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獲物にも慈悲を

 黒羽くろばねの天使を追ってフォート・アイゼンに初めて上陸した時、ネロはすでにかなりお腹を空かせていた。その頃はまだベイロンとの小競り合いでエトルキアの軍用機が飛び交っていたし、クローディアがどこにいるかもはっきりしていなかった。かなりこっそりと行動しなければならなかったわけだ。


 キアラは下層から巡って探索した。黒羽の方はともかく、もし何も食料が見つからなければ地表に降りて魚を捕るしかないと思っていた。

 そうして見つけたのがあの事故現場だった。黒羽は間違いなくここにいた。そしてどうやら手痛いダメージを食らわされたようだ。キアラは辺りに散らばった黒い羽根を見つけて嬉しくなると同時に不安も感じた。

 この惨状、自分より先に何者かが先に黒羽を仕留めてしまったのではないか。


 キアラが辺りを調べている間にネロはどこからともなく獲物を咥えてきた。「キュッキュッキュッ」と喉を鳴らすのは獲物を取った時の合図だった。

 ――まさか黒羽?

 でもよく見るとそれは人間の一部だった。脚か。グリフォンは好んで食べるけど、キアラは人の肉の味が好きではなかった。

「どこにいたの?」キアラは訊いた。廃墟に人間がいるなんて不可解だ。それにグリフォンは人間程度の獲物ならついばんで食べたりしない。丸呑みにするはずで、一部(・・)というのも変だった。

 ネロは獲物を加えたまま「おいで」というように振り返り、「その現場」までキアラを案内した。

「なるほど。これは酷い」キアラは呟いた。

 墜落した飛行機の破片と人間の肉片がごちゃ混ぜになって散らばっていた。

「食べたいの?」

 キアラが訊くとネロは頷いた。

「少し待って。こんなところで死ぬなんてきっと誰にも気づいてもらえないだろうし、可哀想だからお祈りしてあげよう」

 キアラは右手を十字の形にして胸に当て、目を瞑った。

「主よ、償いの主よ……。彼に永遠の安息を与え、彼を不滅の光で照らしてください。彼が安らかに憩いますように。アーメン」

 ネロは滝のようによだれを垂らしながら祈りを待っていた。

「いいよ。破片が刺さってるかもしれないから気をつけな。残りは干して日持ちするようにしてあげよう」

 ネロはキアラの言うことなんかまるで聞いてないみたいに上を向いてうまそうに肉を呑み込んだ。

 


―――――



 飛びついた時点でネロの体のあちこちから出血しているのはすぐにわかった。首筋を掴んだ手がぬるりと滑り、手のひらに血がべっとりついていた。

 グリフォンの防御力は折り紙付きだけど、それは一方から攻撃を受けた場合の話で、包囲されると脆かった。後方には術式陣フォーミュラムを張れないのだ。

 ネロがアネモスの群れを相手に単独で頑張って足止めしてくれているのは見えていた。キアラがいなくても急降下からの飛び蹴りやミサイルの投げ返しで2機くらいは仕留めていた。しかし多勢に無勢。防ぎきれない攻撃が少しずつネロを傷つけていくのもわかった。

 キアラはできるだけ短時間でクローディアと決着をつけたかったが、それが焦りにつながったのかもしれない。太腿と脇腹を撃たれていた。貫通はしていない。止血ヘモスタシスはかけたが、弾がまだ中に取り残されているはずだった。


 ネロはゼーゼー息をしながら上昇していた。上層の飛行場を目指しているのだ。

「ネロ、下の方でいい。無理をするな」キアラは言った。

 でもネロは聞かなかった。一心不乱に飛び続けていた。意識も混濁しているようだった。しばらく上層格納庫を寝床にしていたから巣のように認識しているのかもしれない。ダメージで理性的な判断ができなくなっているのだ。

 

 ネロは甲板に這い上がって倒れ込んだ。首筋に掴まっていたキアラは放り出されて20mくらい転がった。視界の中で黒い甲板と青い空がぐるぐる周り、額から甲板に叩きつけられた。

 起き上がろうとすると喉の奥からウナギのようなものが上ってこようとするのを感じた。あたかも強い意志を持っているかのようで、口を閉じたくらいで押さえられるものではなかった。

 それは血の塊だった。キアラは吐血した。ゼリー状の血が甲板に落ち、口の端から糸を引いた。

 キアラは口を拭って脇腹に手を当てた。弾が肺まで入って内臓出血を起こしていたのだ。

 吐けるだけ吐いてから立ち上がった。が、右脚に力が入らなくてそのまま倒れた。骨をやられていたのか?

 キアラは四つん這いになり、羽ばたきで体を軽くしながらネロのそばまで戻った。ネロは横になってぐったりと目を閉じていた。呼吸に合わせて脇腹が上がったり下がったりしていた。その度に嘴から血が流れ出し、赤い血溜まりを少しずつ広げていった。

 キアラはネロに止血を施し始めたが、どこから手をつけていいか分からないくらいだった。普通のグリフォンならとっくに力尽きていてもおかしくないレベルのケガだった。


 キアラはひとまず背中の傷に止血をかけながら空を見上げた。不可解なほど静かな空だった。水平線を積雲が覆い、天頂は宇宙が透けて紺色に染まっていた。

 そこにはアネモスの影もなく、ジェットテールの轟音も聞こえなかった。

 見逃されたのか、それとも第二波の用意をしているだけなのか。嫌な予感がした。殺気を感じたといってもいい。

 キアラは飛び上がって周囲を見渡した。10kmほど西にスフェンダムの2機編隊がゆっくり飛んでいるのが見えた。あれが殺気のもとか?

 ネロの前に立って5本指の盾を構えた。

 そして間もなく、甲板の縁に何かがぶつかった。

「それ」はとてつもない速さで100mほどに渡って甲板を切り裂き――というか掘り進み、砕いた破片を上下に弾き飛ばした。キアラはその破片をいくつかまともに受けて吹き飛び、格納庫の外壁に叩きつけられた。その威力はネロすらボールのように転がすほどだった。

 何だ?

 レーザーではない。実体弾だ。でもそれにしては弾道がまるで見えなかった。弾速が圧倒的に速いのか?

 ネロが衝撃で目を覚まし、キアラの前に立った。術式陣フォーミュラムを展開し、正面に向けてぴったりと重ね合わせる。

 15秒ほどの間隔を置いて第2射が来た。今度の狙いは正確だった。

 「それ」はネロのフォーミュラムのど真ん中を捉え、5枚全てを砕きながら上に逸れて塔の先端部に直撃した。

 ネロはすぐに次のフォーミュラムを張ったが、根源ラディクス切れらしい、切れかけの電球のように点滅していて今にも消えそうだった。

「もういい、逃げろ!」

 キアラが伏せていれば的はかなり小さくなるはずだった。それを10km先から狙えるほどの精度があるのか? わざわざネロが立ち塞がる必要などないのではないか? だがネロはそれでもキアラの前に立って守ろうとしていた。その胸から血が滴っていた。


 そして15秒が経過した。

 「それ」は飛んでくる、というよりも突然目の前に現れ、そしてなぜか島の上に到達する前に破裂した。

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