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ノケモノ同士

 サーモンのレトルトをコンテナ一杯に抱えて格納庫に戻るのはなかなか恐ろしい作業だった。お腹を空かせたネロが涎を垂らして待っていたからだ。ネロがレトルトを見て涎を垂らしているのか、それとも自分を見て涎を垂らしているのか、カイにはよくわからなかった。なんだかその両方なんじゃないかという気がした。「食べ合わせ」という言葉が頭に浮かんだ。

 カイがビビって立ち止まると、キアラが前に出てネロの前に手を翳して格納庫の奥へ押し戻した。

「グリフォンはあまり頭がよくないんだ。たまに天使と人間の区別がつかないのもいてね、天使を食べちゃった、なんてニュースもあるのよ。どちらかというとグリフォンに食われちゃうようなトロい天使の方が問題なのかもしれないけどさ」キアラはネロが垂らした涎を避けながら簡易キッチンに入って鍋に水を汲んだ。

「ボク、魔術は使えないの?」キアラは訊いた。火は起こせるか、という質問のようだった。

 カイは少し迷った。どうやら完全に魔術が使えないわけではない。でも制御できるかといったら否だった。

扱えない(・・・・)

「見た感じ使えなさそうだものね」

 キアラはそう言ってガス栓に手を伸ばし、しかし元栓をひねることなく戸棚を開けてボンベ型の簡易コンロを出して格納庫の床に置いた。奇跡を使いすぎたのか、それとも温存しておきたいのか、どちらかだろう。カイはそう思った。

「私がボクを攫ってきたのは、黒羽がボクを助けようとしたからよ。大事な人間なら人質にすればきっと取り返しに来るだろう、って。で、大事な人間ってことはどこかしら特別なところがあるのかと思ったら、そうじゃないのね。いたって平凡な人間」

「わかってるよ。俺には特別な能力があるわけじゃない」

「べつに貶してない。人間はそれが普通だもの。だから、別の意味で特別なんでしょ」

「別?」

「あなたは黒羽のことが好きなの?」

「まあ、そうだろうな。大事だ」

「ふうん。もう少し素直な答えが返ってくると思ったんだけどな」キアラは笑った。それはかなり含みのある笑い方だった。「ボクって本当に何にも知らないのね、天使のこと」


 カイが鍋でレトルトを温め、キアラが封を開けてまず自分で食べた。それからネロの分を5袋くらいまとめて平皿に開けて床に置いた。ほぐした切り身のサーモンがホワイトクリームに混ぜてあるのだけど、ネロは大きな嘴でそれを器用に食べた。大きな体を行儀よく丸めて小さな皿に向かい合う姿はなかなか健気けなげだった。

 カイは最後だった。フォークだけで食べるのはなかなか難しかった。

「昔からネロを育てていたと言ったけど、サンバレノではグリフォンはペットみたいなものなのか」カイは訊いた。

 情報を整理しているうちに疑問に思ったことだった。

「違う。私の母親が牧場をやっているの」

「サンバレノといってもグリフォンが街中を闊歩してるわけじゃないんだな」

「それはそうよ」

 飛行場向きの開口部から朝日が差し込んでいた。だが照らされているのはまだ天井のあたりだけで、特に奥まった部分は夜の暗がりのままだった。コンロの火が光源になっていた。

「グリフォンというのは普通はこんな羽根の色をしてないのよ。普通はね、全身鳶色か、首から上だけ白いの」

「でもネロは真っ黒だ」

「この子、変なのよ」

「突然変異、……メラニズムってやつか」

「黒いグリフォンは軍に買い上げてもらえない。だから、そんな不名誉なものを大切に育ててやるわけにはいかない。母はそう言った。でも私はそんなふうに処分されるのがかわいそうで、牧場のはずれの林に隠して育ててきたんだよ」

 キアラが振り返ると、ネロは頭を下げてキアラの肩に嘴をすりすりした。ネロはとっくにご飯を食べ終わっていた。

 キアラは新しい黒いローブを肩にかけていた。中のぴったりした露出の多い服も黒だった。

「黒が好きなのか? それともネロに合わせているのか」

「どっちだったかな。気づいた時には黒が好きだった。でもサンバレノでは黒は受け入れられない。本国では着るものは、このローブだって白だし、『好きな色は』って訊かれた時は赤って答えてる」

「君の好みや立場ならクローディアとわかり合えそうなものだけど」

「黒羽も黒が好きなの?」

「好き……、か。そんな気はするな。でも、そんなことより、彼女の翼は黒い。黒髪だ」

「ああ、そうだね、確かに。彼女もその、何、何とかニズムってわけ?」

「それは違うと思う。肌は白いし、目は青い。目が青いのは色素が薄いからなんだ。メラニズムの特徴じゃない」

 メラニズム云々はベイロンの博物館で調べたことだった。生物館には生き物の進化や変異に関する研究書がたくさん収められていた。カイはタールベルグに帰るまでの1週間で何度か調べものに訪れていた。

「黒羽がどんな天使かなんて、考えたことなかったよ。それはただ討ち取るべきターゲットで、きっとそんなことは考えるべきでもなかった。黒羽が私たちと同じような天使で、個性があって、好き嫌いがあって、なんて」キアラは呟いた。「……私がサンバレノの生まれでなかったら、案外、仲良くやっていたかもしれないわね」

「君はなぜあの国に固執する?」

「生まれた国だもの。べつに固執なんかしてない。ボクにだって故郷はあるでしょう、わからない? 僕が私の言ったことに反発する時、それはやっぱり僕の生まれ育った文化の中からものを言ってるのよ。サンバレノの天使が聖書に描かれた時代を知らないのと同じように、エトルキアの人間も歴史書に描かれた旧文明の時代を知らない。そうでしょ?」

 カイはゆっくり頷いた。納得せざるを得なかった。

「……それに、ネロは他の国では生きられない。私は黒羽より先にネロと出会ったのよ」キアラはそう言って立ち上がった。「ネロの傷を見るから、あなたは皿を洗って」

 カイはコンロの火を止めた。


 洗い物が終わったところでキアラはカイを再びエレベーターに乗せた。ただ今度の行き先は上だった。階数表示はよくわからないけど、所要時間からすると上層の中ほどまで来たようだ。

 フロア側のドアが分厚く、かなり閉鎖的な階層であることがケージから降りる時にわかった。キアラの目的地はCIC(戦闘指揮所)だった。

 CICはその名の通り要塞島全体の火器管制を司る中枢だった。ちょっとした格納庫くらいの広さの部屋で、正面の壁には映画館のスクリーンのようなディスプレイがかけられ、その画面に向かって大きな箱型のコンソールがたくさん並んでいた。

 レーダーやミサイルの照準、揚弾、戦闘機の管制、ダメージコントロールまで、それぞれ専属のオペレーターがついてこの部屋から端々まで指示を行き渡らせるのだ。CICの制御があれば装備各個の砲塔などに人手がなくても無人で制御することが可能だった。自動制御システムが万全な間はとても少人数で要塞全体を稼働させることができるのだ。

 もちろんそれは整備の行き届いている要塞島の話であって、20年以上放置されているアイゼンのシステムがまともに動くはずがなかった。

「ネロのケガね、思ったより良くなってなかった。傷口が広いから治癒の効きが悪いんだ。聖獣も生き物だから、戦闘機みたいに部品を取り替えて『はい、修理完了』ってわけにはいかないの。エトルキアもきっともうこの島だって気づいているし、そうなるともう、ここで迎え撃つしかないわ。私とネロの自力で対応できる戦力なんてたかが知れてるから、この島にもちょっと手伝ってもらうの」キアラはそう言いながら司令官席のコンソール台の下を開いて配線を探った。「死んでるところ悪いけど、ちょっと起きてくれるかな」

 キアラが配電盤を探り当てたのだろう。正面の画面に光が入った。部分的にバックライトが死んでパッチワークになっているが、映っているものがわからないほどではなかった。キアラは座席に座り、ぱぱっと兵装システムを呼び出した。画面には要塞の断面図が映し出された。

「いくらシステムが生きてても、弾薬が使えない。火薬が全部湿気(しけ)てるよ」カイは言った。

「そんなの当然。実弾兵器なんて使うつもりはないわ」キアラはそう言って画面上のカーソルを動かした。断面図の10ヶ所程度が黄色く点滅した。

「……まさか、レーザー砲」

「そう。原理的にはグリフォンのビームに近いものだって聞いたことがあるわ。それならエネルギーさえ供給してやれば古いものでも動くはずでしょ?」

 カイはネーブルハイムにあるその砲塔をメルダースに見せてもらったことを思い出した。

「でも、あれを動かすには厖大な電力が必要だ。いくら君が電気を操れるといっても、そんなには――」

「それはそうよ。私が直接エネルギーを供給しようなんて、まさか考えてないわ。だいたい、そんなことしていたら掛かりきりになっちゃて戦えないでしょう」

「じゃあ、どうする?」

「こんなこともあろうかと石炭を汲み上げておいたのよ」キアラは得意気に自分の髪を払った。その表面にコンソールの光がきらきらと反射した。

「コンベアを動かしたのか」

「そう。動かしておいたの」

「そうか、それを発電所の釜に入れれば生きている要塞島を賄うだけの電力を取り出せる」

「魔術砲とこの部屋を動かすには十分でしょ? さあ、砲塔に油を差しに行くわよ」

 カイは渋々頷いた。

「味方を撃つ支度をするなんて、気が進まない、か」キアラは戸口で振り返った。「その気持ちはわからないでもないわね。でもボクは人質なんだよ。私には逆らえない」

 その言葉は「私にやらされていることはボクの責任ではない」の言い換えのようにも聞こえた。

 カイはキアラに続いた。彼女が部屋を出ると正面の大ディスプレイはプツンと映像が切れた。


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