17.「ペトルス・リプシウスと申します」
カナ(奥菜香南絵)は、高校2年生。アニメーション同好会の先輩ユウト(松谷雄途)に本を返すつもりで登校するが、ユウトは現れず、連絡もつかない。帰りのバスで眠りから目を覚ましたカナは、見たこともない異世界に迷い込んでしまう。
突然の異世界サバイバルに戸惑うカナ。そんな彼女の前に現れたのは、大好きなラノベの主人公ペト様(ペトルス・リプシウス)その人だった!
テーブルに座って、メッセージをいくつか開いてみた。
「これ全部、日本から届いてるんです」
ペト様の前で、メッセージの一覧を、指で上下しながら説明する。
「届いている。ということは、手紙みたいなものですか?」
「うん、そうですね。でも、紙に書いて送るんじゃなくて、たとえば友達がスマホで書いた内容が、私のスマホに直接送られてくるの」
「日本から、ですか」
「日本から、です」
「ほんとうに、魔法みたいな機械ですね」
不思議そうな顔で見守るペト様に、あまり詳しく話す余裕はない。ナギちゃんも両親も、私と連絡つかなくなっているので、ものすごく心配していることはすぐにわかった。
まあ、当然か。
スマホの時刻は、8月22日(土)昼の12:48。登校日は木曜日だったから、もう丸二日近く、私は「失踪」してることになる。
電波が来てるんだから、お母さんにだけでも連絡しようか。けど、なんて言ったらいい? 学校前からバス乗ったら、異世界の見知らぬ星に来ちゃった? 大好きなペト様と一緒で安心だから、心配しないで?
「ダメだ。そんなこと話したら、余計に心配されちゃう」
でも、ナギちゃんなら、わかってもらえるかな?
「向こうから来る、ということは、こちらからも送れるのですよね?」
「さすが、ペーター。考えてること、すぐわかっちゃうんだね」
「ご家族もお友達も、みんな心配してるでしょうから」
「うん」
よし。まずはナギちゃんに返事しよう。
とはいえ、いざメッセージを書こうとすると、なんて書いたらいいのか、やっぱり困ってしまう。
『チェリ占』オタ友のナギちゃんに、ペト様と一緒にいることはぜひとも伝えたいけど、言葉で説明して納得してもらえる気が、まったくしない...。
「ウワッ!?」
突然、スマホの着信音が鳴った。電話だ。ナギちゃんからの! 応答ボタンを押す。
「も、もしもし? ナギちゃん?」
「もしもしー? じゃねーよ!!」
ああ、ナギちゃんだわ。このノリ、懐かしいな。いろんな意味で。
「メッセージ読んだなら、電話くらいしろー! バカヤロー!」
そっか、既読ついたから、電話かけてくれたんだ。
「ゴメン! 連絡できなくて」
「カナ、今どこ?」
「うーん、私もそれ知りたいっていうか...」
「なにそれ? 誘拐されたの?」
「まさか!」
「じゃ、やっぱ、駆け落ちか!」
「は?」
「心中とか、早まるなよ!」
「しねーよ! つーか、誰とすんだよ?」
すると、ナギちゃんが一瞬黙った。
「カナ」
「はい?」
「たとえ親友同士でも、話しづらいことがあるってのは、わかるよ。想像つくよ」
「待って。なんの話?」
「ぶっちゃけ、今、誰かと一緒?」
今度は、私が黙る番だった。
「あのね、ナギ」
「うん」
「マジで、ほんとーのこと言ったら、信じる?」
「信じるよ。オタクに二言はないよ」
「いや、オタクは関係ねーだろ」
「つーか、はよ言え」
私は覚悟を決めて、その名を口にした。
「ペト様」
「……」
隣で聞いていたペト様がうなずく。
「この期におよんでボケてんじゃねーよ!! こっちがどれだけ心配してるか、わかってんのか!」
「いや、ボケてないから!」
そう簡単には信じてくれないか。
「カナ」
少しだけ、ナギちゃんの声が落ち着いた。
「それ、ほんとーに、マジで言ってんの?」
「マジ、本気、ほんとーに、ペト様と一緒にいるの。あ! あと、謎の異世界美少女も」
「……」
私たちの会話を心配そうに聞いていたペト様は、スマホを渡すようにうながすと、初めてとは思えないナチュラルさでナギちゃんと話し始めた。
「もしもし。突然ですが、お電話代わらせていただきました」
この人、やっぱり、21世紀の日本に住んでたことあるのでは...。
「...はい...。いえ、ほんとうです...。はい。ペトルス・リプシウスと申します...。それが...なにが起こっているのかは、カナさんと同じくらい、私にもよくわからないのです」
ナギちゃんの言葉は聴き取れないけど、戸惑っている様子だけはわかった。
「いえ、初めてお会いしました...。誰ですって? ...いえ、知りません」
ナギ。なに聞いてるんだ?
「ナギさん、でしたね。あの、お友達やご家族に安心していただくことが難しいのは、わかっているのですが」
ペト様が、ちらりと私のほうに目を向けた。
「カナさんは、私が、力のおよぶかぎり、守ります」
「ペーター...」
もう、こんなセリフを当たり前のように、さらっと言っちゃうんだから!
「ええと、すいません...。その、シャメ? というのは、なんですか?」
ペト様はもう一度私のほうを見て、首をかしげた。なるほど! 写メを送ったら、信じてもらえるか!
私は、いったんペト様からスマホを返してもらい、スピーカーフォンの状態にしてから、ナギちゃんに話しかけた。
「ナギ、聞こえる? ちょっと待って。写真か動画、送る」
「う、うん。わかった」
スマホに保存したデータを見返すと、ペト様と一緒に撮った動画が出てきたので、転送してみる。送信に時間がかかる以上に、ナギちゃんの反応が来るまで、かなりの間があった。
「マジかよ」
スピーカーからの声で、ナギちゃんも信じてくれたらしいことがわかった。
「マジなの」
「えっと、悪い。あまりにいろいろすぎて、正直頭が追いつかない。ていうか、バスにの…」
急に音が途絶える。
「ナギ、もしもし?」
「……えてる? すっごい雑音なんだけど」
「やばいかも。電波が悪くなってるみたい」
「…カナのママか…きもで……で」
何度も声が途切れる。まともに受信できなくなってきた。
「…ぱり、ユウトさんの……」
「え、ユウトさん?」
「……なの?」
「ごめん、ナギちゃん。ほとんど聴き取れないよ」
私が言い終わらないうちに、接続が切れた。
画面を確認すると、電波も完全に途絶えている。しばらくスマホを持って、部屋のなかをウロウロしてみたけど、まったくつながらなくなった。
ふと気になって、ラインの履歴を確認する。
予感どおり、学校から送ったユウトさん宛のメッセージは既読がついていた。返信は、なかった。
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