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アクセラレート

 ネロはジェットテールの編隊に真上から突っ込んだ。細長いエンジンモジュールが銀色の外板をきらきらと輝かせている。先頭がクローディアか。翼を畳んでいるので一瞬見分けがつかなかった。

 天使のくせに人間の道具を使って飛ぶなんて……。

 いや、サンバレノに追われる天使が天使としての矜恃を持っているなどと思う方がおかしいのだ。

「ネロ、人間の方2人、とりあえず任せるよ」キアラはネロの耳に顔を近づけて言った。

 左手にいた1人が背面になり、背丈ほどもある長いライフルを真上に向かって構えた。

 ネロが術式陣フォーミュラムを展開、弾丸を弾く発光の向こうからクローディアが上昇、距離を縮めてくるのが見えた。距離200m。

 キアラはネロの首を離れてクローディアの真上に出た。ジェットテールのファンが立てる「キーン」という甲高い騒音が耳を突く。クローディアの獲物はサブマシンガン1挺。その銃口が光った。

「1対1に応じるなんて、潔いわね」キアラは叫んだ。

「そっちこそ、カイの周りに罠や爆弾のひとつも残しておかなかったのね」クローディアも言い返した。

「私はこの手で黒羽を討ち取る。それでこそ意味があるのよ。爆殺なんかしたって何になるの?」

 2本指の剃刀カルテルスで弾を弾きながら交差。

 クローディアは体を捻りながら左手で腰のホルスターから拳銃を抜き、至近距離で連射した。

 キアラは背面飛びのように射線をすり抜けながらカルテルスを振った。が、空振り。紫色に伸びる炎が目の前を掠め、排気の熱風に煽られた。直前でエンジンのパワーを上げて加速したらしい。翼と違って加速のタイミングが見えないのはジェットテールの厄介なところだ。

 気づくと脇腹が熱かった。拳銃が掠ったのか。アネモスのミサイルを避けてからアドレナリンのせいで自分の体の状態がよく把握できていないが、確実に傷は増えている。

 キアラは下方でネロと人間たちが戦闘に入るのを確認しながらクローディアの追撃に入った。


 クローディアはすでに300m以上離れてハエのような大きさに見えていた。青空にポツンと浮かんだ黒いシミだ。上昇だというのにまるでスピードが落ちない。追いつけない、とキアラは悟った。

 クローディアは装填を済ませ、真上で反転、銃を構えて降ってくる。機敏さではこちらが上だ。避けるのはさほど難しくない。だがペースは握られている。

 これでは夜襲の時と立場が逆だ。生身のクローディア相手ならスピードと加速に勝るこちらが翻弄する側だった。

 再び交差。

 彼女の青い目には明白な殺意が宿っていた。感情という感情のない目、ただ目の前の獲物を見る目。

 なぜ奇跡なしでこれほど戦おうと思える?

 なぜこんなに淡々と銃口を向けることができる?

 キアラは少なからずゾクリとした。

 でも時間をかけてはいられない。ネロが危ない。

 キアラはもう一度下方を見た。1人は魔術師なのか、かなり大掛かりな雷系の魔術を唱えてネロの正面を押さえ、もう1人のライフル持ちが後ろに回り込もうとしていた。さらに周りにはアネモスたちが群がっている。


 キアラは少しずつ高度を下げ、クローディアが上から向かってくるところで加速の準備を整えた。

 私の加速にはどんな天使も敵わない、とキアラは自信を持っていた。でもそれが真価を発揮するのは水平飛行ではない。重力による落下が合わさる時だ。真下への加速をここぞという時のためにとっておいたのだ。今がその時だ。


 羽ばたきながら交差、下に抜けたところで全力で追撃した。翼を広げるのではなく、後方に伸ばして細かく羽ばたくのだ。滅多に感じないほどの風圧が額に押し寄せてきた。耳元で風が「ヒュウ」と鳴った。

 それでもクローディアの方が速い。が、今までより距離は詰まっている。再び上昇に移ろうとすれば十分な助走を取れないはずだ。

 クローディアはフラムスフィア表層の雲には突っ込まなかった。視界が奪われれば騒音の大きいジェットテールの方が不利だとわかっているのだ。手詰まりになるとわかっていても切り返すしかない。

 クローディアは両足のエンジンの先端から紫の炎を吐きながら大きく旋回した。スピードを落とすまいとしているらしい。

 だがこちらは旋回の内側を通ってショートカットできる。直進をやめた時点で距離が縮まるのは必然だ。


 クローディアは自分が向き直るより先にキアラに背中を捉えられると気づいたらしい。くるりとロール、翼を広げて急減速した。そして狙いをつけ、残り50mほどまで引きつけて撃った。

 キアラはそれを2本指の切っ先を突き立てて受け止めながら横回転をかけ、ジェットテールのエンジン部を狙って右手を振り抜いた。

 ジェットテールは確かに速い。だがエンジンを2つもつけているのだ。この間合いで動きが重くなるのは必然。捉えた!

 クローディアはキアラの振りを見て足を開き、左足を引いて左右の推力差で急激に体を右に捻った。と同時に花びらのように広がっていた排気口が窄まり、キアラに向けられた。

 キアラが右肩に刺すような熱を感じたのはジェットテールの右足モジュールを両断した直後だった。

 カルテルスの赤い太刀筋が真横に走り、エンジンの心臓部を切り裂いた。異常燃焼を検知したジェットテールのセーフティシステムが燃料供給をカット、誘爆への巻き込みを防ぐために右足モジュールをパージした。

 結果、2つに分離した右足モジュールは2人の10mほど下方で爆発した。

 クローディアは右足をエンジンモジュールから抜いて左足の推力頼みにしばらく横ざまに飛んでから、黒い翼を広げて左足と腰のモジュールも全部空中で脱ぎ捨てた。

 キアラは左手で右肩に触れた。ローブが溶けて破れていた。指先でちょっと触れただけでヒリヒリとした嫌な感触があった。腕はきちんと動くが火傷したのは間違いない。

 若干相打ちのようになってしまったのは不満だったが、クローディアのアドバンテージは奪った。

 キアラはローブを脱ぎ捨てて2本指を構えた。

 加速。ここで仕留める。

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