーター」
うーん、どうしよう。
「一つだけ不安なのは、奥菜の筆の遅さだな」
ユウトさんに言われたことを思い出す。当たってるから仕方ない。それでも、『チェリ占』の世界のことなら、もうちょっとすぐアイディアが出てくるんだけどなぁ…。
「あ、そっか!」
私にも描けるもの、あった。
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